ひとりあそび p.5

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ひとりあそび
飛びこみ
なおちゃん
ねこふんじゃった
夏の雨
あっちゃんと...
転校生
カッパとはさみ

あっちゃんと...
「嫌いな子いる?」

「あっちゃん」


あっちゃんは一重の細い目をしている。あたしと同じ天然パーマだ。

いつも髪を短く刈上げているせいで、あたしより余計くるくるに見える。


あっちゃんは、背が高い。あっちゃんは、太っている。

あっちゃんは、えっちゃんと仲がいい・・・。



「どうしていつもピンクの服着てるの」

それは無邪気な質問のつもりだった。悪意を込めなくても、気持ちは出てしまうなんてことを、考えたことはなかったから・・・。

「七面鳥じゃあるまいし、いつもちがう格好なんてしてられないよ!」

(七面鳥じゃなくて、孔雀じゃない?着飾ってって、いいたいんでしょ。)

と突っ込むのは、こころの中でだけにしておいたが。


ほんとうにあっちゃんは、ピンクの洋服ばかり着てくる。

ピンクのブラウス、ピンクのTシャツ、ピンクのズボン・・・。

その中でも、最低最悪だと思ったのが、ピンクのタートルネックのセーターをあっちゃんが着てきたときだ。

ただささえ、ふっくらとした身体が、セーターのせいでさらに膨れ上がり、短い首はタートルに埋もれて見えなくなっている。あごがタートルネックの上にかろうじてちょこんとのっている状態だ。

(なんで、わざわざみっともない格好するのよ。)


そのときからだと思う。あっちゃんに、憎しみに近い感情を持っていることに気付いたのは。


体育で跳び箱を飛ぶ順番を待っているとき、終わりの会の司会であっちゃんが黒板の前に立つとき、あっちゃんを睨みつける。はじめは視線を無視しょうとしていたあっちゃんも、いつまでもあたしが睨みつけるものだから、睨み返してくるようになった。


不思議とあっちゃんと同じ班になることはなかった。

だから、ずっと遠くから睨みつけているだけで、それ以上のことには発展しないまま時間が過ぎていった。


「みどりー、消しゴムかしてー!」

「えっちゃん、忘れたの?」

「どっかいっちゃった」

これが他のひとなら、「さがしなさいよー」と言うのだが、えっちゃんには言えない。えっちゃんは、自分がしたくないことは誰が言っても(先生が言っても)決してしないからだ。


「おーい、オレにもかしてよ」

同じ班の「カネゴン」が声をかけてきた。

「そんないくつもないよ。カネゴン、お兄さんのとこからかりてきたら」

カネゴンは4人兄弟の末っ子で、今小学校には6年と5年のお兄さんがいる。

「ちぇ、あにきが余分に持っているわけないじゃん」

それでも、周りで貸してくれる人がだれもいなかったから、カネゴンは教室の外に、貸してくれそうなひとを探しに行ってしまった。いや、それとも、消しゴムは使わないことに決めたのかもしれない。


「カネゴン?」

転校生のえっちゃんは、知らないだろうな。

「別に怪獣に似ているわけでもないし、カネゴンになる男の子に似ているわけでもなんだけど、名前が<かねひら>っていうから」

「それだけ?」

「うん」

そう言いながら、色が黒くひょろひょろとした「カネゴン」は、なんとなく、憎めないところが「カネゴン」に似ているかもしれないと思った。


「ねえ、今日一緒に帰らない?」

あっちゃんだ。転校してきたばかりのえっちゃんと、同じ班だったあっちゃんは、班替えの後もよく2人で遊んでいる。


あっちゃんは、えっちゃんの机に両手をかけて、伸び上がるようにして話をしている。もちろん、いままで話していたみどりのことは全く無視してだ。

思いっきり、椅子を鳴らして立ち上がったみどりは、廊下に出た。

すると昇降口の方がなんかざわついている。

近付いて行くと、5〜6人のひとの輪ができていて、その中心はカネゴンだった。いや正確にいえば、小さな猫を抱いたカネゴンだ。


「どうしたのその猫」

カネゴンの手の平にすっぽりと納まっている小猫は、針金みたいにガリガリで、鳴く声もかよわい。

「生まれてあんまり経っていないみたいだな。親が近くで産んだばかりか、親がくわえて運ぶ途中に落っことしたか・・・」

意外だった。カネゴンが猫のことに詳しいなんて・・・ひょっとして家で飼っているのかな。

「親がそばにまだいるんじゃない?」

「うん、おれもそう思う。母さん猫のおっぱいをもらわないと、死んじゃうだろうから、その辺において、様子を見たほうがいいな。あんまり人の匂いがつくと母さん猫が、迎えに来なかったり、噛み殺すかもしれない・・・」

「えーっ!!」


わいわい騒ぐ回りの子達も引き連れて、カネゴンは校舎の日陰になっている、鳥小屋の方に猫を抱いていった。

「この辺で見つけたんだ」

鳥小屋の中ではチャボがうるさく鳴いていた。

「チャボに気をとられて、置いてったかもね」

「よし、この辺にしよう」

カネゴンは鳥小屋からある程度離れていて、しかも陽が直接当たらないところに小猫をおろした。のどが乾くといけないからと、小猫が飲めるかどうかはわからないが、水飲み場のコップを取ってきて、水をいっぱいに入れて置いた。

「来るといいね、お母さん猫」

「うん」

あたしは一息おいて言った。

「あたしね、猫好きなの。でもお母さんが猫大っ嫌いで、飼っちゃだめって・・・。カネゴン家、猫飼ってるの?」

「うん、メスが1匹で、あと小猫が4匹」

「いいなあー」

「でもおかげでこれさ」

カネゴンは自分の両手を突き出して見せた。カネゴンの手の甲は、かさぶたになった細い傷が、いく筋もついていた。

「これ、猫の引っかき傷」

そのとき休み時間の終わりのチャイムが鳴ったので、みんな猛ダッシュして校舎に駆け込んだ。


その日1日、先生の話も上の空で、小猫のことと、小猫に引っ掛かれているカネゴンのことをずっと考えていた。

終わりの会がお終いになると、あたしはランドセルを残したまま、鳥小屋めざして走っていった。

水の入ったコップはそのままで、小猫の姿だけなかった。

(親がつれていった?それとも・・・)

ランドセルを右肩にかけたカネゴンが、走ってきた。


「いないな」

「だいじょうぶかな」

「だいじょうぶさ、母さん猫がきたんだろ」

「うん、そうだよね。きっと」


(カネゴンがだいじょうぶといったから、きっとだいじょうぶ。)

あたしは、何度もそうくり返して、巣から落ちて干からびていたひな鳥や、自動車に何度も何度も轢かれて、平べったくなってしまった猫の記憶を頭から必死になって消そうとした。



翌日は学校のワックス掛けの日だった。

白くて臭い水がバケツに入れられて、配られた。

それを廊下や教室に運んで、ほうきで掃いたあとの床に、ばしゃばしゃとこぼす。

あとはそれを乾いた雑巾でふく。


さっそく、男の子たちの雑巾リレーが始まった。

ワックスの溜まったところから、教室の隅まで、両手で雑巾を押さえてダッシュする。壁に着いたらすぐUターンして戻ってくる。

始めはきっちり、隅まで行っていたのが、だんだんいい加減になってきて、お互いにぶつかったり、スッ転んだり、ぐるぐる円を描いていたり・・・

もう雑巾ではなく、全身を使ってのワックス掛け状態だ。

男の子がやると、教室の真ん中だけがピカピカつやつやになって、隅の方は全く塗られないままだ。

おまけに、むらむらのまま、ワックスはあっという間になくなってしまう。


「おーい、バケツ空だぞ!」

「ええっ、廊下の分ないじゃん」

「追加もらってきてー」


あたしに空バケツを押し付けて、男の子たちは床ですべって遊んでいる。

「手伝って」

あっちゃんだった。

「重いから運ぶの手伝って」

あたしに?

「うん・・・」

あたしがもごもご言っているうちに、もうあっちゃんは空バケツを持って、歩き始めていた。

あわてて後を追いかける。


職員室の前で、ワックスの缶をしまいかけていた先生が、あっちゃんと話をしていた。

「おっ、もう終わったんか」

「追加くださーい」

「無駄にぶちまけるんじゃないぞー」

「男子に言ってよ、先生。廊下の分が全然ないんだよ」

「これで、終わりだぞ。もうやらんからな」


「ほら、こっち、たないて!」

ワックスを入れたバケツは、ずっしりと重かった。

おまけに、揺らすと床にこぼしてしまうから、慎重にゆっくりと運ばなければいけなかった。

「<たないて>って?」思わず突っ込んでしまった。

「持つってこと。あんた言わない?」あっちゃんは憮然として答えた。

「まったく、なんでいつもそう、人を小バカにしたような言い方ばっかりするんだろうね」


あっちゃんは背が高いし、ずんずん歩いていくから、あたしが歩調を合わせてついていくのは結構大変だ。

つい、立ち止まってしまうと、バケツのワックスは、その度にこぼれてしまう。

何度目かに、かなりの量をこぼしたとき、あっちゃんはバケツを床に降ろして、すぐ近くの教室に入って雑巾を借りてきた。

(すごいな、押しが強いところはえっちゃんといい勝負かも)

その雑巾で、こぼれたワックスをふき取る。

「なにぼけっとしてるのよ。早く運んじゃわなきゃ」

「うん・・・」

「多少こぼしても拭きゃいいんだから、チンタラやってないで、早く早く!」


あっちゃんの言う通りに、それからはほとんど走るようにして、バケツを運んでいった。

教室に入るとまだ男子は騒いでいて、今度は走り込んで、雑巾の上に乗ってのすべりっこをして遊んでいた。

「いいかげんにしろよな!これで最後のワックスだってさ。はやく廊下やれよ」

あっちゃんが男子に向かって怒鳴り声をあげた。

その声にばらばらと男子は廊下に飛び出し、今度は廊下に場所を移しての遊びを始めた。

「おまえらあー」

様子を見に来た先生の、大声が聞こえた。

「ばかだよ。あいつら」

そう言って、あっちゃんはケラケラと笑った。


あたしは、笑っているあっちゃんの手の甲をみつめた。

さっき、雑巾で拭いているときに見えた、無数の細い傷。

やっぱり、ついている。カネゴンと同じ、猫の引っかき傷だ。


あっちゃんはきらい。

みっともないから。醜いから。こわいから。


でもこれからは「あっちゃん」に、<猫好き>という項目をつけ加えることにしよう。

そうあたしは思った。


ひとりあそび
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なおちゃん
ねこふんじゃった
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