1.2 公的(public)な事柄を扱うとは？
カオリとケンジが、いちごとメロンのどちらがおいしいかで論争しています。双方ゆずらず、疲れてきたので、話を聞いていたヒロミに、「ねえ、どっちが正しいと思う？」と聞きました。ヒロミは、「さあ。個人の好みだから、どっちでもいいんじゃない？意見を統一する必要ないよ」と答えました…
カオリとケンジが、明日どこに遊びに行くかで議論しています。「映画がいいよ。いま良い映画がやっているから、紹介するよ」「映画は高いから、天気も良いし、散歩しようよ」双方譲らず、疲れてきたので、話を聞いていたヒロミに、「ねえ、どっちがいいと思う？」と聞きました。ヒロミは、「２人で遊びに行くんだから、２人で決めたほうがいいと思うよ」と答えました…
学園祭実行委員長のケンジと副委員長のカオリが、次の学園祭でミス大学コンテスト（ミスコン）を続けるかどうかを議論しています。カオリは「ミスコンって、ルッキズムを助長するだけだよ。やめようよ」と主張しましたが、ケンジは、「ミスコン無しの学園祭なんて考えられない」と反論しました。それを聞いていた他の委員は、「そんなの２人だけで決められたら困るよ。実行委員会を開いてみんなで決めないと」といいました…
(1) 公共的な議論に話題を限定する意義
１つめの例でもわかるように、個人の意志決定は本来自由であり、個人の選好についての話し合いに、第三者が介入する必要性はほとんどありません。また、２つめの例でもわかるように、限られた当事者での利害調整ならば、当事者間の交渉
(negotiation)によって解決するほうが効率的な場合がほとんどでしょう。
一方、３つめの例を見ると、２人の議論の結果が学園祭実行委員会の全員－議論に参加していない多くの人－ に影響を及ぼします。学園祭の実行委員会は、上下関係のない平等な学生からなるものですから、特定の２人だけで話を決められては他の人は納得行かないでしょう。このように、上下関係のない平等な多数の関係者がいる場面で、関係者の権利や義務に関わるような事柄に関する意志決定 －公共的な意志決定－ では、交渉によって関係者全体の了解を得ることは難しく、関係者全体としての意志決定を行う別の手法が必要となります。このような場面で使われる意志決定手法がディベートです。
(2) 公共的(public)とはどういう意味か
public: of or concerning people in general - Oxford Advance Learner’s Dictionary, 5th ed.（パブリック：一般の人々に関わるような）
日本語で、「公共的」、「公共」というと、地方公共団体、公共事業、公民館のように、役所が関係すること、というイメージがありますが、この定義をみるとわかるように、本来は、広く一般の人々に関わるものは、全てpublicの範疇に入ります。また、「広く一般」というのも実際は柔軟な考え方で、学校の校則は、生徒にとってはpublicなこと、であるし、家族旅行の行き先も、家族にとってはpublicなことになります。つまり、「議論の当事者以外の者が関係する事項」であれば、関係者の中ではpublicな事柄であると考えてよいでしょう。
また、もう一つの観点として、「一般の人々」の間に、上下関係のような階層関係がない、ということも重要です。もし先生と生徒、あるいは軍隊のように上位下達の上下関係があれば、公共的な関係とは言えません。このような組織では、ディベートによる意志決定は必要とされませんし、成立もしません。
なお、何が公共的で、何が私的であるかの線引きは、実際にははっきり決まるものでなく、程度問題である場合が多く見られます。
(3) ディベートの論題
以上述べてきたように、公共的な意志決定としてのディベートでは、「○○さんは××君にバレンタインにチョコレートをあげるべきだ」のような私的な事項を扱うのはふさわしくなく、幅広い関係者全体に対して共通認識を醸成する必要がある事実や価値観、あるいは、関係者全体に関わるような政策的な事項がディベートを行うのに適切な論題といえるでしょう。
