「おうい、準、出かけるぞ」
秋分の日の朝、準がぼーっとしていると、お父さんが声をかけました。
「どこに?」
「お墓参りだよ」
「こないだお盆に行ったけど」
「今日はお彼岸だろ。ご先祖様に感謝してお墓参りをする日だよ」
「そうなの。わーい、行こう行こう」
どこであれ、家族でお出かけがうれしい準くんです。
「準ちゃん、ちょっと待ちなさい」
お母さんが準を呼び止めました。
「お墓参りに行くのに、そんな格好で行く人がありますか。ちゃんとした服に着替えなさい」
「えーっ、知らなかった」
準は言われるままにいつもの緑のシャツを脱いで、カッターシャツを着、ズボンにサスペンダーをつけました。
「ようし、”お墓参りグッズ”は持ったし、出かけるか。先にお墓参りを済ませて、おじいちゃんの家に行こう」
「はぁい」
準はとてもいい返事をすると、お父さんの車の後部座席に乗り込みました。
お父さんの実家は、海のすぐそばです。毎年お盆には、準は海水浴がてらおじいちゃんの家に遊びに来ています。羽犬塚家のお墓は、そこから少し歩いた海岸縁にあるのです。
お父さんは墓地に備え付けの桶に水を汲むと、柄杓と一緒に準に差し出しました。
「お墓に水をかけなさい」
「どうして水をかけるの?」
「あの世ではのどが渇くらしいんだ」
「ふうん。ぼくもよくのどが渇くよ、寝る前とか」
「あんた、夕べまた寝る前にお茶飲んだんでしょ」
お母さんが口をはさみました。
「の、飲んでないもん…少ししか」
話がまずい方向に行きそうなので、準はあわててお墓に水をかけ始めました。
「ひゃあっ、かかっちゃった」
墓石のてっぺんに水をかけようとして、準はおもいっきり水をかぶってしまいました。
「あらあら、びしょぬれじゃないの。風邪引いたらどうするの」
「平気だもん、まだ暑いから」
準はきゃっきゃっと歓声を上げながら、墓石に水をかけています。お父さんとお母さんは、とばっちりを避けて、少し離れて見ています。
「もうそれぐらいにしなさい。いい子にしてないと、ご先祖様にしかられるぞ」
「はあい」
準が水をかけ終わると、お父さんはおもむろに”お墓参りグッズ”(…と言っても、お線香とマッチと数珠ですが)を取り出しました。
「毎回思うのだが、外で線香に火をつけるのは至難の業だな。ライター持ってればいいのだが、お父さんは煙草すわないし。あっ、また風で火が消えた」
お父さんはぶつぶつ言いながら、何本もマッチを無駄にして、ようやく線香の束に火をつけました。
お供えのおまんじゅうは、途中準がトイレ休憩を要求したときに、コンビニで買ってきたものです。
お母さんは、摘んできた、庭に生えていた花を活けました。
準備が整って、三人はお墓の前にしゃがんで手を合わせました。少しして準が薄目をあけると、まだ二人とも拝んでいるので、あわてて目を閉じ直しました。
「ねえ、どうして秋分の日にお墓参りをするの?」
お父さんとお母さんがようやく立ち上がったので、準はお父さんに聞きました。
「準は春分と秋分の日には、太陽が真東から昇って真西に沈むのを知ってるだろ」
「うん。昼と夜の長さが一緒なんだよ」
「仏教ではこの日をお彼岸って言ってね。西の方角に極楽浄土というのがあって、そこにご先祖様がいるんだよ。だから、真西に太陽が沈むのを見て、ご先祖様に感謝しましょうという日なんだ」
「変だなあ」
「どうして?」
「おじいちゃんは、ご先祖様の国は海の向こうだって言ってたよ(注1)」
「彼岸って、向こう岸という意味だからね。どこか遠くにおられるけど、ずっと子孫である準のことを見護ってくれてるんだよ」
「うん。…ねえ、ご先祖様って、何人くらいいるのかなあ」
「うーん。こっちのお墓には、お父さんの家のご先祖様しかいないけど、準には、お父さんとお母さんがいるだろ」
「うん」
「お父さんとお母さんには、それぞれお父さんとお母さん…つまり、おまえから見たらおじいちゃんとおばあちゃんがいて、4人だろ。その一代前が8人、16人と来て、三十代遡ったら、横一列に何人並ぶと思う?」
「…100人くらい?」
「ハハハハ。3355万4432人だ(注2)」
「えーっ、そんなにも…」
「そうだよ。準のいのちは準のものだけど、無限のいのちのつながりのなかにあるんだ。だから、ご先祖様から受け継いだいのちは、大切にしないといけないんだよ」
「はい」
準はこくりとうなずきました。
「さあ、行こう。おばあちゃんが、おはぎを作って待ってるよ」
「わーい、おはぎおはぎ」
「ハハハ、準はお墓参りよりおはぎだな」
「えへへへ」
準は頭をかきました。暑さ寒さも彼岸まで。準は乾きかけのシャツを通して、少し秋の風を感じました。
(注1)第16話参照。準と方言丸出しのおじいちゃんが、とてもいいお話をしてるので読んでみてください…絵は下手で目も当てられませんが。
(注2)昔ある本で読んだのを暗記していたのですが、うろ覚えかもしれないし実際合っているか検算もしていません。誰か数学に強い方、計算してみてください。
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-追記- きわいちさんとELE坊から、その数字は25代前だとご指摘がありました。また、ELE坊には、30代遡ると、10億7374万1824人と計算していただきました。ご両人、どうもありがとうございました(^^)。 |