ひとりあそび p.2

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なおちゃん

 チカとナオちゃんはお互い、物心ついたときに、もっとも近くにいた遊び相手だった。チカが家の戸を開けて、目の前の道を一本渡ると、そこにはナオちゃんの家があった。

 毎日どちらかの玄関の前までいって、「あ〜そび〜ましょ。」といえば、それが遊びの開始の合図だった。

 チカの家で遊ぶより、ナオちゃんの家で遊ぶことの方が多かった。

 ナオちゃんの家に入ると、ぷーんと饐えたような匂いがした。1階には一部屋と台所。その一部屋には、大きなアイロン台と、山と積まれた服がごっそり置かれていた。子供たちの服なのか、お母さんの内職のやりかけなのか、とにかく押しつぶされそうな量だった。部屋の真ん中に、急な細い階段がニョッキリと見えていて、上の段へいくほど、2階の明かり取りの窓から、光が入ってきて明るくなった。

 そこにはいつも床がとられていて、ナオちゃんのおばあちゃんが、横になっていた。

 骨とすじばかりの、真っ白な頭のおばあちゃんは、チカがいてもナオちゃんがいても、自分一人しかそこにいないように振る舞った。おばあちゃんが、だれとも目を合わせないことが、チカにはとても怖かった。


 チカとナオちゃんは、台所の床の間でお人形遊びをよくした。台所は暗くて狭かったが、チカはひんやりとした床の上で遊ぶことが、嫌いではなかった。ナオちゃんも、そこしか家の中で遊べるところはない、と思っていたのか、自然にいつも2人で台所に向かっていた。

 チカにとって、ナオちゃんの家は、隠れ場所であり、秘密の探検場所だった。


 お人形遊びに飽きると、2人はお勝手から外に出て、井戸があるところまで出ていって、ままごとをしたり、回りに生えている、花や葉っぱを使って、色水を作ったりして遊んだ。


 ただ、チカは、何でも聞きたがるナオちゃんの弟、すぐ泣くナオちゃんの妹が苦手だった。それに、ナオちゃんのママも。


 ナオちゃんはお父さんのことを、パパ、お母さんのことを、ママと呼ぶ。外国人じゃないんだから、なんか変だ。気取ってる。とチカはずっと、そう思っていた。

 ナオちゃんのパパは、学校の先生。痩せて小柄なパパは、無口なひとだった。

 おとなしくて、どちらかというと、影の薄いパパにたいして、ママはその巨体にものを言わせて、ゾウが歩くように、他人を踏み潰しても止まらず、前進していく姿がいつも目に浮かんだ。


 ナオちゃんのママは、ナオちゃんの前でよくチカをほめた。キチンと正座ができるとか、靴を揃えて脱ぐとか、たわいのないことでだった。他にも「賢い子よね、チカちゃんは。」とか、何の根拠もないことでほめられるので、チカはほめられてもちっとも、うれしくはなかった。ナオちゃんのママが、本気でそう思っていないことが、わかっていたから。ナオちゃんのママは、自分の子が一番出来のいい子だと思っているのだから。


 実際、ナオちゃんはいい子だった。

 いつでも、どこへ行くときでも、小さな弟と妹の面倒をよく見た。

 ナオちゃんは、他人と決して争い事はおこさなかった。ママにはいつも従順だった。他人と比べられて、「あなたも見習わなくちゃ。」とママにいわれても、反抗したり、いじけたりすることなく、「ハイ」と返事をした。

 遊んでいて、他の子が自分のおもちゃを欲しがったら、すぐ譲った。

 ママと帰る約束をした時間になると、遊びの途中でも皆を残して、さっと帰ってしまう。チカにしたら、とんでもない、信じられないことだった。

 ナオちゃんは大人たちからみたら、しっかりした、手のかからない子なんだろう。

 チカからしてみれば、何をしてもニコニコしているナオちゃんは、スキのない、とてもうっとうしい存在だった。


 めずらしく、弟も妹も、ママも留守だった日、いつもと同じように、チカとナオちゃんは、お人形で遊んでいた。

 リカちゃんになおとくん、リーナちゃんにスカーレットちゃん・・・お人形はたくさん用意したのだが、2人はお人形遊びに、すぐ飽きてしまった。

「おもしろいものあるよ。みる?」

「うん。」

 チカが答えると、ナオちゃんは押し入れの戸を、すっと片手で開けた。そして、丸くてつやつやした、黒い火鉢を取りだした。

 火鉢の中は、白い灰が一杯に詰まっていて、その灰の中には、真っ黒な炭が、いくつも埋まっていた。そして火鉢には、長い長い火箸が突き立っていた。

 ナオちゃんは、火箸で灰の中の炭を、ほじくり出し始めた。いくつも、いくつも、炭が掘り出されていく。灰が白い煙になって、あたりに舞い上がる。

 その時だった、お勝手口から、ナオちゃんのママが部屋に上がり込んできた。

「なんてことしてるのっ、ナオ!あんたをこんな悪い子に育てたつもりはないわよ。さあ、謝りなさい。恥ずかしいと思いなさい。ほんっとにあんたはっ・・・」

 ママは叱りつけながら、ナオちゃんの手を掴んだ。そして足も押さえ込んで、ずるずるとナオちゃんを引きずっていった。ナオちゃんが、ママの手が離れた一瞬に、ふすまの方へすり寄って逃げようとしても、かまわずママは、ナオちゃんの顔に平手打ちを加えた。顔を真っ赤にして泣き叫び、体を丸めて手で顔を覆って、ナオちゃんはママのビンタから我が身を庇おうとした。ママはナオちゃんの尻を手ではたくと、チカの方を見て、吠えた。

 「何見てるの。ナオにこんな悪いことさせて、あんたみたいな子とはもう遊ばせません。帰りなさい。出ていって!」

 呆然としていたチカは、ママの言葉に転がるように外に飛び出た。

「ご免なさい、ご免なさい、ママあ。もうしません、もうしませんから。」

 ナオちゃんが何度も何度も、そう泣きながらくり返す声を背に、チカは道路を渡って、自分の家に逃げ込んだ。



 あのことがあってから2〜3日して、チカはお母さんと一緒に歩いていたとき、ナオちゃんとナオちゃんのママに会った。あれから、チカはナオちゃんと会っていなかった。チカはお母さんに、ナオちゃんちに遊びに行けなくなったことを話してはいたが、どういう事情かは、全く言ってはいなかった。お母さんはそれなりに察したらしく、ナオちゃんのママに、「うちのチカが、ご迷惑をお掛けしたようですいません。」なんて謝り始めた。

「いいえ、何でもないですわ。また遊んでやってね、チカちゃん。」にっこりナオちゃんのママが、チカに笑いかけた。

 チカはそっと、ナオちゃんの顔を盗み見た。ナオちゃんのママがほんとはどう思っているのか、チカもナオちゃんもよくわかっていた。

 チカは見ちゃいけないものを見てしまったんだ。

 ナオちゃんが、チカの顔をじっと見つめていた。

 チカは初めて、ナオちゃんと友達になりたいと思った。


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