パリが好き

パリが好き
  坂本直子著書の紹介    



まえがき

はじめてパリを訪れたのは私が二二歳のときである。大学の友人と二人で、パリを中心に、地方も含めて一ヶ月かけて自由気ままに旅行した。パリだけでなく、ロンドンやニューヨークにも三日ずつ立ち寄るという欲張りな旅であった。一度に世界の大都市を三つも実際に見較べてみて、一番私が気に入ったのはパリだった。ロンドンやニューヨークはなぜか東京とあまり違いがない、ただの都会のように思えた。パリには他の都市にはない華やかさを感じたような気がする。まさに憧れていたヨーロッパの都市そのものであった。そして街を歩くパリジャン、パリジェンヌたちがなんと素敵にみえたことか。

 それから八年後、留学生としてパリにまたやってきた。単なる行きずりの旅行者としてではなく、生活者としてパリを見るという夢が実現した。当初は二年で帰国する予定だったのが、結局四年以上も滞在してしまった。学生のときの旅行者として滞在した一ヶ月は短いだけに濃縮されていたが、生活者としての時間はあっという間に過ぎてしまったという気がする。しかしこのパリ生活で知り合った友人たちとの関係が出来上がったり、いろいろな出来事を思い返すと、やはり滞在した年月は長かったのだと実感する。学生のときに旅行者として見たフランス人は、私にとってはまだ美しい写真や映画の一部でしかなかったが、生活して関わりあったフランス人はまったく人間らしさにあふれていた。そして多民族都市であるパリでは、日本人も含めあらゆる人種に遭遇する。フランス人であろうがなかろうが、パリに住む者たちは皆、自由なパリの色に染まっているかのように見えるのだ。パリにずっと住みたい、できれば永住したいという外国人も少なくはない。なぜ、パリにいたいのだろうか。パリについては既に多くの書物が語りつくしているかもしれないが、それでもパリに住む人々、パリを愛する人々を紹介し、この疑問について考えてみたい。

 この本を執筆するにあたって、一年かけて多くの友人・知人、そしてそのまた友人・知人を紹介してもらい、インタビューやアンケートに協力をしていただいた。

 
第一部 フランス人ってどんな人たち?
フランス人の性格 (P9から抜粋)

 あまりよく覚えていないのだが、パリに行く前にテレビで、いろんな国の街角でたくさんジャガイモの入ったかごをわざと落とし、人々の反応をみるという番組を見た。他のどこの国の人々も拾うのを手伝ってくれるのに、フランス人だけは見て見ぬふりで通りすぎていくのだった。フランス人の冷たいというか、他人のことに無関心な性格がそこに顕著に表れていた。

 日本人の友人でメトロのなかでスリの被害にあいかけた人がいる。彼女は車両の中ではまったく気がつかず、ホームに出てからフランス人の婦人に声をかけられた。「あなた、スリにもう少しで盗られるところだったのよ。気をつけてね」。この友人は怒っていた。スリに対してはもちろんだが、親切に声をかけてくれた婦人に対しても。「見ていたのならどうしてその時に言ってくれなかったのか」と。別の日本人の友人も言っていた。彼はスリを目撃したのだが、他のフランス人もみな気がついていたのに誰も何も言わなかったらしい。フランス人はただ勇気がなく卑怯なのか?


 個人的体験を絶対化することはできないし、人の性格も個々により違うので「フランス人だから」「日本人だから」と決めつけることは危険だ。そこで、私以外の人達の意見にも興味がわき、フランス人の性格についてどう思うか、フランス人、外国人(主に日本人)にアンケートをとってみた。




フランス人からみた フランス人の性格
長所
 一位 教養がある
 二位 ユーモアがある 寛容である 好奇心が強い 人生を楽しむ
 三位 礼儀正しい
短所
 一位 いつも文句ばかり言っている
 二位 うぬぼれが強い フランス人であることに誇りをもちすぎている
 三位 規則を守らない

外国人(主に日本人)からみた フランス人の性格
長所
 一位 親切で感じがよい 外国人差別をしない
 二位 人生を楽しむ
 三位 他人に干渉しない
短所
 一位 絶対に謝らない
 二位 怠け者 態度が悪い
 三位 人の悪口をいう

 「フランス人からみたフランス人の性格」の結果をみれば、フランス人が他国の人達をどのようにみているかもわかる。「教養がある」が一位であるように、彼らは自分達の文化に誇りをもっている。しかしその高慢さに対する自覚は、二位の短所をみればわかる。

 「規則を守らない」というのは、信号を無視して横断歩道を渡るのがあたりまえだったり、ごみを平気で道に捨てたり、といったことだ。信号無視に関しては私もすっかりこの習慣が身についてしまい、日本でうっかりやりそうになったことがある。フランスでは東京より車が少ないので、赤だからといって車が走っていないのに待つのはバカらしいのだ。(以下省略)

 
フランスのフリーター(P26から抜粋)

 初めて私がフランスを訪れた一九九〇年は、まだ日本も好景気だったせいか、カフェで隣り合わせたおじさんから「日本の経済は素晴らしいけれど、自分たちだけ儲けようなんてフェアではないと思うね」と意地悪なことを言われた。当時の女性首相エディット・クレッソンの日本たたきも話題になっていた頃で、「日本人は黄色いアリ」などと失礼な発言があった。日本の不況はフランスにくらべると、かなり最近始まったようなものなのだ。私が留学のため、パリで長期滞在することになった時期は、日本の経済もかなり落ち込んでいたので、フランス人の日本人に対する敵対心は薄らいでいるように思われた。

 「日本は就職難で....」などという話をするととても喜ばれる。「まあ大変なのね。私たちも苦労しているのよ」と、同胞のように扱ってもらえるのだ。反対にその時期絶大な好景気だったアメリカは嫌われているようだった。「ユーロが導入されれば、アメリカの単独支配は終わるさ」と、強気なライバル意識をむきだしにする発言をよく耳にした。

 フランスで驚いたことのひとつが、定職に就いているフランス人が、「自分は定職を持っている」ということを自慢することだった。周りの失業者たちに対して、優越感を感じるらしい。仕事に就いているなんて、別に当たり前のことだと思うのだけど....。特に威張っているのが公務員。公務員といってもいろいろだと思うが、自分は超エリートだと勘違いしてしまっているようだ。とにかく今のフランスで定職を持っていたらすごいことなのだ。

 日本の若者のフリーター志向はお馴染みだが、フランスでも同様の傾向があるようだ。ただ、単にモラトリアムの状態をあえて好き好んでいるというわけではないように思われる。フランスでは日本のように、高校や大学の新卒者を採用するというシステムはない。どの企業も、採用されてすぐに役立つ人材を希望しているので、応募する職種の経験者でないと難しい。(以下省略)

 
第二部 パリでの生活  学生寮(P60から抜粋)


 フランスの大学はほとんどが国立。そして国立の場合、年間二万円程度の登録料を払うが、授業料はタダだ。もし自分に子供がいたら是非フランスの大学に入れたいと思う。 高等教育が万人に開かれているため、外国人留学生がたくさんパリにやってくる。その外国人留学生や研修生などにも、破格の料金で住居を提供する寮が集まった学生村のような所がシテ・ユニヴェルシテール(パリ国際大学都市)だ。

 全体で五〇〇〇人におよぶ居住者の三分の一はフランス人、残り三分の二の外国人の出身国は一三〇以上におよぶ。一九二五年から一九六九年の間に建設された三七ヶ国の宿舎に居住している。それらの建物はそれぞれの国の伝統的スタイルに基づいた建築で、絵になるような美しさだ。例えば日本館は薩摩次郎八によって寄贈されたもので、小さな日本庭園があったりで懐かしい雰囲気。基本的には、各館の居住者はその国の出身者となるが、国際交流のため、部屋の三〇%は外国人にあてられている。敷地内には広い芝生があり、天気のいいときは、外部の人も寝そべりにきているようだ。犬の散歩に来ている人たちもよく見かける。

 私は運良く、二〇〇二年の一〇月からシテ・ユニヴェルシテールのノルウェー館の居住者となることになった。そこでは、私はたったひとりの日本人だった。ノルウェー館の家賃は三〇〇ユーロ。日本円にすると約三万五〇〇〇円。私の場合、実は住宅手当をもらっているので実際にかかる額はもっと低い。ここでは光熱費を払う必要がないので、アパートを自分で借りるよりはかなり安上がりだ。それにセントラルヒーティングなのでいつも暖かい(光熱費を払うと、冬の暖房代はばかにならない)。シャワー、トイレ、キッチンは共同だが、思ったより他人と競合しない。冷蔵庫も共同だったが、各自の箱が中にあるので、食料に名前を書くような面倒さは何もない。毎朝、掃除婦の人が掃除もしてくれるし面倒なことが全くないのが気にいっていた。セキュリティもしっかりしているし、守られている気分になるので、フランスに着いたばかりの慣れてない人には、この学生寮暮らしはいいのではないだろうか。日本館なら日本語でことが足りるわけだ。 (以下省略)