■素直さ
彼女の素直さは、直江がいう「患者は嘘の中に入ってくる」という言葉を信じるところに表れていると思う。直江は石倉に事実を話さない。話さなくてもいずれ悟る、と言う。患者は自ら死期を悟るが、こちらが嘘を突き通せばその嘘の中に入ってくる。
倫子はこんな直江の考えを受け入れ、石倉が嘘に入ってきた理由を「奥さんのために嘘に入ってきた。少しでも長く二人が幸せでいられるように」と考えるまでに消化している。この「嘘」の持つ意味を倫子が理解してくれて、直江も救われることになる。やがていなくなる直江は、最後まで倫子に事実を隠しとおすことに決めている。そんな彼の思いを、きっと彼女は分かってくれると信じられるから。
この話をするとき、倫子は「先生は。。。」と問いかけようとした。「先生は石倉さんと同じ立場だったらそうするんですか」と聞きたかったのだろうか。それとも「先生は私に嘘はないですよね」だろうか。
直江が何かを抱えて苦しんでいることを直感的に悟っていながら、そう聞いてしまいそうになる倫子は、やはりこの時点で既に「直江の嘘」に入っているのかもしれない。
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