我は宇宙の中心なり。
我在り、我は宇宙の中心なり。
我にいのち宿る。
いのちは無始より来りて無終に至る。
我を通じて、無限に拡がり、我を貫いて無窮に繋がる。
いのちは絶対無限なれば、我も亦絶対無限なり。
我動けば宇宙動き、宇宙動けば我亦動く。
我と宇宙は渾一不二(こんいつふに)、一体にして一心なり。
野口晴哉 『月刊全生』
1964年7月号(整体協会)
「全生訓」
人に自己保存の要求あり、種族保存の要求あり、その要求凝りて、人産れ、育ち、生く。
もとより何の為に自己保存を為すか、種族保存を為すか、知らず、たゞ裡の要求によって行動するのみ…
何の為に産れ、何の為に生き、何の為に死するか人知らず。只裡の要求によって行動するのみ。
人の生きんとするは人にあるに非ず、自然の生、人になり生きる也。
自然、人を通じて生く
生死、命にあり
自然に順(したが)うこと、之生の自然也
人の生くること、生くる為也
その生を十全に発揮し生くること人の目的也
人の生きる目的、人にあるに非ず。自然にある也、之に順う可し。順う限り、いつも溌剌として快也。
健康への道、工夫によりて在るに非ず。その身の裡の要求に順つて生くるところに在る也。
いつも溌剌と元気に生くるは自然也、人その為に生く。
人の自然、四つ足で歩くことに非ず、野に伏し、生のものを食べることに非ず。
感じ、考え、手足を使うこと也。笑うも、憎むも、喜怒哀楽するも自然也
火を使い、水を使い、雷を使うは人の智慧也、器物を使い、道具を使い、時を使うは人の智慧也。
そのもつ頭を使い、手を使うは自然也。
人その身を傷つけず、衰えしめず、いつも元気に全生すること人の自然也。全生とはもちたる力を一パイに発揮していつも溌剌と生くること也。