プールサイドに立つ準
第60話:プール
 「ねえ、お母さん。プールに連れてって」
 夏休みの昼下がり、準がお母さんに言いました。
 「友だちと行けばいいでしょ」
 「だって、みんな塾とかスポーツの試合とかで、今日は誰もいないんだもん」
 夏休みとはいえ、暇なのは準くらいです。
 「一人で行けるでしょ」
 「一人じゃつまんないもん」
 「だったら、みゆきお姉ちゃんに頼んであげようか」
 お母さんはそう言うと、電話をかけ始めました。
 「や、やめてよー」
 みゆきお姉ちゃんというのは、もう何回も出てきていますが、準の従姉です。準のことをかわいがってくれるのですが、準はどうも苦手なのです。準が止める間もなく、お母さんは話をつけてしまったようです。

 「こんにちは」
 ほどなく、みゆきお姉ちゃんがやってきました。
 「私も忙しいんだけど、今日は準ちゃんにつきあってあげるわ。さあ、いらっしゃい」
 そんなに無理しなくていいのに、とか思いつつ、準はみゆきお姉ちゃんの後を追いかけました。

 「準ちゃん、水着忘れたんなら、私のおさがり貸してあげようか」
 みゆきお姉ちゃんが言いました。
 「い、いいよ女物なんて…。ぼく、ちゃんとはいてきたもんね」
 準は、ズボンの横をちょっとめくって、お姉ちゃんに見せました。着替えるのが面倒なので、行きはあらかじめはいておくのです。
 「あんたのことだから、帰りのパンツ持ってくるの忘れてるんじゃないの?」
 「ちゃんと持ってきたもん」
 準はバッグをぽんぽんとたたきました。

 「のど乾いたわね。準ちゃん、ジュース飲む?」
 「うん!」
 準は、喜んで答えました。
 「じゃあ、じゃんけんで負けた方がおごるのよ」
 「えーっ、ごちそうしてくれるんじゃないの?」
 「甘いわよ。でも、じゃんけんなら公平でしょ」
 「…うん」
 「はい。じゃんけん、ぽん!」
 準がパーで、みゆきお姉ちゃんがチョキでした。
 「あーあ、負けちゃった」
 準は渋々、ジュースを2本買いました。実は、準は最初にパーを出す癖があるのです。みゆきお姉ちゃんはそれをよく知っているのですが、本人は全然気づいていないのです。

 そうこうするうちに、市民プールに着きました。
 「あら、準ちゃんどこへ行くの?」
 みゆきお姉ちゃんが、準を呼び止めました。
 「だって、そっち女子更衣室だもん」
 「あら、あんた男だったの?」
 「……」
 返す言葉もない準くんです。

 準は、みゆきお姉ちゃんと待ち合わせて、プールサイドにやってきました。とても暑くていいお天気なので、プールは大にぎわいです。
 「準ちゃんは、あっちでしょ」
 みゆきお姉ちゃんが、ひょうたん型の池みたいなプールを指さしました。それは幼児用プールで、小さな子が水遊びをしています。
 「ぼ、ぼく、ちゃんと足届くもん」
 「泳げるの?」
 「泳げるよ…10メートルくらい」
 「そんなの、泳げるうちに入らないわよ。私は100メートル泳げるように練習するのよ。だから、邪魔しないでね」
 「いっしょに遊んでくれるんじゃないの?。…いいもん、ぼく、ひとりさびしく”プールグスリ”拾ってるもん」
 準が言う”プールグスリ”とは、次亜塩素酸カルシウムや塩素化イソシアヌル酸の錠剤…つまり、消毒用に沈めてある白い錠剤のことです。潜ってそれを拾い集めるのが、準の趣味なのです。50メートルプールを往復するみゆきお姉ちゃんを横目に、準はビート板を持ち出したりして、それでもけっこうひとりで楽しみました。


 プールから上がって、みゆきお姉ちゃんは、待ち合わせの入り口のところで待っています。そこに、男子更衣室から出てきた準が、よたよたとやってきました。
 「もう、遅いわね。何してるのよ」
 「お、お姉ちゃん。その、ぼくのパンツがないの」
 準が、小さな声で言いました。着替えるのに時間がかかったのは、パンツを探していたからなのでした。準は、仕方なくパンツなしでズボンをはいたのですが、だから歩きにくそうに出てきたのです。
 「バカねえ。だからちゃんと持って来たのって言ったのに」
 「おかしいなあ。ちゃんと入れたのに…」
 準は、まだ自分のバッグを探しています。
 「あら、これは何かしら?」
 みゆきお姉ちゃんは、わざとらしくそう言うと、自分のバッグから少し黄ばんだ白いものを取り出して、準の目の前でひらひらさせました。
 「あーっ、それ、ぼくのパンツ!。いつの間に…」
 「バカねえ。行きにジュース飲んだときに、こっそり取り出したの、気づかなかったの?。鈍いわねえ。返してほしかったら、ここまでおいでー」
 「もうっ、返してよー。お姉ちゃんのバカー」
 笑いながら走っていくみゆきお姉ちゃんを、準は走りにくそうに追いかけます。またしても、みゆきお姉ちゃんに遊ばれて…いえ、遊んでもらって、とっても幸せな(…たぶん)準くんなのでした。 

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