「くくくく…」
準は自分の学習机をたたきながら、なにやらつぶやいています。
「みゆきお姉ちゃんが、古い500円玉集めてたら、今に価値が出て5万円くらいになるって言ってたのに、全然ならないじゃないか」
みゆきお姉ちゃんというのは…もう説明不要ですね。準のいとこで6年生になる準の天敵(?)です。
「貯まったお金で、うちから学校まで線路敷いて電車を走らせたら、朝寝坊できると思ったのにー」
準は、貯金箱をじゃらじゃらと振って悔しがりました。思えば、みゆきお姉ちゃんには、ずいぶんひどい目に遭わされているような気がします。羽根突きで顔中墨で真っ黒にされたり、スカートはかされてひな祭りの歌で踊りを踊らされたり、プールで着替えのパンツをとられたり…。準の頭の中に、みゆきお姉ちゃんから受けた仕打ちの数々が、走馬燈のように駆けめぐりました。
「ふ、復讐してやる…」
準はふっと笑うと、あるものをバッグに入れて、部屋を出ました。
準は、みゆきお姉ちゃんの家に電話をしました。
「もしもし、おばちゃん?。ぼく準です。みゆきお姉ちゃんいますか」
ほどなく、みゆきお姉ちゃんが出てきました。
「何?」
「みゆきお姉ちゃんへ。今からすぐ緑公園に来なさい。さもないと大変なことになる。なお、この電話は自動的にバクハツする。どっかーん」
準はそれだけ言うと、受話器をがちゃっと置きました。
「準ちゃんどこへ行くの?」
玄関を出ようとすると、お母さんが声をかけました。
「復讐だよ」
「あら、偉いわね」
図書館に学校の勉強の復習に行くと思ったお母さんは、そう言いました。
準は、緑公園と呼ばれる都市公園にやってきました。休日なので、たくさんの人たちが、散歩をしたりして、思い思いにくつろいでいます。
「遅いなあ。すぐ来るように言ったのに」
準は、公園の時計を見て言いました。もうかれこれ20分経ちます。かかとで土を掘ったりして暇をもてあましていると、しばらくしてみゆきお姉ちゃんが悠然とやってきました。
「もう、ずいぶん待ったよ」
「あら、あんたのろまだから、まだ来てないかと思ったのに」
いきなりの先制攻撃です。でも、それくらいでひるんでいる場合ではありません。
「何か用なの?。人を呼びだして」
「お、お姉ちゃん、ガム食べる?」
準は、ポケットから不自然に一枚だけ残った板ガムを取り出しました。…実はこれ、いたずらグッズで、ガムを抜くとネズミ取りよろしくバネが指をはさむ仕掛けになっているのです。準は、驚くお姉ちゃんを想像しながら、笑いをこらえてガムを差し出しました。
みゆきお姉ちゃんは、ガムの上下ではなく左右を指でつまむと、そっと引き出しました。
”ぱちん”
バネはお姉ちゃんの指を回避しました。
「あっ、ああーっ」
「バカねえ。私がこんなのに引っかかるとでも思ってるの?」
「くっそー」
準はガムを返してもらうと、寂しくポケットにしまいました。
「ねえ、お姉ちゃん、立ち話も何だから、ベンチに座らない?」
準はうしろのベンチを指さしました。みゆきお姉ちゃんが見ると、なぜか座布団が敷いてあります。
「ねえ、座ろうよ」
準は、ベンチの前に立って、さかんに座るように勧めています。
「あら、私はいいわ。あんた、座りなさい…よっ」
お姉ちゃんは準の後ろに回ると、準の脚をひざで押しました。
「わっ」
準はバランスを崩して、座布団の上にしりもちをつきました。
”ぶーっ”
準のおしりの下から、間の抜けた音が響き渡りました。
「ちょっとあんた、人前でお下品ね」
みゆきお姉ちゃんが、鼻をつまんで言いました。
「ち、違うもん。ぼく、おならなんかしてないよ!」
「じゃあ、今の音は何なのよ」
「それは、その…」
準は座布団の下に、座るとおならみたいな音がする「ブーブークッション」なるものを仕掛けていたのですが、今更そうとも言えず、顔を赤らめてうつむきました。
「あのー」
準は立ち上がると、気を取り直して言いました。
「お姉ちゃん、ぱんつくって!」
「は?」
「ぱんつくって」
「パンなんか、つくったことないわよ」
「うんって言ってくれないと困るんだけど…」
「じゃあ、うん」
「キャハハハ」
準は、おなかを抱えて笑いました。
「ぼくは今、『パンツ食って』って言ったんだよ。お姉ちゃん、パンツ食うんだって。ハハハハ…」
「……」
あまりのバカらしさに、あきれてものが言えないみゆきお姉ちゃんです。
「もう、いったい何の用事なのよ。私は忙しいのよ」
「用事って、だから復讐…いや」
早くもネタを出し尽くした準は、困ってしまいました。
「つまんないことやってると、あのことみんなに言いふらすわよ」
「あーっ、あのヒミツ誰にももらさないって言ったじゃん」
準はうろたえました。
「私はまだどのことか言ってないじゃないの」
「そ、そうだよね」
「それに、もらしたのはあんただし」
”ぐさっ”
やっぱりあのことじゃないかと、言い返す余裕もない準をそこに残して、みゆきお姉ちゃんは、つかつかと草むらの方に歩いていきました。そして、戻ってくると、準の首根っこから、シャツの中に何かを入れました。
「な、何入れたの?」
準は、背中に手を回して言いました。なんだかもぞもぞした感触がします。お姉ちゃんは、こともなげに言いました。
「毛虫よ」
「け、毛虫!。きゃー、毛虫嫌い嫌いっ」
準は悲鳴を上げると、あわててシャツを脱ぎました。でも、準がじたばたしてる間に、それはシャツを通り抜けて、パンツの中に入ったようです。
「うわぁっ、パンツの中だ。パンツパンツっ!」
準はズボンとパンツを一気に下ろすと、ぱたぱたとふるいました。そうしたら、パンツの中から、何かがぽろっと落ちました。…見ると、それは枯れたネコジャラシ(エノコログサ)の穂です。
「はっ」
ふと我に返ると、準は自分がはだかんぼなのに気づきました。準が大声で騒いでいたので、公園にいる人たちが、みんな準の方を見て笑っています。準は顔を真っ赤にして、脱いだズボンで前を隠すと、涙目でみゆきお姉ちゃんを見上げて言いました。
「おねえちゃんのばかー」
「な、何やってるの。バカはあんたでしょ」
「うっうっ。は、ハックション!」
「早く服を着なさいよ。みっともないし、風邪引くわよ」
「…うん」
準はお姉ちゃんに盾になってもらうと、涙を拭いてパンツをはきました。
予想以上の展開に、さすがのお姉ちゃんも準がかわいそうになったのか、帰りにあんドーナツを買ってくれました。仕返しをしようとして、見事に返り討ちにあった準。みゆきお姉ちゃんには、まだまだ頭の上がらない準なのでした。
*はじめての方は、第29話、第36話、第60話をあわせて読んでいただくと、より楽しめるかと思います。なお、「あのこと」とは、たぶん第54話のことと思われます。準がほかにもっとすごい弱みを握られてなければですが…。 |