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リアム・オ・メンリィ (O Maonlai, Liam)

9月22日、ラフォーレ原宿
はじめて彼のステージを見たのはもう10年以上も前、ホットハウス・フラワーズというグループのリード・シンガーとして来日したときだった。U2のボノがバックアップしたデビューアルバムがヒットした直後の彼らのステージは若々しくエネルギッシュで、素晴らしかった。その頃のわたしはアイルランドという国やその音楽にはほとんど無知で、彼らのことも多くのポップ・ロック・グループの一つとしてしか捉えていなかった。リアムは独特の印象的な声で歌い、いくつかの変わった、当時のわたしが名前さえも知らない不思議な楽器を自在に操った。

いま彼はあの間違いようもない、おそらく10年前に比べてより円熟した声で、ゲール語でアイルランドのトラッド音楽を歌い、ティン・ホイッスルを吹き、バウロンを叩き、長く大きな木製のオーストラリアのディジリドゥを吹き鳴らす。バック・バンドはなく、ただキーラという別のアイリッシュ・グループのメンバーであるローナン・オスノディがゲストとして度々登場して彼をサポートするだけ。二人はかつてダブリンで、同じゲール語学校に通っていたそうだ。ローナンは彼独自の、アフロ・カリビアン・ジプシー・アイリッシュスタイルのボウランを叩く。二人は裸足でステージを歩き回りながら楽器を演奏し、歌う。音楽は彼らの全身から溢れ出てくる。ホイッスルの軽快だが哀愁を帯びたメロディ、打ちつけられるボウランのリズム。眼を閉じるとむせび泣くような冷たい風の吹きすさぶ暗い岩だらけの海岸の光景、一度も見たことのないはずの風景が拡がり、突然涙が込み上げそうになる。

コンサートの前に、大阪からきた女の子と出会った。彼女はコンサートホールに通じる階段の一番下の段の隅っこに、大きなバックパックと一緒に一人で座っていた。礼文島で一夏のアルバイトを終えて札幌から羽田に着き、その足でまっすぐホールに来たという。次の日に別の場所であるリアムのコンサートも見る予定だが、どこも泊まるところを決めていない。彼女は新宿のオールナイト上映の映画館ででも夜を明かすつもりだと言う。
「うちでよかったら、来る?」わたしは言った。

彼は再び独り、ピアノの前に座る。「この曲は落ち込んでいた時に書いた」美しい音階のリフレインを弾きながら彼が言う。「幸福じゃなかった時期だ。この曲はいつも心を穏やかにしてくれる」

Star of the ocean
The light in your eyes
Your heart is
What love is
You're saved.

そう、この曲はよく知っている。彼のグループのデビュー・アルバムの、最後に入っている曲だ。わたしの好きな曲だ。...たぶん、好きだった。

なぜ彼女に、うちに泊まらないかなどと言ったのだろう。会ったばかりの他人を気軽に家に招いたことなど、今まで一度もなかった。

彼はとんでもない早さでバッハを弾き、ミス・タッチの度に「ああ」とか「おお」とか悲鳴をあげる。ボウランをばちを使わず素手で叩きながら、これから歌うゲール語の恋の歌について説明する。床に座り込んでディジリドゥを吹き鳴らし、魂まで揺さぶる低い、うねるような音を響かせる。会場の明かりがついたときには、10時半になろうとしていた。

コンサートのあと握手をした彼の手は、驚くほど柔らかかった。ぎゅっと握りはしないけれど、暖かく心地よい、親し気な握手で、一瞬このまま彼は手を放すつもりはないのじゃないかと思った。その感触にはどこか覚えがあるような気がした。彼の笑顔は少しはにかむような、だが包み込むような笑顔だった。無垢な子どもの、夫の、そして父親の笑顔。

Your heart is
What love is
You're saved.

後になって、なぜ彼の手に覚えがあったのか思い当たった。それはまるで自分自身の手を握っているような感触だった。彼女は次の日、二回目のコンサートに行った。その足で大坂行きの夜行バスに乗る予定だった。

Your heart is
What love is
You're saved.

わたしは彼女よりも先に地下鉄を降りた。別れの握手をしたとき、わたしは新しい友人を一人得た。


9/26/'99, modified 3/6/2002


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