ひとりあそび p.6

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カッパとはさみ

転校生
1

転校生の季節というと春かな?

えっちゃんは、季節はずれの転校生だった。

校庭の雌のギンナンが、実をいっぱい落として、むっとする匂いがあふれている頃。

10月も終わりに近い頃だったと思う。えっちゃんがあたしの前に現れたのは。



先生のお決まりの「みんな仲良くするように・・・」の言葉のあとに、

「・・・えつこだから、えっちゃんって呼んで」

とえっちゃんが言った。

ふっくらした頬、ゆったりと内巻になって肩にかかっている、つやつやとした黒い髪。

あたしは、いいなと思った。かわいいな。お友達になれるといいな・・・。



えっちゃんは、目が悪かった。だけど、1番うしろの席に座っていた。

それで、普段はまんまるに見開いている目を、黒板を見るときは細めて見る。

授業中ずっと細めているものだから、何でもないときでも目を細めて、

眉間に皺を寄せるのがクセになってしまった。

そんなクセも、なんか、えっちゃんらしくていいなと思った。



えっちゃんは、クラスの中で始終浮いていた。それは転校生だからというわけではない。

何しろ、誰に対しても、物怖じするということがない特異な存在だった。

授業中に先生に指されたときも、

「聞いていませんでした」なんて平気で言うし、男の子にもずけずけと物を言う。

「生意気!」

「よく恥ずかしくなく、あんなことできるわあ」

なんていう女子たちの声にもお構いなしだった。



あるとき、学級会で、「学校の木に巣箱をかけて、鳥の観察をしよう」という意見がでた。

「オレ、うちから木っ端もってくるよ」工作の得意なショウちゃんがいった。

「屋根は赤がいい!」と、ちかが口をはさんだ。

「来た鳥に名前を付けて、表札も作ろうよ」鳥が好きで、家でも文鳥を飼っている、

のりちゃんがうきうきといった。

するとえっちゃんは、「ばっかみたい」とはっきり聞こえるようにつぶやいた。

「発言があるひとは、手をあげてください」

司会のひろきくんが言うと、えっちゃんは手をあげて、

「はい、学校の木ってどの木ですか?桜の木に巣を作る鳥なんている?イチョウは枝が張っているとこまで高いし、どうやって巣箱をくくりつけるの?校舎の近くの木じゃ、騒がしくて鳥なんてくるかな?あと、タダじゃ巣箱は作れないでしょ。釘やペンキなんかもいるんじゃないの。お金どうするの。もっと現実的に考えたほうがいいと思います」



この一言で、教室中は一斉にざわめいて、それから妙に静かになった。

わくわくしていたみんなのこころが、えっちゃんの意見のせいで、すっかり水をさされた感じになってしまった。



しばらくして、遅れて入ってきた先生が提案を聞いて、理科の先生に手伝ってもらって、鳥のことも良く調べて、どんな巣箱を作ればいいかアドバイスを受けたらいいと言ってくれたが、もうみんなの気持ちは冷えてしまっていて、結局この提案は持ち越しになってしまった。



このことがあってから、いっそうクラスのみんなはえっちゃんによそよそしい態度になった。

だから、えっちゃんはひとりでいることが多かった。

えっちゃんに話しかけるのは、学級委員のりっちゃんと、同じ班のあっちゃんぐらい。

あたしがえっちゃんと話しができるようになったのは、班替えして同じ班になってからだった。



「えっちゃん、何がすき?」

「UFO」

「えっ、空飛ぶ円盤のこと?」

「ちがうよ、UFO。未確認飛行物体!」

「…ちがうの?」

「もう、これだから。話になんない!」



えっちゃんは、あたしを馬鹿にするような言い方をよくした。

外からみたら、あたしはえっちゃんにしっぽを振ってついていく、犬みたいに見えたかしれない。

でもあたしは、えっちゃんが大げさにため息をついたり、いくらあたしの無知をからかっても、なんとも思わなかった。

えっちゃんのそばにいて、えっちゃんを近くで見つめているだけで、うれしかった。



6月に入って、雨がじとじと降る日が続いていた頃だった。えっちゃんが、また転校するという噂が聞こえてきたのは。

「えっちゃん、ほんと?」

「2学期には、また元のとこに帰る」

「そんなー、あと1ヶ月しかないじゃん」



えっちゃんが転校するというので、りっちゃんが中心になり、お別れ会を開こうという話がでた。

「<お別れ会>なんてやだな。いきたい人だけでどっか出掛けない?」

えっちゃんの希望で、みんなで<お別れサイクリング>にいくことにした。

夏休みになるとえっちゃんが引っ越してしまうから、その前、7月の日曜日に。



学級委員のりっちゃんが、女子だけではなく、男子にも声をかけて回った。

りっちゃんは、男子にも女子にも顔がきくから、こんなとき頼りになる。

「えっちゃんの?わたし、そんなに仲良くなかったから、いいよ。」

「ダメダメ、その日、用事があるんだ。」

「サイクリング?つまんなさそー」

「あのこ苦手なの、ごめんね。」



ちかちゃんに声をかけたら、「えー、あたし自転車乗れないし・・・えっちゃんぶりっ子なんだもん、遠慮しとく」とことわられた。



結局、参加者は、えっちゃん、あたし、りっちゃん、カネゴン、ひろきくん、まーくん。

6人だけということになった。

えっちゃんと、一番仲がいいと思っていたあっちゃんも、他に用事があるとかいって、不参加ということだった。



その日は上天気だった。

目的地のダム瑚は、家から片道30分ぐらいのところにある。



あたしが集合場所の公園に着いたときには、もうみんな、集まっていた。

(みんな・・・あ、まーくんがいない。)

「まーくんは、直接いくって。」とりっちゃん。

「ふーん。」

(えっちゃん、残念そうだなあ。)



公園を出発したのは、予定通り8時半。

先頭はひろきくん、次はりっちゃん。少し離れて、えっちゃんとあたし。

カネゴンがしんがりだ。きっと、取り残されるメンバーがいないように、わざと一番うしろを走ってくれたのだと思う。



何事もなく、ダム湖に着いた。

全身が汗ばんでいたが、日差しはまだそれほど強くはなかったので、日影に入るとすっとして気持ちが良かった。

ひろきくんが、自動販売機を見つけて、みんなで冷たい飲み物を買う。

ひろきくんがコーラ、りっちゃんがオレンジジュース、カネゴンはサイダー。

あたしとえっちゃんはファンタだ。



まだ朝露が残っている、しろつめ草の草っ原にみんなで座って、冷たい飲み物をごくごく飲む。

カネゴンが仰向けにひっくり返って叫んだ。

「空ってホント青いんだな。」

(よく口に出して恥ずかしいこというな。)

そう思ったけど、えっちゃんがまず寝っ転んで、ひろきくんもりっちゃんも仰向けになったので、あたしもみんなのまねをして、ひっくり返って空を見上げた。

「すごい。絵具の青、そのまんま。」



「なんだよ〜寝てるのかよ。」

まーくんだ。

青空が、まーくんの顔に変わった。

「わりー、寝ぼうしたんだ。」

まーくんは、野球帽のつばを後ろに回してかぶっていた。

ひょろひょろと背が高くて、細身のまーくんは、両手を膝にあてて、みんなを見下ろしている。

あわてて、あたしは立ち上がった。ひろきくんもりっちゃんもえっちゃんも。

「あっれ〜、しみがついちゃったよ。」

見ると、えっちゃんのうすいベージュのズボンに、しっかり、草の汁が染み付いていた。

他の子のズボンにも、草の汁はついているだろうけど、みんなGパンだから、見てもわからない。

ちかちゃんがいたら、「あんなズボン、格好つけてはいてくるからよ。」ぐらいは言っていたかな。

えっちゃんはぶつぶつ言いながら、ひとりでダムの方へ歩きだした。

ひろきくんとまーくんは顔を見合わせると、えっちゃんの後に続いた。

りっちゃんとカネゴンも、もちろんあたしもその後に続く。



ダムは小さく、ダム湖もそんなに深さがなくて、うんと大きなプールみたい。でも、離れて覗き込むと、空と緑が写り込んで、なかなかきれいな眺めだった。

立っているみんなの周りは、どっちを向いてもとんぼばかり。

(たぶん、この風景、一生忘れない)



「いただき!」

カネゴンは、まーくんの野球帽を取り上げて、とんぼを追いかけ回し始めた、そんなカネゴンをまーくんとひろきくんが、追いかけていた。

りっちゃんも、カネゴンの隙をついて帽子を奪おうと、追いかけられているカネゴンの逃げる先に飛び出そうとしていた。

えっちゃんは・・・あたしの横で、みんなの追いかけっこを見ていた。



(えっちゃん、まーくんのこと好きなんだよね。知っているよ。)

(だから最後に、一緒の思い出作りたかったんでしょ。)

(あたし、知っているよ。えっちゃんのこと知ってるよ。)

(えっちゃんもわかっているよね。あたしがえっちゃんのこと、好きだってこと。)



「えっちゃん、手紙ちょうだいね。わたしも返事ぜったい書くから。」

「わかんない。」

えっちゃんは、まーくんの帽子の行方を目で追いながら、あたしの顔を見ずに、そう言った。

「えっ」



「みどりってさ・・・」

いきなり名前を出されて、ドキンとした。

「自分に自信ないんでしょ。」

「そういうとこ、なんかイラつくんだよね。」



「そんな・・・。」

あたしは下を向いて、そのまま顔を上げられなくなった。

気配で、えっちゃんがまーくんたちの方に駆け出したのがわかった。



みんなの笑い声がする。カネゴン、まーくん、ひろきくん、えっちゃん。

「みどり、どうしたの?」

あたしが見つめていた地面に影がおちる。

りっちゃんだ。

「えつこと・・・はあ、ケンカでもしたの?」

あたしのそばまで駆けてきた、りっちゃんの息がはずんでいた。



「べつに・・・」

「ふーん。なんかふたりで、話していたみたいだったから。みどりってすぐ顔に出るもん」

そういわれて、思わずりっちゃんの顔を見つめてしまった。

「あのこも、ちかに負けずおとらず、ずけずけいうでしょ。」

「ま、ちかは、相手がどう思うかなんて考えないでいうからなんだけど、あのこは、相手を攻撃しようと思っていってるもんな」



「あたし、自分に自信がないの。えっちゃん、それがイヤみたい」

りっちゃんは、くすっと笑って言った。

「あのこも、自分に自信ないんだよ。知ってた?話しをするとき、人の顔見ないんだよ。いつも目をそらしている」

「・・・だから、友だちできないのになあ」



「あたしなら、えっちゃんのことわかってあげれるのに」

「おっ、自信を持っていってるじゃない」

「じゃ、わかるでしょ、みどりに好かれて、えつこもほんとはうれしいんだよ」

りっちゃんは、にこにこしながらそういう。

(そうかな。ほんとにそうだといいな)



「そろそろいかない?」

ひろきくんが汗だくになっていいにきた。

「はらへった」

カネゴンが情けない顔をしてつぶやいた。

「あほ」

やっと取りもどした帽子を、手でくるくるまわしながら、まーくんがいった。



「帰り道であんパン買ってこ」

と、えっちゃんがいうと、

「さんせー!」

「おれカレーパンがいい」

「ジャムパン!」

「あそこのお店、あんまり置いてないから、早いもの勝ち!」

そう、りっちゃんが叫ぶと、みんなわれ先に自転車のところまで駈けていった。



夏休みが終わって、えっちゃんの座っていた席は空になった。

あのお別れサイクリングから、もう1年も2年も経ってしまったような気がする。

教室にはえっちゃんから、クラス宛に届いたはがきが、掲示されている。

ニッコリ笑って、ピースサインをしているえっちゃんの写真に、暑中お見舞いの文字がかぶさったはがき…



えっちゃんらしい顔だな、とあたしは思った。

えっちゃんは見栄っ張り、えっちゃんは意地っ張り、えっちゃんは素直じゃない・・・。

(なあんだ、あたしと同じ・・・。だからかな、えっちゃんを好きになったのは。)

そう思ったら、なんだかうれしくなった。

いままでずっと追いかけていたえっちゃんを、やっと近くに感じた気がしたから。



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