私の白い影論
私の疑問
皆はこう考える
ロケ地探訪
中居の不思議
NN病日記
サイドストーリー
バイブル
感想はこちらへ
TopPageへ
公式HPへ

 

  


MRTさんが書いたサイドストーリー 「湖の残照」

■ 10 ともしび 1
  

 北海道ロケを終えた数日後には、三ヶ月にわたる撮影の全工程を終えた。今は結子の生活にもようやく落ち着きが戻っていた。自分の自由になる時間も取れるようになっている。

 暖色系の灯りで満たされたリビング。結子は夕食の後、ソファーに腰掛けファッション雑誌をめくっていた。
 倫子が声をかけた。
「コーヒーでもいれようか?」
「………」

 ペンション支笏での一件以来、結子は倫子と以前のようには会話ができなくなっていた。
 支笏湖であったことを母に話すべきかどうか迷っていた。母の話を聴いてみたいと思う自分と、それを怖がっている自分とがいた。このままの状態で日々を送るのは良くないとわかっている。しかし、母に尋ねる勇気を持てずにいた。
父と母が正式に結婚できなかったことは知っていた。自分が「直江」の姓を名乗っていないのはそのためだということもわかっている。しかし、それはあくまで父の不治の病が原因のはずであった。そう聞かされて育ってきた。
「支笏湖に身を投げて自らの命を絶った」と言った夫人の言葉が頭の中をめぐっていた。

「北海道ロケはどうだったの?」と倫子がコーヒーをテーブルに置きながら尋ねた。
「別に――」
「別にって、あなた。少しは話があってもいいんじゃないの?」
「………」
「北海道のどこに行ったの?」
 雑誌を開いていた結子は、その姿勢のまま意識だけを倫子に移し静かに言った。
「支笏湖よ」
(支笏湖……)倫子の顔が一瞬こわばる。
 結子は雑誌をパタンと閉じ、顔を上げ、倫子を見据えた。今度ははっきりとした口調で言った。
「泊ったところは、湖畔に立つ『ペンション支笏』よ」
 倫子が視線をそらせたのを見逃さなかった。
「お母さん、わかるでしょ。お母さんなら覚えているはずよ」
 結子はその言葉を発したとたん、自分の中で何かがはじけたような気がした。堰を切ったように言葉を浴びせ掛けた。

 なぜ、父は湖に身を投げ、自らの命を絶ったのか。病気で亡くなったと言っていたのは嘘だったのか。本当に父と母は愛し合っていたのか。二人が愛し合ってできたのが自分だと思っていたが、そうではないのか。父が命を絶った、その原因が自分にあるのではないか。

 倫子に強い言葉を浴びせながら(なぜ、こんなことをお母さんに言わなくちゃならないの。ねえ、お母さん――)と心の中でもう一人の結子が叫んでいた。頬を涙が一筋、二筋と伝っている。
 身じろぎしない時間が流れる。外を行き交う車の音が窓から忍び込み、二人を隔てる空間に届いていた。
 祈るように手を胸の前で組み、すがるような目をして倫子を見る結子。消え入りそうな声で言った。

「私は本当に望まれてこの世に生まれて来たのかしら? 私、わからなくなっちゃった。本当のことを言ってもらえなかった。お母さんだけは絶対に信頼できる人なんだ、と思っていたのに……」
 倫子に話す猶予を与えぬまま、逃げるように部屋を出て行った。

<<Back  Next>>
HomeHPへ  

ご意見、ご感想はこちらまで
All Rights Reserved, Copyright (C) 2001,2009,S.K.