米国立環境健康科学研究所 EHP 2009年4月号
ナノテクノロジー関連の環境・健康・安全研究
米国家戦略を検証する

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 117, Number 4, April 2009
Spheres of Influence
Nanotechnology-Related Environment, Health, and Safety Research:
Examining the National Strategy
http://www.ehponline.org/members/2009/117-4/spheres.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年4月14日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ehp/ehp_09_April_Nano_National_Strategy.html


カーボン・ナノチューブの
走査型電子顕微鏡写真(40,000倍)
 日焼け止めクリーム、テニスラケット、iPod、又は他の消費者製品を手にとって見ることは、何らかの便益を与えるよう設計されたナノスケール粒子を含む”ナノ対応”製品であることを発見するよい機会である。ニューヨーク市の市場調査会社ラックス・リサーチによれば、2007年には1,470億ドル(約15兆円)相当のナノ対応の商業用及び消費者用製品が販売された。ラックスの最新の見積もりに言及して、同社のアナリスト、デービッド・ウオンはナノテクノロジーが新たな産業革命を引き起こしているという広範な展望に基づき、2015年までに3兆1,000億ドル(約310兆円)に達すると予測している。

 市場を通じてのナノテクノロジーの普及はまた、これらの奇跡の物質のヒトの健康に及ぼす潜在的な影響について多くの懸念をもたらしている。100ナノメートル以下という小さなサイズのために、ナノ粒子は体内における摂取、分布、挙動に影響を及ぼすことができる特異な物理的特性を持つ。実際に、ナノ粒子のあるものは細胞の中に浸透し、そこで炎症又は参加ストレスを引き起こすことが示されている。

 カナダとカリフォルニアは最近、ナノ物質の使用と有毒評価に関する義務的な開示要求を課すという前例のない措置をとった。2009年1月29日に出されたカナダの法律(訳注1)は、年間1キログラム以上のナノ物質を製造又は購入する国内の会社と研究所を目標に定めている。その新たな規制によれば、これらの組織は、現在、どのくらいの量のナノ物質を使用しているのか、どのようにそれらを使用しているのか、その毒性について何を知っているのかについて明らかにしなくてはならない。2009年2月2日に出されたカリフォルニアの法律(訳注2)は、電子工学、光学、及び生物医学の分野で利用されているナノ物質の一群であるカーボン・ナノチューブに範囲を限定している。この新たな規制の下にカリフォルニアにおいてカーボン・ナノチューブの製造、輸入、又は輸出する会社は2010年までに彼らの製品の有毒性と環境影響についての情報を開示しなくてはならない。

 一方、ナノ毒性学及びリスク評価の専門家らは二つの勢力にますます分極化しており、ひとつは全米研究評議会(National Research Council / NRC)の側、他のひとつは大統領府の国家科学技術会議(National Science and Technology Council)が調整する政府横断の協力組織である国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)の側である。2008年2月に、NNIのナノテクノロジー環境健康影響(NEHI)ワーキング・グループが『ナノテクノロジー関連環境健康安全研究のための戦略(Strategy for Nanotechnology-Related Environmental, Health, and Safety Research)』というタイトルの文書を発表した。この文書は、ナノ粒子ハザード研究のためのアメリカ政府の課題を示すことを意図しており、年間統合投資6,800万ドル(約68億円)で2006年に実施中の246の関連プロジェクトを記述している。この文書はまた、”優先研究分野に目を向け・・・、ナノテクノロジーの責任ある開発のために本質的である知識の促進とリスク意思決定を支援している”と称している。

 クレイトン・ティーグが連邦政府戦略を立案する責任を有する全米ナノテクノロジー調整局を指揮している。彼は、戦略は、規制当局、研究機関、ビジネス社会、及び非政府組織と広範囲にわたる協議を行って開発されたと述べている。”我々は、その戦略は政府機関が何をなすべきかについての必要性と合意を示していると信じる”と彼は述べている。”資金供給機関は我々に、彼らはこの文書をこの分野における将来の研究のための勧誘を形成するために使用していると述べている”。

 しかし、2009年2月25日、NRCに召集された委員会は、この戦略文書に深刻な欠陥があるとする報告書を発表した。NNIの要請で召集されたNRC委員会によれば、その戦略は政府の今日の潜在的なナノテクノロジーのリスクの理解に関する弱点を露呈し、それらに将来どのように評価するのか適切に対応できていない。NRC委員会のメンバーでありデューク大学社会環境工学教授のマーク・ウィースナーは、NNI文書の中で述べられている研究プログラムの多くは、実際には環境、健康及び安全(EHS)の懸念に目を向けていないと主張している。”もしこの文書を額面どおりに取るなら、連邦政府資金によるナノテクノロジー関連EHS研究の真の取り組みレベルを誇張したことになる”。

未知の毒性

 今日、商業的に利用されている又は開発中の概略2,000種のナノ物質で、ヒト毒性として関連付けられたものはない。しかしこれらのリスクを無視することはできないとロチェスター大学医科歯科校環境医学教授ギュンター・オバドルスターは述べている。オバドルスターによれば、多層カーボン・ナノチューブは、ヒト発がん性が知られているクリソタイル・アスベストの繊維に見られるのと同様の反応を引き起こすことが見出されている(訳注3)。オバドルスターはこれらの発見は、カーボン・ナノチューブを非常に高い用量で注射でげっ歯類に投与した場合にのみ見られたと強調する。現在必要とされていることは、実際のヒト暴露を模擬した吸入経路によって生成された毒性データであると彼は言う。オバドルスターは、彼とこの分野の他の人々が現在、そのような研究に取り組んでいると述べている。

 ナノテクノロジーのリスクについての予測は、吸入研究、特にナノスケールの超微粒すす粒子から得るタールの研究から生じた。吸入すると、これらの粒子のあるものは外皮及び内皮細胞を通過して血液とリンパ液循環に達し、それらが骨髄、リンパ節、脾臓、心臓、中枢神経系など潜在的に過敏な場所に運ぶ。試験管テスト(in vitro)及び動物テストがこれらの粒子は、用量と化学的組成によって広範な炎症効果を引き起こし、疫学的発見がそれらを呼吸器系及び心臓血管系疾病と関係付けている。

 全てのナノ粒子は質量当たり大きな表面積を持っており、そのことによりナノ粒子は体内で独自の反応性を示す。”化学的反応は粒子の表面で起きる傾向がある”と米環境保護庁(EPA)科学政策室の科学副部長ジェフ・モリスは述べた。”もし表面積が質量を超えると、ナノ粒子は、同じ化学物質組成をもったもっと大きな粒子よりも反応性が高まる傾向がある。”。

 しかし、工業的ナノ粒子とすすは重要な点で異なる。特にすすは、粒子サイズ、化学、表面特性、及びその他の組成という点でそれぞれが異なるが、一方、製品の範疇にある工業的ナノ粒子は球形、チューブ、ワイヤー、リング、及びプレーンを含んで、一様に同一の形状をしている。もし類似の高い表面積−体積比なら、両方のタイプの粒子は類似の生物学的影響の引き金となるとオバドルスターは付け加えた。

 しかし、粒子の一様性はまたナノ物質の動態と毒性に未知の影響を与えるかもしれない。例えば、ピュー慈善トラストと国際科学ウッドロー・ウイルソン・センター新興ナノテクノロジーに関するプロジェクトの科学顧問、アンドリュー・メイナードは、すすの中のある粒子やその他の異成分の混合は他のものよりもっと有害であることがあるかもしれない。”その場合でも、有害粒子の毒性は、毒性の少ない他の粒子の存在によって薄められるかもしれない”と彼は説明する。”しかし、精密な特性をもった粒子が製造されるなら、希釈要素はなくなり、一様な危険性をもった粒子を製造する機会は増大する。”

戦略を見る

 NRCの委員たちは、明確なゴール、マイルストーン、進捗状況の評価のためのメカニズムをもったナノテクノロジー研究のための健康をベースとする国家戦略を見たいと望んでいる。メイナードは、その必要性は単にナノ対応製品の安全性を確実にするためだけでなく、もし健康リスクが適切に対処されていないと見られるなら増大するであろう公衆のナノテクノロジーに対する反発を避けるために必要であると強調している。NNI戦略文書は統合された展望も共有された目的もなく、単に連邦政府が資金提供するプロジェクトの概要を示すだけであるとNRCの委員たちは主張する。NNIによってリストされた各プロジェクトは、5つの研究カテゴリーのうちのひとつに分類される。器具、度量衡及び分析手法;ナノ物質とヒトの健康;ナノ物質と環境;ヒトと環境暴露評価;及びリスク評価手法である。

 メイナードの見解では、これらのプロジェクトは、公衆の懸念の疑問に対応して適切に体系化されておらず、それらは研究者の意図、研究者の個人的興味に基づく研究であると彼はは断言する。”科学者らは何かをやれといわれることを好まない”とメイナードは認める。”しかし、彼らが興味を持つことと、ナノテクノロジーを扱う会社や規制当局が実際に必要としていることとの間に断絶がある”。

  NIOSH 長官室の上席科学顧問であり、国家科学技術会議(NSTC)のナノスケール科学工学技術(NSET)小委員会の議長であるサリー・ティケルは、連邦機関は明確なナノテクノロジー研究のための連邦歳費なしに研究をしなくてはならなかったと述べている。”各機関は、研究の優先度と整合性のない均一予算の下に彼らができることを見つけなくてはならなかった”と彼は述べている。

 公表前のNRC報告書のコピーが2008年12月10日に報道関係者にもれた(訳注4)。その後のメディアの注目が2009年1月5日にNNIに18ページの反論をウェブサイトに掲載させることになったhttp://www.nano.gov/。それは戦略文書は、戦略的計画又は実施計画ではないし、そのようなこともかつてなく、むしろナノテクノロジー関連EHS研究への省庁間アプローチのより高度な記述であると述べている。 ”それは、協力を調整し、鼓舞し、可能な場合には協力的研究活動を実施するために、連邦機関の戦略的文書として書かれた”。反論は、さらにNNIがNRC評価中の技術的誤りと呼ぶ項目をリストした。そのような誤りは2009年2月発行の最終版で修正されたが、NRCはその全体的な結論は変更しなかった。

 特に重要なことは、ナノテクノロジーにおける暴露と毒性研究が適切にバランスしていることであるとウィースナーは述べている。”我々は、暴露作業の前にある遙か彼方の毒性作業をすることを望まない一方で、毒性作業は我々が暴露研究で焦点を合わせるべき場所を告げてくれる”と彼は述べている。”我々が達成する必要があるのは微妙なバランスであり、研究社会全体が今すぐ取り組まなくてはならないことである”。

 ナノテクノロジーにおける暴露研究は独自の課題があることをウィースナーは認めている。科学者らは例えば、ナノ物質を培養細胞のような生体系に導入するために広く容認される手法を開発しなくてはならない。ナノ物質の表面は細胞の巨大分子と塩類と相互作用するので、その特性は神秘的な方法で変化する可能性がある。そしてそれらの変質は、効果的ナノ暴露用量反応の解釈に直接、影響を与えるとウィースナーは述べている。

透明性に関する疑問

 一方、カルバート・グループのベセスダ投資会社の上席調査アナリスト、エレン・ケンネイによれば、公衆の監視がますます厳しくなっているので、産業側はナノ物質に対する公衆のイメージについてもっと敏感になっている。ナノ物質を使用しない会社は、これらの物質が社会的責任としてどのように見られるかということを反映して、株主報告書の中で使用していないと記述し始めていると彼女述べている。

 実際に多くの会社はナノ物質を使用していること及び毒性データを自主的に明らかにすることを嫌がっている。2008年1月28日に立ち上げられたナノスケール物質スチュワードシップ・プログラム(NMSP)で、EPAは会社に製造、輸入、加工又は使用している工業的ナノスケール物質について入手可能な情報を報告するよう促した。二年間の自主的取組はナノ物質についての最終的な規制の決定を判断するのに役立たせることが意図されていた。ラックス・リサーチ社によれば、ナノテク関連の製造又は使用に関わる会社の合計数は1,000社に達する。EPAは150社以上と11の貿易協会に働きかけたとウオンは述べている。しかしNMSPがその中間報告書を出した2009年1月12日現在、わずか29社が対応しただけであった。これらの会社は。合計123のナノ物質成分に関するデータを開示した。

 EPAの化学物質管理部門を指揮するジム・ウィリスは、これらの結果はEPAの職員を複雑な気持ちにさせると述べている。”一方では我々は自主的プログラムとして非常によい反応であったと考える”と彼は言う。”他方、我々は報告されなかった数百のナノ物質があることを知っている。そしてそのことは、もし我々が何が製造されており、それはどのようなレベルであり、ヒトはどのように暴露しているのかについてよく知りたいのなら、我々はもっと多くのことをする必要がある”。

 この記事のためにインタビューした人々は全員一致して、ナノ物質はよりよい薬;より強くより軽い製品;よりよい環境とエネルギー技術などの貴重な便益を社会に約束していることに同意している。しかし、ナノ粒子毒性データは、公衆のこの技術の支持を確実にするためにもっと広く入手可能となるようにする必要がある。天然資源防衛協議会(NRDC)のスタッフ科学者であるジェニファー・サスは、そのようなデータは公的に入手可能なピアレビューされた研究ジャーナルの中ではなくて、結局は会社の報告書の中にあると述べている。そして新興ナノテクノロジーに関するプロジェクトの副代表であるジュリア・ムーアは、どの会社がどのようにナノ物質を使用しているのかについての情報に公衆がアクセスすることは制限されていると主張する。”そのような情報は、政府規制当局は持ち合わせていない”と彼女は言う。”そのことはウォールストリートの市場アナリストが知っているが、彼らはタダでは教えてくれない”。

 産業側の人々は、多くの利害関係団体はナノ物質の危険を著しく誇大に宣伝していると信じている。”恐怖の宣伝は、ナノテクノロジーを利用する会社にブランド名を明らかにして可視化するよう促す産業側の努力を抑制し、新たな革新を市場にもたらすために企業家が投資しパートナーを探すことを困難にする”とイリノイ州スコーキーを拠点とする産業団体であるナノビジネス・アライアンスの代表シーン・マードヒは述べている。彼はカーボン・ナノチューブとクリソタイル・アスベストの比較を例として挙げている。数十年間、数百万トンという量が無防備の作業者によって採掘されてきたアスベストとは異なり、カーボン・ナノチューブは厳格な安全管理の下に研究室で処理されている。さらに、ナノチューブ自身、製品中に組み入れられると生物学的利用能はない。”暴露シナリオは決して同じではない”と彼は言う。

 しかしこの主張は廃棄製品の懸念に目を向けていないと多くの専門家は述べている。ティンケルは、”たとえ会社が即座のユーザーのために製品を完全に安全であるよう設計したとしても、製品ライフサイクル最後の廃棄時におけるナノ粒子への暴露への懸念がある”と述べている。一度ナノ対応製品が廃棄され、分解又は劣化し始め、又は日々の使用で分解し始めると、粒子は環境に放出される可能性がある。製品の全ライフサイクルを通じて暴露を管理する必要がある。

 オバドルスターはこの点に関し、ほとんどのナノ粒子は現実の暴露条件の下では良性であることが結局わかるかもしれないと示唆している。”私は、毒性問題を取り巻く多くの誇大な宣伝があると思う”と彼は言う。”しかし、我々はもっとよく知るまで、我々は注意深くし、暴露を回避すべきである。高用量で多くの試験管テストをしてハザードを特定できても、リスクが存在するためにはそれだけの暴露が必要である”。

 それでもやはり発展傾向が続くことを仮定すれば、ナノ物質はかつてなく大量に製造され、公衆と環境の暴露はそれに比例して増大するであろう。それが現実なら、この産業の将来は公衆の監視に対する透明性にかかっている。


訳注1
訳注2
訳注3
訳注4
訳注:参考情報


化学物質問題市民研究会
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