その夜、小橋は医局で1人、カルテを書いていた。書きながら、深いため息をついた。
この患者のこれからはどうしたものか・・?
そのとき、ふぅ〜と風が吹き、カルテがめくられた。
「直江先生?」
小橋はつぶやいて振り向いた。そこには静かなほほえみをたたえた直江の姿があった。
「どうしてわかった?」
直江のほうがびっくりしているようだった。
「いえ、なんとなくそんな空気が感じられて・・・。」と言って、小橋は微笑んだ。
「直江先生がいってしまってから、お話ししたいことがまだまだたくさんあったのにと大変心残りでした。いっしょに仕事をさせてもらったことで、僕は自分に欠けているものの多さを痛感しました。
もっともっと冷静に患者のことを考えられる医者になりたいと思っています。この機会に直江先生がごらんになっていた患者さんのことで、ご相談しておきたいことがあるんですが・・・。」
小橋が真剣なまなざしを向けた。
「あなたにお任せしたのですから、あなたが主治医です。僕が横からとやかく言うべきではありません。」
直江はそっけなく言った。
小橋は微笑んだ。
「直江先生らしいですね。でもせっかくいらしてくださったのですから、ご意見を聞かせてください。もちろん主治医は僕ですから、決定は僕がしますから。」
「わかりました。」直江は言った。
その後、治療方針について話し合う二人の姿があった。二人は時間を惜しんで話し合った。そして、
「僕はこれで自分が得たもののすべてを伝えたとおもいます。これを活かすも殺すもあなた次第です。それからあなたにお願いしたいことがあるのですが・・・。」
直江はめずらしく言いよどんだ。
「おっしゃらなくてもわかってます。力になりますから。」
小橋は言った。
「ありがとう。」
直江は心からの微笑みを小橋に向けた。