子どもの健康と環境センター
Center for Children's Health and the Environment (CCHE)
ニューヨーク・タイムズ紙掲載広告の科学的裏づけ文書
意見広告 3 母乳から取り込まれる有毒化学物質
Scientific Background Paper for the
"Toxic chemicals passed through breast milk" NY TIMES ad 3
http://www.childenvironment.org/pdfs/NYT%20Ads/6-00077%20FINAL_Toxics_BreastMilkNYT.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年10月10日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kodomo/cche/nyt_ad_3.html

意見広告 3
母乳:赤ちゃんの食物が汚染されてはならない
 小児科医たちは、最適な栄養、感染症からの保護、そして総合的な健康と発達の促進のためには母乳が乳児には最もよいと考えている[1]。母乳は、病気に対する乳児自身の免疫システムがまだ十分ではない時にそれを補う働きがある。人工乳の赤ちゃんに比べ、母乳の赤ちゃんは、腸、脳、中耳、呼吸器、泌尿器などの病気に罹りにくい。母乳の赤ちゃんは、ワクチン効果があり[2]、アレルギー[3]、タイプ1糖尿病[4]、潰瘍性腸炎、クローン病[5] などに対する抵抗力がある。母乳はまた脳や知的働きの発達を高める[6]

 しかし、過去50年間、母乳は多くの化学物質で汚染されてきた。特に心配なのは母乳中の残留性有機汚染物質 (POPs) のレベルが高くなってきていることである。

 母乳の化学物質汚染は、強力な殺虫剤、DDT から始まった。それは第二次世界大戦中、イタリアのナポリでチフスの流行を抑えるためにノミの駆除のために使用された。戦後、DDT はアメリカの各所で散布された[7]。1951年までに、DDT の分解成分であ るDDE が広く、人間の母乳中から検出されるよになった[8]

 DDE は、脂肪親和性があるので、乳房の組織中に蓄積し母乳中に入り込む。体内に取り込まれると脂肪組織に蓄積するが、乳房組織は脂肪質である。いったん蓄積すると、DDE は数十年間体内に残留する。女性が成熟し、より多くの DDE に暴露すると母乳中の濃度は高くなる[9]。その時に授乳すると赤ちゃんは DDE を取り込むことになる。
 DDT の製造はアメリカでは1972年に禁止された。しかし、それが禁止された後も、母親の体内に蓄積された DDE は今日でも赤ちゃんに取り込まれ続けている。

 母乳はまた、ポリ塩化ビニル類 (PCBs) を含んでいる[10]。これらの残留性化学物質は直接的に乳幼児に有毒であり、知的障害、学習障害、行動障害などを引き起こす原因となる脳へのダメージを与えることが示されている。さらに PCBs は発がん性のある内分泌かく乱物質である。1976年までに、アメリカで採取された母乳サンプルの99%が PCBs で汚染されていた。サンプルの約25%は規制値の2.5ppmを超えていた。もしそのような高濃度の汚染が牛乳中で検出されれば、法的には販売することができない[11]
 PCBs はアメリカでは1977年に禁止されたが、環境中での残留性が非常に高いので今でも母乳中から検出され続けている。

 母乳中にはその他多くの脂肪親和性の残留性有機汚染物質を含んでいる。それらは、多くの殺虫剤 (ヘプタクロル、クロルデン、マイレックス、エンドリン、アルドリン、、そしてディルドリン[12]) 、及び産業化学物質 (ダイオキシン[13]、ベンゼン、クロロホルム、塩化メチレン、スチレン、パークロロエチレン、トルエン、トリクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン、キシレン[14]) などである。
 DDT や PCBs のように、これらの多くの化学物質は禁止されているが、アメリカの女性だけでなく、世界中の女性の母乳を現在でも汚染し続けている。オーストラリアの母乳の乳児の調査では、100%の乳児が世界保健機関の1日摂取許容量を超えるレベルのヘプタクロル(殺虫剤)を体内に有していた。88%の乳児がアルドリンとディエルリンを、27%の乳児がベンゼンを、それぞれその許容基準値を超えて体内に持っていた[15]

 母乳が含む残留性有機汚染物質は微量であるが、この低レベルであっても、小児科医や研究者たちは大きな懸念を抱いている。わずか6ヶ月の授乳期間中に、母親の体内脂肪中に蓄えられていた汚染物質の約20%が赤ちゃん渡される[16]。その結果、この授乳期間中にアメリカの典型的な赤ちゃんは、ダイオキシンについては、150ポンド(約68キロ)の成人のための国際基準の最大許容摂取量とほぼ同量、そして PCBs については同基準の1日摂取許容量の5倍を体内に取り込んでいることになる。実際、乳児はその後の生涯における以上に、授乳期間中にPCBs、DDE、その他の残留性有機物質に暴露する[17]

 ノースカロライナ州での800人以上の授乳中の母親に関する調査によれば、第一子は母乳からほとんどの汚染物質を取り込む。汚染化学物質の濃度は授乳期間中に顕著に減少し、第二子以降は第一子に比べると汚染物質の摂取量は減少する[18]

 免疫要素を持つ母乳は、乳児の感染症に対する抵抗力を増進することが示されている。しかし昨年発表された2つの研究は、母乳中の残留性有機汚染物質のレベルが、この抵抗力を無効にするレベルにまで達していることを示している。
 オランダの研究者たちは、オランダの就学前児童の出生前及び授乳による PCBs の体内蓄積量が、免疫系を著しく損傷することと関連していることを示している。体内 PCBs レベルが最も低い子どもたちに比べて最も高い子どもたちは水痘のリスクが8倍、少なくとも6つの耳の病気のリスクが3倍高い[19]
 イヌイット族の子どもたちの調査がこの事実を裏付けている。彼らの残留性有機汚染物質への暴露が増大しているので、生後1年間の深刻な感染症のリスクが高まっている[20]

 さらに、ノースカロライナの研究は PCB のレベルが増大すると運動機能が低下することを示しており、これは母乳中の汚染物質が神経系にも損傷を与えていることを示唆している[21]

 よいニュースもある。暴露を最小にするための共同作業が実を結んでいる。1970年代からスウェーデンは PCBs、ダイオキシン、そして多くの殺虫剤に人間が暴露しないよう措置をとってきた。最近の調査で、スウェーデンの母親の母乳中のこれらの汚染物質の濃度は減少している[22]
 ニューヨーク州北部での調査でも同様な事実を示している。女性が PCB で汚染した魚の摂取を制限すると、彼女らの母乳中の PCB レベルは減少する[23]

 母乳は汚染されているにもかかわらず、現状の証拠によれば、現在のところ、母乳が赤ちゃんにとって最も良い。人工乳や牛乳よりも良い。それらもまた POPs やホルモン、抗生物質で汚染されている。
 しかし、人間の母乳もかつてほど乳児にとって安全ではない。我々は母乳中にはどのように少量であっても、DDE、ダイオキシン、PCBs、その他残留性有機汚染物質を含んではならないと信じている。

 「ごめんなさい」より安全を。
 我々は、不確実性はまだあるものの、残留性有機汚染物質を環境中から、そして母乳中から、できるだけ早くなくすために果敢に運動を展開していく正当性を示す、十分な証拠が集まっていると信じている。


科学的裏づけ文書

[1] Newman, J. "How Breast Milk Protects Newborns," Scientific American, 112-1995, pp. 76-79.

[2] Howie, P.W. et al. "Protective Effects of Breastfeeding Against Infection," British Medical Journal (1990) 300:11-16. Van-Coric, M. "Antibody Responses to Parenteral and Oral Vaccines Were Impaired by Conventional and Low-Protein Formulas as Compared to Breast Feeding," Acta Pediatrica Scandinavia (1990) 79:1137-1142. Aniansson, G. et al. "A Prospective Cohort Study on Breastfeeding and Otitis Media in Swedish Infants," Pediatric Infectious Disease (1994) 13:183-188.

[3] Saarinen, U.M. and M. Kajosaari. "Breastfeeding as Prophylaxis Against Atopic Disease," Prospective Follow-Up Study Until Age 17," Lancet (1995) 346:1065-1069.

[4] Mayer, E.J. et al. "Reduced Risk of Insulin-Dependent Diabetes Mellitus Among Breastfed Children," Diabetes (1988) 37:1625-1632.

[5] Koletzo, S. et al. "Role of Infant Feeding Practices in Development of Crohn's Disease in Childhood," British Medical Journal (1989) 298:1617-1618.

[6] Morley, R. et al. "Mothers' Choice to Provide Breast Milk and Developmental Outcome," Archives of Diseases of Childhood (1988) 63:1382-1385. Lucas, A. et al. "Breast Milk and Subsequent Intelligent Quotient in Children Born Preterm," Lancet (1992) 339:261-264.

[7] Steingraber, S. Living Downstream, Vintage, NY, 1998, p. 93, 238. Russell, E.P. "Speaking of Annihilation: Mobilizing for War Against Human and Insect Enemies, 1914-1945," Journal of American History (1996) 82:1505-1529.

[8] Laug, E.P. et al. "Occurrence of DDT in Human Fat and Milk." Archives of Industrial Hygiene and Occupational Medicine (1951) 3:245-2436.

[9] Rogan, W.J. et al. "Polychlorinated Biphenyls (PCBs) and Dichlorodiphenyl Dichloroethene (DDE) in Human Milk: Effects of Maternal Factors and Previous Lactation," Am. J. Public Health (1986) 76:172-177.

[10] DeWailly, E. et al. "Susceptibility to Infections and Immune Status in Inuit Infants Exposed to Organochlorines," Environ. Health Perspectives (2000) 108:205-211.

[11] Rogan, W.J. et al. "Polychlorinated Biphenyls (PCBs) and Dichlorodiphenyl Dichloroethene (DDE) in Human Milk: Effects of Maternal Factors and Previous Lactation," Am. J. Public Health (1986) 76:172-177.

[12] DeWailly, E. et al. "Susceptibility to Infections and Immune Status in Inuit Infants Exposed to Organochlorines," Environ. Health Perspectives (2000) 108:205-211.

[13] Schecter, A. et al. "Dioxins in U.S. Food and Estimated Daily Intake," Chemosphere (1994) 29:2261-2265.

[14] Rogan, W.J. et al. "Pollutants in Breast Milk," New England J. Med. (1980) 302:1450-1453. Labreche, F.P. and M.S. Goldberg. "Exposure to Organic Solvents and Breast Cancer in Women: A Hypothesis," Am. J. Industrial Med. (1997) 32:1-14. Schreiber, J.S. "Predicted Infant Exposure to Tetrachloroethylene in Human Breast Milk," Risk Analysis (1993) 13:515-524.

[15] Quinsey, P.M. et al. "The Importance of Measured Intake in Assessing Exposure of Breast-Fed Infants to Organochlorines," European J. of Clinical Nutrition (1996) 50:438-442.

[16] Schettler, T. et al. Generations At Risk, MIT Press, Cambridge, MA, 2000. p. 205

[17] Schettler, T. et al. Generations At Risk, MIT Press, Cambridge, MA, 2000. p. 205. Schecter, A. et al. "Dioxins in U.S. Food and Estimated Daily Intake," Chemosphere (1994) 29:2261-2265.

[18] Rogan, W.J. et al. "Polychlorinated Biphenyls (PCBs) and Dichlorodiphenyl Dichloroethene (DDE) in Human Milk: Effects of Maternal Factors and Previous Lactation," Am. J. Public Health (1986) 76:172-177.

[19] Weisglas-Kuperus, N. et al. "Immunolgic Effects of Background Exposure to Polychlorinated Biphenyls and Dioxin in Dutch Preschool Children," Environ. Health Perspectives (2000) 108:1203-1207.

[20] DeWailly, E. et al. "Susceptibility to Infections and Immune Status in Inuit Infants Exposed to Organochlorines," Environ. Health Perspectives (2000) 108:205-211.

[21] Our Stolen Future, p. 191.

[22] Noren, K. et al. "Methylsulfonyl Metabolites of PCBs and DDE in Human Milk in Sweden 1972-1992," Environ. Health Perspectives (1996) 104:766.

[23] Fitzgerald, E. Hwang, S. et al. "fish consumption and Breast Milk PCB concentrations Among Mohawk Women at Akwesane," American Journal of Epidemiology (1998) 148:164-172.


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