スカルラッティ:ソナタ練習経験 |
作成日:1999-07-20 最終更新日: |
ドメニコ・スカルラッティのソナタを聴いたり弾いたりした経験を述べる。 カークパトリック番号順に記述する。ゆくゆくは、全曲の解説にしたい。 あのスコット・ロスによる全曲録音版の解説でさえ、全曲は解説されていないのだ。 なお、K.1のロンゴ番号を誤ってL.159と表記していました。正しくはL.366です。訂正します。
私がスカルラッティにひかれるようになったのは16歳のころである。
それまでもNHK「ピアノのおけいこ」のテキストの中にのっていたのがあった(K.1, L.159)が、
そのときは特に気をつけて見ていなかった。
後にK.427に惹かれるようになり、スカルラッティのソナタを探したところ、このK.1を見つけた。
この曲は年を経るにつれて好きになって来た。しかし、うまく弾けない。
まず、左と右とでとる同音連打(7小節め)がすっきり弾けない。私の家のピアノはアップライトだから
切れが悪い。しかしそれ以上に腕があるよな。
そして、左手の跳躍。2オクターブが未だに当たらない。
冒頭はヘンデル風である。たとえば、同じト長調であるヘンデルの合奏協奏曲 Op.6-1 を思い出す。
下降する旋律的音階と、半音階、減7の分散和音の組合せが新鮮だ。
上昇する3度の分散音は、スカルラッティのソナタに頻出する。 彼の手が自然に動いたのであろう。 サビの部分で3回同じ音型を繰り返すのは、 これまた彼ならではのしつこさだ。
わりあいおとなしめの曲だが、走句の入れ方に工夫を要する。
何の変哲もないソナタだが、3連符を勢いよく弾くと、 ヘミオラの威力で旋風が巻き起こる厳しい曲に早変りする。
なんでもないカノンから、左右の手による6度の平行進行になったと思うと、 6度を右手だけにして左手がオクターブの跳躍をするという、何とも奇想天外な曲だ。
符点音符主体の、厳しく古風な曲である。
スカルラッティのソナタの中で、有名な曲である。 ホ短調になって編曲されているものもある。 アサド兄弟のギターなど、デュエットの編曲になりやすい。 鍵盤楽器で弾く場合は、左右の音量のバランスに気を付けること。
多くのピアニストがこの曲を好んで弾いている。 カノンが爽やかな冒頭部、きびきびしていて、手の交差を伴う同音連打部、 トリルを伴う短調への転調、継留音の見事な使い方など、 前半部だけでも魅力に溢れている。 後半部はおもに前半部の調を変えた繰り返しだが、 さらに工夫が加わっていて楽しい。
速度記号 Presto が似合う、溌剌とした曲。 3度の音階の上下など、 右手と左手が並行して運動する。 ピアニストには、音の粒を揃えることが求められる。
聞いている限りはわかりにくいが、 奏者としては、 左手の素早い2オクターブの跳躍や左手の交差など弾き難い箇所が続出する。 右手と左手が並行する運動もK.20と同様にある。 聞き手は、その当りの事情は詮索せず、 ひたすら音の流れに身を委ねていたい。
冒頭部が、ソナタK.39と全く同じである。こちらのK.24は、速度指定が Prestoで、同じ音型に固執して突進する曲である。
Allegro 表示があるが、少し遅く弾いたほうがよさそうだ。 ロ短調のもの憂げな表情が似合う。 右手の分散和音を中心として、 左手が低音と高音を点景のように置いていく、美しいソナタである。
右手と左手の交差がもっとも激しい曲。右手を押し退けて高音部を左手でとるように、 スカルラッティはあちこちで指示している。 ピアニストがその緊張感をもって弾くと最高に楽しい。
通称「猫のフーガ」。 冒頭が G-B-Es-Fis-B-Cis-D のように不協和分散和音で始まる。 まるで猫が鍵盤の上に踏んで出た音のように聞こえたことからこの名がある。 その後の展開はごく穏当であるが、バッハほどの対位法を駆使せず、 むしろ和声の響きを押し出している。
大学1年のときに弾いた。最初3曲エントリーしていたのだが、ホロヴィッツのレコードを聞き、 これもかっこいいと思って追加したのがこの曲。左手の2オクターブの跳躍が当たらない。また、 左と右とでとる同音連打が当たらない。この書き方、K.1と全く同じだなあ。
冒頭のテーマは分散和音でかっこいいが、例によってすぐ捨てられる。 その後いろいろなテーマが出てきては繰り返される。ピアノ弾きにとって難しいのは、 左手の跳躍と直後のトリルをうまく組み合わせることで、 ここがうまくいけば活力溢れる気分をうまく表現できる。
大学1年のときに弾いた。最初の3曲エントリーしていたものの一つ。ペダルの掛け方や装飾音の 入れ方をくり返しごとに違えるなどして工夫した。
あるとき(1995年ころだろうか?)ある調律師さんの別荘に招かれた。ピアノが2台あった。 1台はベーゼンドルファー、もう1台は旧東ドイツ?かどこかの古風な音がするタイプだった。 好きなものを弾いてみてはといわれたので、 古風な音のほうでこのソナタを弾いてみた。ピアノがいいこともあって、 弾きながら一つ一つの音を確かめながら味わうことができた。
就職してしばらくすると、ヴァイオリンを弾く同僚がいることがわかった。 その同僚と話をしていて、「スカルラッティのヴァイオリンソナタがあるんだけれど、一緒に弾かないか」 と誘いがかかった。そのソナタがこれだった。 K.88からK.91までは鍵盤楽器のみのソナタではなく、 通奏低音つき旋律楽器のソナタである。 彼から借りたエアチェックテープを聞き取って楽譜に起こした。 しばらく練習していたのだが、お互い忙しくなってしまって 止めてしまった。めったにない機会だったので残念である。
ヘンデル風かつバッハインベンション風の無窮動。2声から4声のかけあいが楽しい。
半音進行が怪しい魅力を放つ、ごく短いメヌエット。
小さな牧歌。手の交差の練習曲でもある。
冒頭の狩のホルン模倣音形、執拗な同音反復、短調と長調の頻繁な交代、左手の交差跳躍など、 スカルラッティの面目躍如という曲である。 冒頭のトリルが3度で重なり、5度で重なるところがあるが、これを三重トリルにしたら面白い。 ただ、左をうまく使わないといけない。誰か挑戦してみませんか。
前曲とはえらい違いである。スコット・ロス全曲集の解説には、 「自信をもって偽作といえる」という意味のことが書いてある。 実際聞くと稚拙なので笑ってしまうほどだ。
サビに出てくる両手による3度が印象的だ。
ときどき聞こえる旋法的な響きと、右手の分散和音を軸として広がる左手の動きに特徴がある。
さらさらと流れる12/8拍子が、音階や分散和音となり、彩を添える。
スカルラッティのソナタの中で、よく取り上げられる。 左手が頻繁に跳躍する楽しさは、スカルラッティ一流の芸である。 私も好きで何度も練習しているが、 なかなかうまくなれない。
1980年代だろうか、ある友人が「ホロヴィッツ復活コンサートを見てたら、 スカルラッティの曲いくつかやっとったよな。何か弾ける?」と尋ねてきた。 私も同じコンサートを見ていたのだが、 何か弾けるものがあるやら、ちょっと考えてこの変イ長調のを弾いてみた。われながらよく弾けたのは、 やはりホロヴィッツというおまじないがあるからに違いない。
同音連打と不協和音から始まるこの曲はスカルラッティのなかでも五指に入る有名曲で、 ピアノリサイタルのアンコールなどにもってこいだ。 アルヘリッチは、目にもとまらぬ速さで弾いている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1148068596
というページでスカルラッティ K.141に似ている曲を探している方がいる。 その割には注文があって連打はあまりはいらない方がうれしいとか、 増3和音がないほうがうれしいということを言っている。
対してある回答者は次のようにあげている
上記の回答曲のうち、シューマンの2曲はきらいで、あとは好きだ。 だが、似ているという思い方が違うのだろう。
私などは、この K.141 から連打をとったら魅力が半減すると思うのでいい答がない。 似ているというだけなら冒頭のニ音の連打と盛り上がりという点だけでプロコフィエフのトッカータを挙げる。
NHK「ピアノのおけいこ」にあった曲の一つ。ハ長調、6/8拍子のこれぞスカルラッティという曲である。
スカルラッティなど目もくれないような大曲難曲びしばし弾きまくり野郎でも、
この曲を知っているということがよくあった。
この間、(1998年夏)ひさしぶりにピアノ独奏を人前でしたときに、この曲を最初に持って来た。
さほどいい出来ではなかったが、弾き終わったら拍手がきた。これほど安心したことはなかった。
どういうわけか、この曲を練習しているとブルグミュラー25の練習曲の「舟歌」を思い出す。 6/8拍子であること、右手が歌って左手が伴奏をすること、その伴奏でSUS4があったこと、 それぐらいしか共通項がないのだが、なぜなのだろう。
不協和音の魅力がたまらない一曲。のっけからAmに11の音が加えられ、 2小節めではAm9, E7 11が来る。そのあと、 テンションノートがあちこちで挿入される経過句に驚いたあと、 今度はトニックとドミナントのみの明るい踊りの音楽に変わる。この踊りは、 左手の跳躍が3オクターブ近くあり、難儀である。
ホロヴィッツ命の先輩が「まるちゃん、何かスカルラッティ弾いて」というのだった。私が
もじもじしていると、先輩はこれを弾き出した。それまで聞いたことのない曲だったが、
出だしから「あー、これいい」とうなってしまった。
スカルラッティの曲の中ではさして緻密ではないだろう。しかし、好きなものは好きである。
後半など、どこか胸がキュンとなってしまう。なぜなのだろう。
ほかに胸キュンの曲にK.448がある。
スカルラッティのソナタの中で、最難曲である。最高19度の跳躍、 3度から6度を含む重音など、現代のピアニストを震撼させる。 この曲は、純粋に技巧を楽しむためにできている。
スカルラッティのソナタとくれば筆頭に来るのがこれ。ホ長調、3/4拍子で典雅に流れる。 疾風怒濤系のソナタとは違う味がある。
スカルラッティのページを掲げているくせに、 この曲も弾けないのでは情けないと私はつねづね考えていた。、 そこにある機会があってこの曲の練習を始めた。 学生時代からの友人KOIKE総統が、 イタリアレストランでピアノを弾くという。まるやまもついでに弾け、という命令である。 何を弾いたらよいか少し迷ったが、 スカルラッティはイタリアで生まれ育ったから、別にかまわんのではないかと思ったのである。 私が弾いた結果は、酒のせいもあり 多少もつれたものの「やっぱりこの転調はいいなあ」という、ごく当たり前なものだった。
カークパトリックによれば、この一つ前のソナタと一対になっている。 したがって、前の有名な曲の後で、 この疾風怒涛系のアレグロと対比させるといいだろう。 アルペジオと音階、わずかなヘミオラ、気まぐれな転調など、 スカルラッティの魅力が溢れている。
アンドラーシュ・シフの来日初公演のアンコールをラジオで聞いていて、 そのなかの一つがスカルラッティのこのト長調ソナタだった。1980年頃だろうか。 それ以来病み付きになっている。 これが弾きたくて小田急町田店の楽譜売り場で春秋社のスカルラッティ集を探したのだった。 運良くこの曲が載っていたので買ってきてそれから練習しているけれど、一向にうまくならない。 特に、速いパッセージが続いていく中、いきなり割り込む和音、 まさにパンパカパーンと聞こえるあの和音がかっこいいのだけれど、 いざ自分で弾いてみると決まらない。
大学に入り、あるピアノサークルに入ったときの話。歓迎会に出てみると
上級生がピアノで何か弾けという。覚悟を決めた。
最初「踏み切りの警報」と称してAとBの短二度を同時に数回叩いてみた。思いのほか受けたようだった。
次に「救急車のサイレン」と称してAとBの短二度とFとGesの短二度を交互に数回叩き、
その後この交互の音をそれぞれ半音ずつ下げて叩いた。
叩き終わって「今のがドップラー効果です」としゃべったらこれも受けたようだった。
その後でおもむろにこのK.427を弾いたのだが、こちらは感心していないようだった。
その証拠に、未だに「踏み切りと救急車」のことは覚えてくれる先輩や同輩はいるのだが、
スカルラッティの話を出す人はいない。そして、私が入った年の新人名簿には、各自が弾いた曲の名前が
必ず記されていたのに、私の分だけ、それがない。
セルジオ・オダイルのアサド兄弟によるギターによる演奏をFM放送のライブで昔聞いて、 そのセンスに驚いたことがある。 CDで出ているかどうかわからないが、あるのなら手に入れてぜひとも聞いてみたい。
その後、やはり出てきたので聞いた。やはりすごい。
大学1年のとき弾いてみた。ト長調、3/4拍子の無窮動である。いきなり音が飛ぶところもあり、 そこは弾きにくい。
スカルラッティの手癖である、3度分散の上りで幕を開ける。 下りはモーツァルトのピアノソナタイ短調K.331の中間部を想起させるが、スカルラッティの扱いは徹底して乾いている。
パストラーレ(Pastoralle、牧歌)という名前がついている。ソナタの中では有名な一品。 ゆるやかで全体にのんびりした雰囲気であるが、左手は2オクターブ音が飛ぶ箇所があるし、 トリルの入れ方も巧拙が出るこわい曲でもある。
最初はシンコペーションで提示されるが、実はその先に出てくる右左による3度+2オクターブ跳躍と 右だけの3度のトリルが主眼である。 この曲の3度トリルを取り出してさらに昇華させたのが、 後のショパンの練習曲Op.25-6であろう。(2005-02-20)
胸がキュンとなる一曲。小節いっぱいの主音と減七の分散和音も印象深いが、 低音の下降音階に載る付点音符になぜか胸が締め付けられる。 後半の転調も緊張感に満ちている。(2005-02-20)
スコット・ロスの全曲録音版によれば、一種のタンゴとある。 カークパトリックの研究本では、 後のラフマニノフ前奏曲ト短調に通じるものがあるという。 いずれにせよ、リズムのしつこい追求には脱帽である。 (2005-02-20)
分散和音を基調にしたカノンで始まるが、後半は音階によるカノンも出てくる。 指の独立性が要求される、流麗な作品である。この曲もK.446と同じく、 パストラーレと呼ばれることがある。 (2005-02-20)
この曲を聞くと、朝早くから鳴き出す鶏を思い出す。 どうしてかはわからない。 同音連打の勢いが楽しい。
無名ではあるがどういうわけか好きな曲というのが皆さんにもあるだろう。 私にもある。 そして、スカルラッティはそのような無名だけれど好きになってしまう曲が多くある。 この曲など、その典型だ。開始部のテーマは打ち捨てられて、 印象に残るサビの部分が繰り返されること、 後半はスカルラッティの手癖だけで勝手に転調することなど、 スカルラッティの典型的な様式といえる。そして、曲を練習する度に思うのは、 音階も和音も実によくはまっているということだ。 一オクターブに(古典的な)音階の音が7つになっていることさえ、 スカルラッティの発明のように聞こえる。そのくせ、手癖なのか、頭脳による意図なのかわからない、 前半と後半のずれに悩むところがある。 サビの部分、前半では左手の短調の下降音階が和声的全音階のみであるのに対し、 後半では短調の下降音階が和声的全音階と旋律的全音階を交互に使い分けている。 この意味があるのか、よくわからない。 それから、ドミナントにセブンスが入ったり入らなかったりするのも悩ましいことでもあり、 また面白いことでもある。 もう少し、詳しく調べてみた結果もある。
大学1年のとき弾いてみた。ハ長調、3/8拍子で転調の妙と左手オクターブの跳躍が聞き所。 左手オクターブ12度の跳躍はうまく決めないと恥ずかしい。最後のグリッサンドで締めるあたり、 スカルラッティはよく考えている。あるいは即興だからこそできた技かな。
セルジオ・オダイルのアサド兄弟による、 スカルラッティのギター演奏は3曲あった。 2曲は確実に覚えているのだが、3曲めがはっきりしない。 これだったような気がする。 カノンが続く中で、いきなりの高音部と低音部に飛ぶ和音が楽しい。 最近人気の漫画「のだめカンタービレ」の第11巻で、 主人公の野田恵(のだめ)が初見で苦労している曲でもある。 (2005-02-20、追記)
スコット・ロスの全曲演奏版を買って聴いてみたなかで、気に入ったのがこの曲。
明けても暮れてもこの曲を弾きたいと思っていた。
春秋社版にはなかったが、カークパトリック版に載っていることに気がつき、
楽譜を買ってけっこう練習した。
会社の先輩(男性)の結婚式でこの曲を弾くことにした。弾く前に前口上を述べた。
「新郎の趣味はお馬さんときいております。お馬さんのように疾走する曲を聴いてみて下さい。」
後に新郎から聞いたのだが、「嫁さんや嫁さんの家族には競馬をやっていることを内証にしていたんだけど、
あれでばれて、みんなにいやな顔をされたよ。もう、なんともないけれどね。」
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