■ 待ち望んだ再会・・・そして
どのくらい時間がたったのだろう。誰かが横に座っている気配がする。
(・・倫子・・・)
ん。誰・・・?誰かの声がする。
(・・・・倫子・・・・僕だよ・・・。庸介だ・・・)
その声は・・・・直江先生・・・?
信じられない思いで目を開けると、あの日の先生が立っていた。
支笏湖で別れたときの黒のセーターの先生。
「先生、どうしたんですか?」
(・・・・君にお礼がいいたくて・・・)
「せんせ・・・生きていたんですね・・・。」
倫子は直江にしがみついた。
ずっと・・・待っていた場所を離さないように。直江の腕の中で倫子は泣き出した。
「自殺したなんて言って、本当は誰かに助けてもらっていたんでしょ。
記憶をなくしていて・・・帰ってくることができなかったんですよね?先生・・・。」
(すまなかった・・・ゆるしてくれ・・・・)
信じられなくて、倫子はただ・・・泣くことしかできなかった。
会いたくて、会いたくて、さみしくて、仕方がなくて・・・毎日、祈っていた。直江先生に会いたいって・・・。
「陽介・・・陽介が・・・。」
驚きとうれしさで言葉がうまくでてこない・・・。
(わかってる・・・。ありがとう・・・陽介を生んでくれて・・・)
「今までどうしてたの・・・先生」
(ずっと・・・ここにいた。君と陽介のそばに・・・)
「先生・・・?」
(約束しただろ・・・いつでも君のそばにいるって・・・)
「先生・・・今日、陽介の3歳の誕生日です。」
(わかってる・・・だから、君に会いに来たんだ・・・)
先生は今まで陽介と会っていた事、陽介とだけは会話ができていたことを話してくれた。
「陽介には先生が見えてた・・・?だって・・・私には・・・今、初めて」
(・・・僕が君に見えるのはたぶんこれが最後だ。陽介にもだんだん見えなくなるだろう。陽介はこれからいろんなことを学んでいく。僕と会っていたことは少しずつ忘れていくんだ・・・。それまでの時間が僕に特別に与えられた父親としての期間だった。君が聞けば、陽介は僕と話したことを少しずつ君に話すようになるだろう・・・。大人になっていくからだ・・・。覚えていては陽介の人生には重荷になるかもしれない。けれど、何かは残ってくれるだろう・・・・もしかしたらすべて忘れるかもしれない・・・。それは僕にもわからない・・・。この先、どんなことが起きても君と陽介ならしっかりと生きていけると信じている・・・だから・・・)
そのまま先生は黙ってしまった。
倫子を強く抱きしめる腕がかすかに震えているのがわかった。
やはり先生はあの日、自分の意思で支笏湖に沈んだのだ・・・でも倫子と陽介の為に今までそばにいてくれた。そしてこれからも・・・そばにいてくれる。たとえ、見えなくても・・・・。
「先生・・・。」
(ん・・・?)
「私は大丈夫です。これからも先生を思って陽介といきていけます。」
(・・・それは・・・ダメだ。)
「どうしてですか・・・?」
先生は腕をほどくと倫子の顔を自分の顔にほうに向け、やさしく静かに言った。
(・・・僕にしばられてはいけない。君が心惹かれる男性が、この先現れたら、素直になってほしい。矛盾しているかもしれないが、君と陽介には幸せになってもらいたいんだ。
母も言ってただろう・・・。死んだ者にしばられてはいけないんだ。僕もそう思う・・・。
今日はそれを言いに・・・最後に、君に会いに来たんだ。・・・)
「先生・・・それは・・・もうそばにいてくれないってことですか?」
(・・・・もういかないと)
「先生・・・待って・・・!」
もう先生が消えかけていた。あわてて倫子は叫んだ
今、言っておかなくちゃ、もう二度ときいてはもらえないのだ。
「先生・・・最後にひとつだけ・・・いいですか?」
(ん・・・?)
「約束します。そんな人が・・・もしも現れたら素直になるって・・・。でも、それまでは先生のこと思っていてもいいでしょう?」
(・・・倫子・・・)
「そんなに簡単には忘れられません。
二人でいた時間はとても短かったけど、とても幸せでした。
先生が言ったように・・・愛する人の・・・直江先生の子供・・・陽介を産めました。陽介がいなかったら、先生を追いかけていたかもしれない。私はそんなに強くない。
今まで、陽介と話をしていたならわかっているでしょう?
先生の病気を知らされず、最後の・・・お別れさえできなかった。
残された私たちの気持ちを・・・先生のあの涙の意味がもう少し早くわかっていればって・・・ずっと思っていました。でも私を信じて、私を受け入れてくれた先生を、裏切るなんてできなかったんです。
がんばって乗り越えて笑って生きてきました。
・・・先生の気持ちにこたえたくて必死でした・・・忘れるなんて・・・」
また、先生と別れなくてはいけない。そう思うと、また涙があふれてくる。
(わかったから・・・泣かないで)
直江の手が倫子の肩を静かにひきよせた。まだ感触があたたかい。
「愛しています。あのころと変わらず、先生のこと」
(ありがとう。最後に君を愛することができて、しあわせだった)
「先生、陽介を見守っていてくださいね、これからも・・・ずっと」
(わかった・・・君たちが幸せでいてくれることが僕の願いだ・・・それだけは、忘れないでくれ。僕の存在を話したとしてもそれは、陽介が悪いわけじゃないとおしえてあげてくれ、でないと陽介は自分のせいで僕が消えてしまったと、自分を責めるかもしれない)
「わかりました・・・、先生。約束しますから」
(陽介をたのむ・・・幸せになってくれ・・・)
「先生、会いに来てくれてありがとう」
倫子が答えたその瞬間、ファッとした感覚に襲われた。
・・・直江先生が微笑んでいる。
・・・そして、少しずつ見えなくなっていった。
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