ひとりあそび p.4

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ひとりあそび
飛びこみ
なおちゃん
ねこふんじゃった
夏の雨
あっちゃんと...
転校生
カッパとはさみ

夏の雨

「ねえねえ、みどりちゃん、嫌いな子っている?」

ちかが大きな目をくりくりさせながら聞いた。

お昼休み、校庭にある朝礼台に3人の女の子が座り込んで、足をぶらぶらさせながら話をしている。

ちかは3人の中では一番背が低かった。やたら大きい目が印象的な、お人形のような少女だ。聞かれた子は白い肌と真っ黒なちじれっ毛のコントラストが一際目立つ女の子。風が吹くたびに、髪の毛がもつれてしまうので、ひっきりなしに右手の人さし指で髪をいじっている。

みどりは手で髪を押さえたまま、一息すって答えた。

「・・・あっちゃん。」

「ふーん、そうなんだ。ねえ、りっちゃんは?」

りっちゃんと呼ばれた子は、3人の中でただひとり、ジーンズのズボンを履いていた。
耳もうなじもすっきりと出したショートカットなので、遠目には男の子にも見える。

「いないよ。」

りつこはきっぱりと答えた。

「おっ、なんかりっちゃんカッコイイ。」

「いいな、りっちゃんは、さっぱりしていて。あたしはあっちゃん見てると、なんかイラつくんだ。」

慌てて、みどりは言い足した。なんか言わないと居心地が悪かったから。
りつこはポン、と台から飛び降りて、

「そろそろチャイム鳴るよ。行こう。」と言った。


お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、みんな一斉に校舎に駆け込んでいく。

今日はすこし雲が多いとはいえ、じりじりと暑い校庭から下駄箱の陰に入ると、ひんやりとした空気が心地よい。それでも教室にもどると、重く暑苦しい空気の中で授業を受けなければならないのだが。


りつこは他の子がキャーキャー騒いでいるときも、冷ややかなくらい冷静な子供だった。運動は得意だったし、勉強もガリ勉しなくても、そこそこにできたので、2年3組でも2学期は体育委員とクラス委員の両方を引き受けていた。

他の女の子みたいにすぐ泣いたりしないし、男の子とかけっこしても引けを取らないりつこは、遊ぶとき男女を問わず、どちらからも誘われた。男の子からは仲間として認められていたし、女の子からはあこがれの目でみられていた。それでも、りつこ自身はなにか居心地が悪いものを感じていた。

女の子同士で遊ぶのもイヤではなかったが、友達になると、いつも一緒に行動しないと、陰でこそこそ言われるような関係には我慢ができなかった。

男の子の遊びに、女の子の中で自分だけが誘われるのは、得意な気持ちだったが、決定的なところ・・・腕の力とか、ジャンプ力とかで、男の子には勝てないことが、口惜しくてたまらなかった。

人からは大人っぽいと言われたが、りつこは何をしても、中途半端な感じがして嫌だった。どうせなら、男の子だったらよかったのに・・・。


掃除の時間、男の子たちは、最近はやりのプロレスごっこを始めた。
女の子たちは遠巻きに、ほうきを手に、さぼるなーと言いながらも
応援を始めた。

「おい、りつこも出ろよ。あきおとやってやれ。」

同じクラス委員のひろきがりつこに声をかける。あきおというのは、クラス1のチビで、色白のオカッパ頭にした男の子だ。足も速くて、負けん気も強いのだが、いかんせんプロレスとなると、身体が小さいために勝つことができない。

「女なんていれるなよ、ひろき。」

「りつこならいいだろ。お前勝てるか?」

「バカにすんなよ!」


りつことあきおは上履きを脱ぐと、足をふんばって、手と手を頭の上で組み合って力をいれる。りつこの方が頭一つ分背が高い。そのまま押し合いだ。

2人とも顔を真っ赤にして、ときどき身体をひねって力を入れ続けるが、なかなか勝負がつかない。

「りっちゃーん、やっちゃえ!」

「かっぱー、女になんか負けるなよー!」

応援する方も熱くなってくる。その時、担任の高木先生が教室に入ってきた。

りつこが足を滑らせて、手をつないだままのあきおもそのまま倒れ込む。倒れ込んだまま、2人とも相手を押さえ込もうと転がり回る。

「こらっー!なにケンカしてるんだ!」

「ちがうよ、センセイ。ゲームだよ。」2人の間にひろきが割り込んで、引き離した。

「ノーカウント、ノーカウント。」

「お前ら、ちゃんと掃除しろよなあ。他のクラスはとっくに終わっているぞ。」


りつことあきおを囲んでいた輪がくずれ、みなが散らばって掃除にもどった。

「おい、今度は勝負つけような。」

あきおが息を弾ませたまま、にやっとりつこに笑いかけて走っていった。

りつこもこくんとうなずいた。


「だいじょうぶ?りっちゃん。」

ちかが、りつこの上履きを持って、かけ寄ってきた。

「うん・・・」

「あれ、りっちゃん、血が出てる!」

ちかが目ざとく、りつこの手に滲んだ血に気がついて、大声をあげた。
あきおとつかみ合ったとき、あきおの爪がりつこの手の平に食い込んだらしい。

「消毒しないと、あきおのバイキン入っちゃうよ〜。」

「ちかちゃんったら。」みどりは周りを見回して、ちかをじろりと睨みつけた。

「みどりちゃん、保健委員でしょ、保健室!保健室!」

「いいよ、こんなの。」

とりつこが言っても、ちかは全く無視して、りつことみどりを半ば押し出すようにして、教室の外に連れ出し、引き戸をぴしゃんと閉めてしまった。


「いこ、りっちゃん」

あきらめたように肩を落として、みどりが言った。

「ひとりでいくよ。」

「保健委員の仕事だもん。いこいこ。」


渡り廊下のすのこをぴょんと飛び越して、みどりはりつこに言った。

「りっちゃん、すごいね。先生が来なかったら、かっぱに勝ってたんじゃない?」

「そんなことない。あきおくんも男の子だもん、力、強いよ。」

りつこはそういって目をふせた。

(ほんと、勝てない。くやしいよ。ひろきくんもわかってて、わたしにあきおくんの相手をさせた。わたしを仲間に入れてくれても、やっぱりわたしだけ特別扱いなんだ。)

りつこは、プロレスで勝てなかったことより、<仲間>じゃなくて、<特別扱い>されたことがくやしくて、目に涙を滲ませた。


「ただいまあ。」

りつこが玄関の戸を開けると、入れ違いに5つ違いの兄が、飛び出してきた。

「おう、りっこ、いってくるぜい。」

「お兄ちゃん、また野球?」

グローブとボールを自転車のカゴに放り込む、兄を見送りながら、りつこは思う。

(わたしが男の子だったら、お兄ちゃんと野球ができたのに・・・)


「りつこ、手を洗ったらちょっとおいで。」

お茶の間にいたお母さんが、声をかけた。

「なーに、おかーさん。」

お母さんは紙袋から、うれしそうに何かを取りだすと、りつこの前においた。

「これ、履いてみて」

広げるとそれはデニムのスカートだった。

「やだよ、スカートなんて、いつはくの。自転車乗れないじゃん。」

りつこは今年の誕生日、おねだりして兄と同じスポーツタイプの自転車を買ってもらい、それ以来遊びに行くときはいつもその自転車に乗っていた。

「学校に履いてきゃいいじゃない。お前も女の子なんだから、スカートの一枚も持ってなくちゃ。はい、試着してみて。」

お母さんはこういうとき、絶対りつこのいうことなんて聞いてはくれない。

りつこはしぶしぶ、履いていたスボンを脱ぎ、スカートを両手で引き上げた。

「あれ?」りつこが慣れないファースナーに手間取っていると、

「ファースナーは横にくるようにすればいいの。ほら、下を押さえて上に引っ張り上げればいんだから、簡単でしょ。」

(かんたんじゃないよ。ファースナーなんて、横に付いたり、後ろに付いたり、いろいろあるじゃない。面倒くさいな。)

「うんうん、似合う似合う。丈もちょうどいいわね。それ、明日学校に着ていきなさい。」


翌朝、りつこは入学式のとき以来ずっと履いていなかった、スカートを履いて家を出た。

「・・・なんか変じゃない?」とりつこがつぶやいても、

「すげー。りつこ、女にみえるぞ。」と兄がからかっても、

「ばかいってんじゃないの。りつこは何でも似合うの。」

と母は全く受け付けなかったからだ。


「りっちゃん、おはよー。」

校門のところでみどりが追いついてきて、声を掛けた。

「やっぱり、りっちゃんだ。なんか感じがちがうなーって思ったら、ズボンじゃないんだもん。」

「やっぱり、おかしいかな。」

「ううん、そんなことない。りっちゃん、スカートもいいよ。・・・あたしさ、りっちゃん、なんでいつも男の子と一緒の格好なのかなって、思っていたの。」

「だって、楽だもの。」

「そっかあ。でもさ、りっちゃん、さらさらでキレイな髪してるでしょ。髪のばせばいいと思うんだけどな。髪長くして、スカート履いて。それも、りっちゃんには似合うと思うよ。」

「長い髪なんて、うっとうしくてヤダよ。」

そう答えながら、りつこはびっくりしていた。

(こんな風に思うひともいるなんて。わたしはただ、お兄ちゃんみたいになりたかっただけなんだから・・・)


今日はひどい暑さだった。教室の窓から校庭を覗くと、ゆらゆらとかげろうが立ちのぼっている。

さすがに、今日はお昼休みになっても校庭に飛び出していく子は少なかった。

講堂の裏の日陰で、話し込んでいる女の子たち、昇降口の近くの水飲み場で、水をかけ合い、大騒ぎをしている男の子たち・・・子供たちは夏の暑く重たい空気の中、生簀に上げられた魚のように、狭い校舎の中を、泳ぎまわり、ぶつかりあって、時間を過ごしていた。


昼休みも終わり、講堂から教室へもどろうとしていたりつこの前を、あきおが駆け足で追い抜いていった。

「あれー!今日、りつこ休みかと思ったら来てるじゃん。スカートなんて履いて、このおとこおんながー!」

「この、バカがっぱ!お前こそスカート履いて来いよ、このくされおとこ!」

「ちかちゃん。」あきおを、口汚く罵ったちかを、思わずみどりはたしなめた。

「ちか、いい方キツすぎ。あんなの放っておけばいいんだよ。」とりつこも言う。

「だってえ。あったまくるじゃない。」ちかはぷりぷりと怒りまくっていた。


夕方になって、急に雲がわき上がってきた。もくもくと黒い雲、典型的な入道雲だった。

「みんなー、掃除が終わったらすぐ帰れよ。ひと雨くるぞー!」

高木先生が大声で、教室を覗き込みながら、まだ残っている生徒たちに声をかけてまわっていた。

最後になっていた、りつこ、ちか、みどりも慌てて、教室を飛び出して下駄箱に走っていった。ごろごろとカミナリが鳴り始めている。

「おー、お前らもまだいたんかい。」ひろきとあきおも走ってきた。

その時、ピカッと稲妻が閃いた。ゴロゴロ、ピシャッ。

「きゃー!」

「うわーっ!」

ちかとあきおが大声を上げる。ほんとに怖がっているというより、叫ぶのを楽しんでいるみたい。と、りつこは、黒雲の中から出て、地面に突き刺さる稲光を見つめながら思った。

カミナリは雨を呼ぶ・・・稲光とカミナリが落ちた後の地響きが収まってくると、今度は雨が落ちてきた。ぽつぽつから、あっという間にざあざあと降ってくる。

「どうする?」みどりが、だれに聞くでもなくぽつりと言った。

「行く。」ひろきが最初に飛び出した。

りつこ、みどり、あきおもひろきに続いた。

「おいてかないでよー!」ちかも4人の後を追った。


もう校庭は巨大な水溜まりだった。ひと足踏みだしただけで、ズック靴の中は水浸しになった。雨はあっというまに轟音を立てる豪雨に変わる。剥きだしの腕や脛に雨が当たって痛い。

「すっんげー。」

「なによーこれ!」

「やだー」

大音響の中、人の声もとぎれとぎれにしか聞こえない。

校門を抜けてアスファルトの道路に出るころには、空も少し明るくなってきた。が、雨の勢いは止まらない。雨がアスファルトを叩く音、ごうごうと雨水が排水溝に流れ込む音が頭の中いっぱいに広がっている。

降り注ぐ雨量が、排水溝に抜ける水の量をこえているので、道路は川の状態になっている。足を踏み降ろすたびに、靴の中に溜まった水がごぼごぼいうのが面白くてたまらない。

ちょっとの雨なら、「はねをあげるんじゃありませんよ。」「あーあ靴をこんなに濡らして!」なんてお小言を言われるけど、この雨はそんなレベルじゃない。


「気持ちイイー!」

「うっひゃ、うひゃ。」

「だいこうずいだあ〜。流されるう。」

みんな口々に叫んで、走り回っている。

りつこの新品のデニムのスカートは、水をたっぷりと吸って悲惨な状態だったが、りつこはもう、スカートのことなどどうでもよくなっていた。

みどりのくせっ毛はべっとり、おでこに張り付いていた。

お人形の様な顔をして、きついことを平気で言うちかは、今はただ、げらげらと笑い転げていた。

あきおはひろきに飛びついて、転ばそうとして逆にひろきに足を払われていた。



なんかすっごく気持ちいい。

どうでもいいじゃない。

格好なんて、どんな風でも。

男だって、女だって、関係ないじゃん。

他の人がどうでも、わたしは変わんないもん。

ぜったい、自分が気持ちいいようにするのがいい。



ばしゃばしゃと水を蹴立てて行く5人に、雲が切れて顔を出した太陽の光があたっていく。

雨足も弱くなってきた。もうすぐ雨もあがるだろう。


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