「ねえ、どうして起こしてくれなかったの」
元日の朝から準はちょっと不機嫌です。夕べ年が変わるのを見たいと言ってたのに、途中で寝てしまったからです。
「起こしたでしょう。それに、寝る前にトイレも連れてってあげたし」
「そ、そうだっけ?」
「いやねえ、憶えてないの?。正月早々怒ってたら、一年中怒ってばっかりになるわよ。それよりも、お雑煮つくったから食べましょう」
「うん」
お母さんに言われて、準もようやく機嫌をなおしました。
「あけましておめでとうございます」
親子三人、食卓で挨拶をしました。準の家のお雑煮は、澄まし汁仕立て、丸餅を焼かずに入れて、具はカブに梅の花に見立てたニンジン、さやインゲンだけのシンプルなものです。
「ほら、準、お屠蘇だぞ」
お父さんはそう言って、盃にちょっとだけお酒を入れて準に渡しました。
「わーい。・・・くーっ、しみるねえ」
「ハハハ、こいつ酒飲みになるな、きっと」
お父さんはなぜかうれしそうです。
朝ご飯のあと、準たちは近所の神社に初詣に行きました。いつもは人影もまばらな神社も、今日ばかりはとてもにぎやかです。準は社殿の前でがらがらと鈴を振ると、5円玉を賽銭箱に入れてぱちぱちと柏手をたたきました。
「準、何をお願いしたんだ?」
お父さんが訊きました。
「えへへ。『ドラえもんがうちにも来てくれますように』って神様に頼んだんだよ」
「ハハハ、去年もそんなこと言ってたな。今年は来るといいな」
「うん」
「ようし。じゃあ次はおじさんの家に年始の挨拶に行くぞ」
「ええーっ」
いつか準が一番見てほしくないものを見られて、おまけに「蛇口」を握って帰ったおじさんを憶えてますでしょうか?。準はどうもあのおじさんが苦手なのです。
「お正月に行かないと、お年玉がもらえないぞ」
「・・・うん」
お年玉がもらえなかったら大変なので、準はしぶしぶ返事をしました。
「あけましておめでとうございます」
「おや、スカートがよく似合う準くんじゃないか、おめでとう」
・・・うっ、ど、どうしてそれを。
「準くん、ことしもねしょう・・・」
「ぼ、ぼく、おねしょなんかしてないよ。・・・今年はまだ」
「ハハハ、何言ってるんだ。『寝正月だろ』って言おうとしたのに」
「そ、そうなの。ははは・・・」
おじさんの攻撃に、たじたじの準です。
「ほら、お年玉だぞ」
「ありがとう。・・・じゃあぼくはこの辺で」
「今来たばっかりだろ。ゆっくりしていきなさい」
「・・・はい」
もらうものをもらったら、さっさと退散しようと思っていた準の計画は、もろくも崩れ去りました。
準たち一家は、おせち料理で歓待を受けました。でも、黒豆、田作、くわい・・・もっとおいしいものならいいのにとか思ってしまう準くんです。
「ただいま」
そのとき、女の子が外から帰ってきました。準の従姉で6年生のみゆきお姉ちゃんです。
「どこへ行ってたの?。準くんが遊びに来てくれたわよ」
おばさんが言いました。
「はあい。準ちゃん、こっち来て」
「う、うん」
準は言われるままに、お姉ちゃんの後についていきました。小さい頃から、準のことをかわいがってくれます。かわいがってくれるのですが・・・。
「はい、お年玉よ」
「お姉ちゃんもくれるの。ありがとう」
準は喜んでポチ袋を開けました。
「わーい、二千円札だ」
「バカねえ、よく見なさい」
「そう言えば、まだ二千円札って出てないような・・・。あーっ、『子供銀行券』って書いてある、だましたな」
「そんなのに引っかかる方が悪いのよ。じゃあ、今度五百円玉をあげるわ」
「五百円?」
「バカねえ、夏に五百円玉は変わるのよ。そうしたら古いのは価値が出て五万円くらいになるわ(注)」
「そうなの?。じゃあぼく五百円玉集めようっと」
「それよりも、何かして遊びましょうよ。トランプできる?」
「七並べなら・・・」
「バカねえ、そんなのふたりでやっても面白くないわ。ポーカーとかブラックジャックとか知らないの?」
「・・・・・・」
「じゃあ、外で遊びましょう。お正月だから羽根突きね」
「えーっ、そんな女の子っぽいのイヤだよ」
「いいからいいから。はい」
みゆきお姉ちゃんは、有無を言わさず準に羽子板を渡しました。
「そ、その墨、どうするの」
みゆきお姉ちゃんが墨汁と筆を用意しているのを見て、準はおそるおそる訊いてみました。
「決まってるじゃないの。負けたら顔に塗るためよ」
「えーっ」
「バカねえ、あんたが負けるって決まったわけじゃないでしょ。そっちの方が本格的で面白いわ」
「・・・・・・」
「いくわよーっ」
「う、うん」
お姉ちゃんが打った羽根をめがけて、準は羽子板を振り回しましたが、かすりもせず地面に落ちました。
「あんたの負け」
そう言うと、お姉ちゃんは準の左のほっぺたに×印を描きました。
「ワハハハハ。じゃあ、次行くわ」
準は両手で羽子板を持って構えました。でも、羽子板と自分の頭に羽根が当たって、また準の負けになりました。
「バカねえ、羽子板は片手で持つのよ」
お姉ちゃんはそう言って、準の右目のまわりに○を描きました。
「眼鏡みたい。・・・はーい」
準はまた打ち返せず、お姉ちゃんにヒゲを描かれました。
「キャハハハ。変な顔」
結局準は一度も勝つことなく、顔中真っ黒にされて、お姉ちゃんに「バカねえ」を連発され、挙げ句の果てにこう言われました。
「あんたって、ほんと運動神経がないのね」
お姉ちゃんは、準をかわいがってくれてるのは間違いないのですが・・・。
おじさんにお年玉もらったのだからと、準はじっと耐えました。
数日後、準ははずんだ声でお母さんに言いました。
「ねえ、ぼくのお年玉預けておいたでしょ。あれ、少し出してよ」
すると、お母さんは言いました。
「あ、あれはあなたの教育資金に、5年定期にしておいてあげたわ」
「がーん」
あまりのショックに、口もきけないかわいそうな準くんなのでした。
注:五百円玉が偽造防止に、白銅貨からニッケル黄銅貨に改鋳されますが、現行貨幣である以上プレミアがつくことはありませんのであしからず。
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