ひとりあそび p.3

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ねこふんじゃった


「ねえ、みどりちゃん、ピアノ習ってるんだって。」

「うん。」

「弾いてよ!ほら。」

幼稚園のクラスの部屋にひとつずつ置かれている、オルガンの前で、3〜4人の女の子が、並んで鍵盤を叩いていた。

後ろから、ひょいと首を出して覗いていたみどりに、あかねが声をかけた。あかねは、片手で猛烈な勢いで、<ねこふんじゃった>を弾いていた。


「あたし、お教室では<ねこふんじゃった>は習ってない。」

「ふーん。じゃ、なに弾けるの。」

「<はにゅうのやど>とか・・・」

「はにゅ?なに?」

「<ホーム・スウィート・ホーム>っていって・・・」

「わかんないけど、弾いてみてよ。」



みどりは、みんながどいて空けてくれた椅子に座った。

<埴生の宿>はみどりが楽譜を見ないでも弾ける、2曲のうちの1曲だ。意味は全然わかんないのだが、歌詞から、なんとなくお家に帰る歌なのかなあと思っていた。

みどりはゆっくりと、和音の響きが美しいその曲を弾いた。引っ掛からないで、弾けたのだが、あかねや回りにいる子達の反応は鈍かった。

「あとないの。」

「あと、アベマリアとか。」

「わかんな〜い。みどりちゃんってわかんないのばっかり。」

あかねの言葉に、回りの子もクスクス笑いをした。


みどりは週に2回、幼稚園が終わった後に、ピアノ教室に通っている。いや、通わされている。

お母さんの、「女の子は、ピアノぐらい弾けなくっちゃ。」のひと言で、みどりは県下でも有名だという先生のところに、連れていかれることになったのだった。

ピアノの先生は声が大きくて、怒ったときの顔はとっても怖かった。


「指をねかせちゃだめ。オルガンじゃないんだから、指の腹で弾くんじゃないの。指先を立てて鍵盤を叩いて。ハイ、もう一度ね。イチニ、サン、イチニ、サン・・・だめ、またオルガン弾き!」

先生は手を叩きながら、リズムをとる。また最初からやり直し。


みどりは、週2回のピアノのお稽古の日が、いやでたまらなかった。

家に帰っても、練習なんて、ほとんどしなかった。せっかく、立派なピアノを買ってもらったというのに。

「お母さん、お母さんだって、お父さんだって音楽ぜんぜん好きじゃないじゃない。なんで、みどりだけピアノ弾かなきゃなんないの。」

「ばかねえ。お父さんもお母さんも何も楽器弾けないから、みどりには弾けるようになって欲しいんじゃない。音楽だって、みどりが弾いてくれたらレコードなんていらないしね。」

(なんで、みどりが・・・って聞いてるのに。みどりやりたくないっていってるんだよ。)


ピアノのお稽古にいくと、みどりぐらいの女の子が、いっぱいいた。さすがに有名な先生だけあって、習いに通って来る子が多く、自分の順番がくるまで、待っていなきゃならなかった。みどりは、大きな椅子の端っこにちょこんと座って、あちこち好き勝手な方に跳びはねているくせっ毛を、指にぐるぐる巻き付けながら、じっと待っているしかなかった。お母さん達は、その間ずっと、ぺちゃくちゃしゃべりっぱなしだ。

「みどりちゃん、えらいね。ずっとおとなしく座ってるんだから。それに比べたら、うちのナオったら。ほら、ナオ、みどりちゃんみたいにちゃんと座ってなさい!ああ、椅子によじ登ったらだめよ。」

(ずっと座っているのなんか、イヤにきまってるじゃん。みどりだって、こんなとこ、早く出ていきたいんだよ。)

「ハイ、次。みどりちゃんね。」

(あ〜またお稽古だ。みどり、いやだっていってるのに。)

無理やり行かせようとする、お母さんと、ロクに練習もしないで、また怒られる自分と、みどりは両方に腹を立てていた。


今日はみんなお外で遊んでいて、おへやの中には誰もいない。

オルガンの前にも誰もいない。

みどりは椅子に座って弾き始めた。

「ドレミ、ファファ、ソソ、ミソ、ファミファレミ・・・」

「あら、みどりちゃんうまいのねー。」

スズキ先生だ。ひとりでいるみどりが気になって、のぞきに来たらしい。

「みどりだけなんだよ、ここでこの曲弾けるの。」

「ふーん、すごいね。」

(そうだよ、片手でねこふんじゃった弾けてもそんなの・・・)


ピアノの先生が手を叩いてリズムをとる。

「ハイ、イチニ、サン、イチニ、サン。そうそう、もっとゆっくり。イチニ、サン・・・」

みどりが弾いているそばで、お母さんがじっとこっちを見ている。

「もう一度!始めからね。イチニ、サン、ああだめそうじゃない。どうしたの、もうあきちゃったのかな?いやだったら、やめていいんだよ。」

(はい、やめます)と心の中で、みどりは返事をして、鍵盤から指を離した。

先生が笑いだした。笑いを耳に残したまま、走って部屋を出る。そのまま玄関で靴をはき、みどりは外に出た。潜り戸を抜けるともうそこは道路だった。道路脇に黄色いタンポポの花が、揺れていた。

後から追いかけてきたお母さんが、「こら!さぼったな。」と睨みつけた。

「先生に悪かったと思わないの。」

そりゃ、逃げ出したんだもん・・・でもお外はこんなに明るくて、暖かくて、気持ちいい。とにかく、今日の嫌な時間が終わってうれしかった。



「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ねこふんずけちゃったら・・・」

あかねちゃんが一人で歌いながら、オルガンを弾いていた。みどりはそばに近寄って言った。

「ねえ、あかねちゃん。ねこふんじゃった、おしえてくれる?」


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