フォーレ:ヴァルス・カプリス

作成日 : 1999-01-22
最終更新日 :

1. フォーレのワルツ

多くの人が指摘している通り、フォーレの作品のほとんどは、キャラクターピースであり、 しかもそのほとんどがショパンのそれに倣っている。 ワルツもその一つであるが、フォーレは名前をひねってすべてカプリスの修飾をつけた。 ほかの作曲家でこのヴァルス・カプリス(Valse Caprice)の名前で、 シリーズで書いた人を私は知らない。

ネクトゥーの本によれば、フランツ・リストが 「ヴァルス・カプリス」の最初の名付け親だそうだ。

なお付け加えておけば、リストの「ヴァルス・カプリス」の原題は 「ウィーンの夜会(Soirées de Vienne)」であり、 副題が「シューベルトによるヴァルス・カプリス(Valses caprices d'après Schubert) である。 シューベルトのワルツの自由な編曲として、 リストの中でも有名な部類に入る。

なお、シリーズという条件をはずせば、チャイコフスキーの Op.4 (1868 年)に、 ヴァルス・カプリスというピアノ曲がある。 また、ヴィニャフスキーにカプリッチョ-ワルツ Op.7 という作品がある。(2020-02-16)

さらに調べたところによれば、エドゥアルト・グリーグに1曲「ワルツ・カプリス Op.37」がある。 またクロアチアの作曲家であるドーラ・ペヤチェヴィチ(Dora Pejačević)に、9 曲からなる「ワルツ・カプリス Op.28」がある (2022-11-04

ショパンとの類推でいえば、ワルツの要素よりはむしろ、スケルツォの要素が多く見られると私は思う。 ただ、この意見は仮定にしか過ぎないので、実際には検証が必要だろう。

さて、なぜわざわざカプリスの名前がついているかということについては、 春秋社のフォーレ全集の解説などを読むといいでしょう。 ヴァルス・カプリスがもつ特徴を、フォーレの他のピアノ曲と比較すると、 次のようなことがわかる。

このように、フォーレの作品には珍しいことが多い。 あえていえば、フォーレの曲の中では連弾の組曲ドリーに近い。

2. 曲の特徴

計4曲の性格をたどると、構成が順に「起承転結」のように思えるのが興味深い。 多くの解説書では、第1番、第2番の2曲と第3番、第4番の2曲は、 大きな違いがあると書いてある。しかし、具体的な違いについての詳細な記述はない。 演奏者自身の分析に求めるところが大きいかもしれない。 本稿がなんらかの意味で役に立つといいのだが。

第1番 イ長調 Op.30

最初の作品であるためか、導入の旋律と和声が非常に色っぽい。 この特徴が他の3曲と区別できる大きな要因である。 その後の展開の多様さに関しては他の3曲に比べて少し劣るが、勢いは全4曲の中で一番強い。 ヘミオラの扱いはすでにこの曲で手慣れたところを見せている。 しかし、このヘミオラのみの部分がいささか長く続くため構成が甘く、 その後の曲ほどの緻密さには至っていない。

第2番 変ニ長調 Op.38

第1番でヴァルス・カプリスの書き方がわかってきたのだろうか、 フォーレの一面となる奔放さが溢れて来た作品である。 最初は何の変哲もない旋律と和声から後の幅広い世界が展開されてくる手法は、 この作品から始まる。

特に中間部の書法は密度が濃い。たとえば、フォーレには珍しく、 手の交差が出てくる。 この書法は、同じ嬰ハ短調の調性をとる、ショパンスケルツォ第4番の中間部を想起させる。 また、中間部の中休みで小音符によるテンポ・ルバートが提示される。 このルバートはショパンの幻想ポロネーズを彷佛とさせる。 さらに、この曲では、フォーレの主な分野であった舟歌を想起させるフレーズも感じられる。

第3番 変ト長調 Op.59

全4曲の中でもっとも凝った構成をとっている。言い換えれば、 他の3曲に見られる構造はすべてこの曲で包含されている。完成度という意味では、 第4番にはかなわないのかもしれないが、フォーレがヴァルス・カプリスという枠組みの中で 実験できる手法を試してみたという点で興味深い。 特に、中間部(と一口には言いにくいが)で弱音を中心にした個所は、 フォーレの気分が出ていることで聴く価値がある。

第1番、第2番との違いは、 まず冒頭が高音の魅惑的なメロディーから中音の和声重視のメロディーに変わったことだろう。 それは、曲の売りをメロディーから和声とリズムに移したことを示している。

第4番 変イ長調 Op.62

リズムとヘミオラの展開を基調にしたこの曲は、 他の3曲に比べれば取り付きにくい。しかし、 外面に向かう効果では決して他の3曲に比べて劣るものではない。 そして、今までに書いて来た3曲のいいとこ取りをしているかのような、 密度の高い流れが続く。曲はあっという間に終わるようで、非常に「もったいない」のだ。

たとえば、冒頭のリズムが徐々に引きのばされていく様子はどうだろうか。 このワルツのほとんどは、この動機の展開といえるのではないか。

第1小節
第86小節
第341小節

まとめてこれらの4曲を聴いていると、 フォーレがサロンの寵児であったことは至極当然のことであったろう、そんな気がする。

3. 個人的体験

ヴァルス・カプリスを実演で聞いたのは3回ある。最初は第 2 番であった。 その人はあまりうまくはなかったが、このような曲を選んだこと自体に驚嘆した。 2回目はどこで聞いたのか、忘れてしまった。 3回目は、猿木さんというピアニストによる演奏で第2番を聴いた。 なお、私は一度公開の場で第4番を弾いている。ヘミオラを大きな単位でつかむことが難しいが、 また弾いてみたい曲である。

4. 演奏について

私が所有しているCDでは、下記のピアニストがヴァルス・カプリスを弾いている。

ジャン=フィリップ・コラール

この曲集に関していえば、コラールの演奏がもっともうまく、聴いていて心地よい。 また輝かしさと軽さの釣り合いもとれている。

ジャン・ユボー

ユボーは、リズムの扱いが粗雑で、 音楽の流れが滞りがちだ。

ジャン・ドワイヤン

ドワイヤンの演奏は重心が低いといえばいいのだろうか、 慣性が大きいといえばいいのだろうか、落ち着きがあっていいのだが、 このヴァルスというキャラクターピースを活かしているとはいいがたい。

ピエール=アラン・ヴォロンダ

ヴォロンダはドワイヤンとは正反対で、自分のやりたいようにやっている。 聴く側の気分の振幅と共振すればいいのだろうが、今の所私とは共振していない。

そのほか、キャスリン・ストットの CD を所有している。 私がまだ聴いたことのない音源は次の通り(抜粋含む)。

まりんきょ学問所フォーレの部屋 > ヴァルス・カプリス


MARUYAMA Satosi