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■すべての嘘が不幸とは限らない。

末期癌の石倉に対して開腹だけの手術をすることにした直江は、その手術がたとえ嘘であったとしても、石倉に対して希望を与え、少しでも元気な時間を与えることができると信じている。
現代の医療ではどうしても石倉を助けることはできない。ならば、どうやって残りの時間を過ごせばいいか、どうやったら死を納得できるかを考えてあげなければならない。
そのための嘘はその人にとっては必ずしも「不幸」とは言えないのではないか。

自分も助からない病気にかかっていることを知った直江は、苦悩と絶望の果てに、多分これからの自分にとって一番重要なのは「残りの人生をどう生きるか」ということだと認識したのだろう。
そして、このことは自分と同じように死期が近づいている人間にとっても一番重要なはずだと思う。
それはなぜか。それは、「自分の死を納得するため」なのだ。

直江はこうも言う。
「死の形を整える」
「どれだけの手が尽くされたかを知ることによって、初めて死を納得する」
「そこに導くのも医者の勤め」

もちろん、この直江の考えが必ずしも正しいとは限らない。しかし、これはまさに直江のいう「死にいく僕だからできる医療」であり、直江が自分自身に「残りの人生をどう生きるか」を問い掛けたときに出した結論なのだ。

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