全米研究評議会(NRC)
ニュースリリース 2008年12月10日
連邦研究計画は
ナノ物質による健康・環境リスクを解明するのに不十分


情報源:NATIONAL RESEARCH COUNCIL
News Release Dec. 10, 2008
Federal Research Plan Inadequate to Shed Light on Health and Environmental Risks Posed by Nanomaterials
http://www8.nationalacademies.org/onpinews/newsitem.aspx?RecordID=12559

訳:野口知美 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2008年12月25日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/nrc/081210_nrc_nano.html


 【ワシントン】全米研究評議会(NRC)の最新の報告書(訳注1)によると、ナノ物質がもたらす潜在的な健康・環境リスクに関する政府の研究計画には重大な欠陥があることが分かった。ナノ物質の使用は、消費者製品や産業界において拡大している。ナノ技術を使用することのできる製品を開発し、一般の人々に受け入れてもらうことに成功するためには、潜在リスクの特定と管理に関する効果的な国家計画を策定することが極めて重要である、と本報告書を作成したNRC委員会は強調している。

 同委員会は、ナノ物質が現在使用されていることが、一般の人々にとって不当なリスクとなるかどうかについては評価していない。むしろ、本報告書の焦点は、ヒトの健康または環境に甚大な影響をもたらすことなく、ナノ物質を現在及び将来にわたって使用することを確保するための効果的な国家研究戦略というのはどのようなものであろうか、ということにある。

 「現在の計画には、いくつかの連邦機関にまたがるナノリスク研究が登録されているけれども、ナノ技術を一般の人々に受け入れてもらい、その期待を実現するために必要である包括的な研究戦略というものは示されていない」と、NRC委員会の委員長であるデービッド・イートン(David Eaton)は述べている。彼はシアトルにあるワシントン大学公衆衛生学部で環境・労働衛生科学の教授をしており、研究担当副学長も兼任している。

 この最新の報告書によれば、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)によって策定された研究計画は、こうしたリスクについて現在どのように理解されているかということも、10年後どこまで理解が促進されるべきかということも明確に示していない。NNI計画はまた、できる限り安全にナノ技術を開発及び使用するよう確保することを促進するという研究目標も組み込んでいない。さらに、こうした計画に登録されている研究ニーズは貴重ではあるが、不十分であり、ナノ物質の健康・安全影響に対する理解の向上に不可欠な要素が欠けている場合もある。連邦政府による研究にとどまらず、学会、産業界、消費者・環境団体、その他の利害関係者による研究も取り入れた新しい国家戦略計画が必要である、とNRC委員会は結論づけている。

 ナノスケール技術は、物質を分子及び原子レベルで操作することにより、特異的かつ有用な性質を持つ構造を作り出す。例えば、非常に丈夫で、しかも非常に軽いというような物質を作り出すのである。ナノ物質が含まれる製品は、すでに600種類以上市場に出回っており、そのほとんどがスキンケア用品や化粧品といった健康・フィットネス製品である。そして今後10年間で、ナノ物質は薬物治療から食品添加物、電子機器に至るまでの様々な製品に使用されることが多くなっていくであろう。

 ナノ物質の使用が増加するということは、ナノ物質に暴露する労働者や消費者が増加することになるということであるが、ナノ物質の健康・環境影響については依然として不確定要素が残っている。つまり、ナノ物質は並はずれた利益をもたらす可能性があるけれども、同時にもしかしたら予想外の毒性を持っている可能性もあるということだ。ナノスケールの研究開発への連邦機関の投資を調整しているNNIは、こうしたリスクを調査するための研究計画を策定し、NNIを監督する機関(訳注:国家ナノテクノロジー調整事務局)はまた、この研究計画をレビューするようNRCに依頼した。

 本報告書によると、NNIの計画は健康・環境リスクを評価するための研究分野を幅広く特定しており、これに登録されている研究ニーズの多くがリスクを評価する手助けになると予想される。しかしこの計画には、調査すべき重要分野のいくつかが欠落している。例えば、「ナノ物質とヒトの健康」には、ナノ物質がどのようにして吸収及び代謝されるか、また現実的な暴露レベルでどの程度毒性があるのかということに関するより包括的な評価が含まれるべきである。

 本報告書によれば、NNI計画は、既存研究の欠陥を評価するにあたって、すでに資金提供を受けている研究が健康・環境リスクに関する研究へのニーズにどれだけ応えているかということについて過大評価している。例えば、現在資金提供を受けている、ナノ技術及びヒトの健康に関するプロジェクトの半分以上が、病気の治療法を開発することを目的としているという。しかし、こうした研究は重要ではあるけれども、ナノ物質がもたらすかもしれない健康リスクについて明らかにすることはないであろう。その上、NNI計画は、事故や流出を処理する方法または消費者製品による暴露を減少する方法といった、消費者・環境リスクを管理する方法に関する研究が現在欠落しているということについては言及していない。

 さらに、NNI戦略は、ナノ技術を生産・使用している産業界、環境・消費者擁護団体、その他の利害関係者から情報を取り入れることが不十分であるが、こうしたことは研究戦略の欠陥を特定するために必要なことである。連邦機関の独力では、行うべき研究を依頼するのではなく、むしろ自分たちの現在の能力の範囲内でできる研究を依頼することになりがちだ。NNIの計画は説明責任も欠落している、とNRC委員会は述べている。特に国立衛生研究所、米国環境保護庁、米国食品医薬品局といった主導機関がナノ技術研究を監督する役割を与えられてはいるが、当該戦略が良い結果を生むかどうかについて責任を負うことになる組織も人も全く存在しない。

 報告書によれば、ナノ技術に関連する環境・健康・安全問題に具体的に取り組むという目的で連邦政府から受けている資金は、実際にはNNI計画に示されている額よりもずっと少なく、おそらくは不十分なものである。また、規制に関する意思決定を支える有用なデータを最終的に生み出すことになるのは、計画に記載されている研究プロジェクトのうちの半分以下であろう。今までにもたらされた研究に新たな資金が供給されなければ、ナノ材料による潜在的なリスクを十分に評価することはできない、とNRC委員会は述べている。

 同委員会によれば、真に強固な国家戦略計画とは、より幅広い利害関係団体を関与させ、いまだ利用されていない民間の研究者や学者の知識を考慮に入れるものであろう。こうした計画は、研究ニーズを明確に特定し、欠陥に対処するために必要な資金を見積もり、そして具体的かつ予測可能な目標とその目標を達成するためのスケジュールを定めるべきである。また、学問的及び制度的分類にぴったりと当てはまらない問題に対する解決策を提供することにも、焦点を当てるべきである。

 NNI計画は有用な情報を提供するであろうが、NNIが受けている制約の範囲内では真の国家戦略を策定することはできない、とNRC委員会は結論づけている。現在のNNI体制において、先見性及び信頼性のある戦略を策定することは困難であろう。NNIは、ナノ技術の健康・安全影響に対する連邦政府の研究戦略が、より広範な国家戦略計画に必要不可欠な要素であることを確保するために、引き続き各機関の間の協調をうまく促進すべきである。

 本報告書のスポンサーは、国家ナノテクノロジー調整事務局である。全米アカデミーは、全米科学アカデミー、全米技術アカデミー、医学研究所、全米研究評議会(NRC)により構成される民間非営利機関であり、議会憲章の下で科学、技術、健康に関する政策アドバイスを行っている。全米研究評議会(NRC)は、全米科学アカデミーと全米技術アカデミーの主要な運営機関である。委員会名簿については、以下に示す。(訳注:省略)


訳注1:オリジナル報告書
訳注2:関連情報



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