ES&T 2009年5月27日
新たなデータ
PBDEの分解物質が
アメリカ中の水系に遍在していることを示唆


情報源 ES&T Online News - May 27, 2009
New data suggest PBDE byproducts are ubiquitous in U.S. waters
http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es901200v

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2009年5月29日



不法投棄されたコンピュータ・モニタのようなPBDEを含む消費者製品の不適切な処分が、これらの残留性、生物蓄積性、及び有毒性の化合物、及びそれらが生成する分解物質が環境中に入り込む経路のひとつである。MISSOURI ATTORNEY GENERAL
 ES&T (DOI 10.1021/es9003679)に発表された研究が初めて、PBDE難燃剤が廃水処理に暴露するときに生成される化合物がダイオキシンを発生させることができることを示している。クリス・マックネイルビル・アーノルド及び彼等のミネソタ大学の同僚らは、彼らが発見した光化学的に生成された臭化及び混合ハロゲン化ジベンゾダイオキシンは、”水環境中に遍在(ubiquitous/いたるところに存在)”しているらしいと述べている。専門家らは、ダイオキシン類と、それらを生成する水酸化PBDEs(OH-PBDEs)の両方が水生の野生生物にも人間にも影響を与えているであろうことに同意している。

 この発見の重要性を支えるものとして、米海洋大気局(NOAA)によって4月1日に発表された一つの報告書があり、それは、アメリカの沿岸の海水中に”PBDEは明らかに遍在している”ことを報告している。この報告書が発表されたときに、NOAAの国立海洋サービスの副局長ジョン H. ダニンガンは、”科学的証拠がこれらの汚染物質は食物連鎖に影響を与えることを強く示しており、水生資源やヒトの健康に及ぼす脅威を削減するために行動を起こすことが必要である”と述べた。この報告書は、実験室での毒性研究は、PBDEsと、肝臓、甲状腺、及び神経行動発達の障害とを関連付けていることを指摘している。同報告書はまた、PBDEsは”有害なヒト健康影響の可能性を示している”と述べている。

 NOAA 報告書は、アメリカの沿岸環境に存在するPBDEsについて最も包括的な評価であると非営利組織である海洋環境研究所(Marine Environmental Research Institute)の代表スーザン・ショウは述べている。ショウは、北西大西洋の捕食性の魚類やアザラシを含んだ海洋食物連鎖におけるPBDEsの生物濃縮を報告した2009年の論文の主著者である。

  NOAA の科学者らは OH-PBDEs もそれらが生成するダイオキシン類も測定していなかったが、マックネイルとアーノルドは、科学者らは水環境中で PBDE が存在するどこにおいてもこれらの分解物質を見つけるはずであると考える。”もし廃水中に PBDEs が存在するなら、OH-PBDEs が存在し・・・、OH-PBDEsが太陽光に暴露すれば、水中で臭化ダイオキシンが形成されると考えることは論理的である”とアーノルドは言う。

 これらを勘案すれば、新たな研究と報告書は、論文中で議論されたメカニズムがもっと多くの有毒ダイオキシンを他のPBDE化合物から生成することがありうるかどうか調べるために追加的な研究が必要であることを示唆していると、国立環境健康科学研究所(NIEHS)の所長であり、世界で最も著名なダイオキシン毒性に関する権威の一人であるリンダ・バーンバウムは述べている。しかし、彼女は新たな実験で生成されるダイオキシンは強い有毒があるようには思えないと述べている。

 バーンバウムはまた、OH-PBDEsによる潜在的な健康影響について懸念している。”それらは比較的残留性があるように見え、内分泌かく乱作用が必ずあるように見える”と彼女は言う。新たな論文によれば、それらもまた水環境に遍在していることを示唆する研究が増大している。


メカニズムに着想を得る

 アーノルドは化学工学者であり、マックネイルは化学者である。彼等が惹きつけられたことは、アーノルドが”化学的直観”と呼んだ分子メカニズムであり、ダイオキシンが環境中で生成されうることを示すこの新たな経路の発見をもたらした。彼等は OH-PBDEs は、廃水処理を通じてこれもまたアメリカ中の水系に達している抗菌剤トリクロサン(訳注1)と構造的には実質的に同等であるという理解によってに着想を得た。2003年に、同チームは同様な環境下でトリクロサンが塩化ダイオキシンを生成することができることを初めて発見した。

 新たな研究でアーノルドとマックネイルのチームは、2つの水酸化ポリ臭化/塩素化ジフェニルエーテル(OH-PBCDE)化合物を含む4つのOH-PBDEsが太陽光の存在下にダイオキシン類を生成することを報告した。彼等は、ミシシッピー川のような手近なところの水を使用し、0.7〜3.6%の歩留りを得た。

 ”歩留りは低いが、PBDEs と OH-PBDEs の環境中での遍在のために、その結果は重要である”とエンバイロンメント・カナダ(カナダ環境省)の上席研究科学者デレック・ミュールは述べた。さらに、ダイオキシンは”生物蓄積、生物拡大・・・するかもしれないので、それらの相対的重要性を評価するためにもっと多くの環境測定をすることが役立つであろう”。

 マックネイルとアーノルドが新たな実験でテストしたOH-PBDE は、最も生物蓄積性の高いPBDE化合物及びその同族の一つであるBDE-47に関連する。BDE-47は、ペンタBDE 難燃剤調合に含まれる同族の一つであり、2004年にEUでは禁止され、アメリカでは廃止された二つのPBDE(訳注:他のひとつはオクタBDE)の一つである。三番目の調合デカBDEはまだ世界の多くの場所で電子製品中で未だに使用されている(訳注2)。しかし、NOAA報告書は、”世界的なPBDEの使用削減をもってしても、PBDEsの環境中への放出の継続は、その残留性という特性から今後何年もの間、避けることができない”と指摘している。


ダイオキシンの毒性に再度、目を向ける

 ダイオキシンは、ポリ塩化ジベンゾpダイオキシン(PCDDs)及びポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)を含んで数百の構造的に及び化学的に関連する化合物のひとつのグループを表現する述語である。世界保健機関(WHO)のウェブサイトによれば、いくつかのダイオキシン様PCB類を含んで特定されている419の塩化ダイオキシンと関連化合物のうち、約30種だけが著しい毒性を持つと考えられている。最も有毒なダイオキシンは発がん性物質として知られる 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) である。

 米食品医薬品局(FDA)食品安全・応用栄養センターのウェブサイトによれば、塩化ダイオキシンは水生及び陸生の食物連鎖で生物蓄積性があることが知られている。動物試験は、”長期間にわたるダイオキシンへの低レベル暴露(又は感受性の高い時の高レベル暴露)は、生殖又は発達影響をもたらすかもしれない”ことを示唆している。

 臭化及び混合ハロゲン化ダイオキシン類は、従兄弟である塩素化ダイオキシン類に比べて、対象研究がはるかに少ない。”この分野には大きな知識のギャップがある”とストックホルム大学応用環境科学部のリレモア・アスプルンドは述べている。アスプルンドは、マックネイルとアーノルドが報告したものと類似のポリ臭化ジベンソpダイオキシン類が海洋汚染物質の重要な新たなクラスになる可能性を提起した2007年の ES&T 論文の共著者である。

 臭化ダイオキシン類の毒性に関する最も包括的な評価は、バーンバウムに率いられたチームにより2003年に発表された。研究者らは、”入手可能な文献は、臭化化合物はそれらの塩化同族体と類似の毒性プロファイル持つことを示唆している”ことを見つけた。彼等はまた、”野生生物はもちろんヒトの臭化ダイオキシン類とフラン類への暴露が増大するようである”と予測した。

 バーンバウムは、TCDDのような最も懸念の高いダイオキシン類は、4つまたはそれ以上の塩素及び/又は臭素原子が特定の場所に存在するものであると述べている。この形状は、科学者らが一般的に合意していることであるが、TCDDの毒性をもたらす芳香族炭化水素受容体(AHR)結合を高度に活性化することが知られている。新たな研究でマックネイルとアーノルドが特定したダイオキシン類の中にはこれらの場所にハロゲン原子があるものはなかった。

 バーンバウムは、塩化ダイオキシン類やダイオキシン様化合物の場合のように、毒性があるのは臭化及び混合ハロゲンダイオキシンの10%以下であろうと予測している。

 アーノルドとマックネイルは、他の OH-PBDE 化合物から生成されうる追加のダイオキシン類を特定するために調査を続けると述べている。科学者らは、市場に出ている難燃剤調合の中に含まれていることが知られている39のPBDE同族体が酸化されることにより、淡水及び海水中に存在する異なる OH-PBDEs の数がどのくらいなのかまだはっきりとは把握していない。マックネイルとアーノルドは、数十の OH-PBDEs が存在すると大掴みに見積もっており、それらは水生環境で同じような数のダイオキシンを生成する能力があると信じている


バルト海の状況

 2005年の ES&T の論文で、アスプルンドと同僚らは野生生物中の臭化ジベンゾpダイオキシンを報告した最初の論文の一つを発表した。彼等はバルト海のムラサキイガイ中にダイオキシンを発見したが、そこでは OH-PBDEs は紅藻(Red algae)を通じて自然に生成されたと信じられている。ムラサキイガイ中の3つのハロゲンを含む2つの臭化ダイオキシン類の濃度は、”0.3〜220ナノグラム/グラム脂質重量”であった。アスプルンドは、これらのレベルは最も生物蓄積性の高いPCB類のひとつつ PCB-153、及び同一サンプル中の塩化ダイオキシン の濃度より著しく高いと述べている。

 2007年の論文で、アスプルンドと彼女の共著者らは、AHR結合親和性を含んでこれらの化合物のダイオキシン様能力の調査について討議した。彼等の研究は、バルト海の生物種のあるものの中に見出された濃度は、欧州委員会のTCDDダイオキシン等価最大残留制限に近いか、越えていた。アスプルンドは、彼の共著者でウメア大学(スウェーデン)のピーター・ハグランドがこの化合物の毒性のさらなる調査を立ち上げていると述べている。彼女のチームは、もっと重い臭化ダイオキシンに懸念があると信じている。

 アスプルンドは、彼女とその同僚が見出したものに類似した臭化ダイオキシン類はまた、イギリスを含むバルト海以外の食物連鎖にも報告されている。彼女は、マックネイルとアーノルドの新たな論文中で議論された反応は、少なくとも海洋環境中の臭化ダイオキシン類のあるものの原因であるとすることは可能であると考えている。


OH-PBDE についての疑問

 この記事のインタビューに応じた研究者らはもっと多くのデータがほとんどすべての OH-PBDEs に関して必要とされるということに同意している。今日、入手可能な毒性学データは、それらは”我々がかつて予測した以上に体内で残留性があることを示している”。バーンバウムは次のように述べている。ES&Tの2008年の上位論文のひとつは、 BDE-47 に関連する OH-PBDE は、全ての生物中に見られる代謝経路である炭化水素をエネルギーに転換する酸化的リン酸化訳注3)をかく乱することを示している。科学者らは今、影響があるかどうか、どれが過フッ素化合物のような他の環境汚染物質により引き起こされるか、なぜ痩せ衰えたアザラシがバルト海で見出されるのか説明できるか−などについて調査中である。

 最初の細胞分析研究はまた、ある OH-PBDEs は PBDEs 自身よりも高い抗アンドロゲン効果がある”古典的な薬理学的薬品のあるもののような効果を持つ”かもしれないことを示唆しているとボストン大学公衆衛生校の環境健康副議長トム・ウェブスターは述べている。

 公衆健康ハーバード校により実施されているある研究に参加している科学者らは今年の初め、ダスト中のPBDE難燃剤の濃度が高い家に住む男性はテストステロン(訳注:男性ホルモンの一種)のレベルが比例的に低いことを関連付ける研究を発表した。研究者らは OH-PBDEs がこれらの発見に役割を果たしているかどうかまだ分かっていない。

 毒性学者らは OH-PBDEs はラット、マウス、そして多分ヒトにおいてPBDEs から代謝的に生成されうると報告しているので、動物及び人間のOH-PBDEsはそれぞれの体によって生成されるのか、又はそれらは直接的な環境暴露−またはその両方の結果なのか不明確である。ウェブスターは、この化合物は、バルト海の魚や貝はもとよりアザラシ、鳥類、ヒトからも検出されている。

 淡水中には OH-PBDEs の既知の自然発生源はない。科学者らは、廃水処理施設の近くで収集されたサンプル中で検出された OH-PBDEs は下水処理中に廃水中の PBDEs の酸化によって生成されたと信じている。昨年、研究者らの国際チームもまた、雨及び雪の中の OH-PBDEs を報告した。彼等は、大気中のPBDEsがOHラディカルと反応して大気中にOH-PBDEsを生成すると仮定している。


米海洋大気局(NOAA)報告書の影響

 PBDEs に関する NOAA 報告書は同局のムラサキイガイ監視プログラムにより監視した300以上の場所からのサンプルに基づいており、23年以上汚染物質を追跡している。1996年に採取したサンプルを2004年から2007年の間に採取したサンプルと比較することにより、NOAAの研究者らは PBDEs の発生と濃度が著しく増加していることを見出した。

 NOAAムラサキイガイ監視プログラムのマネージャ、グナール・ラウエンスタインは、将来のプログラムで もOH-PBDEs、OH-PBCDEs、臭化及び混合ハロゲン化ジベンゾpダイオキシンを分析するかもしれないと述べている。NOAAの研究者らはまた、デカBDE調合に関連する化合物を探すかもしれないと彼は述べている。デカBDEは沈殿物に関連しているので、”海洋食物連鎖の底辺の微生物中のこれらの化合物に関するデータの必要性は途方もなく大きい”と海洋環境研究所のショウは述べている。

 ラウエンスタインは、NOAA 報告書は政策に影響を与えることを望むと言う。”PBDEs は消費者環境に遍在している”と彼は言う。より大きな環境でPBDEsが将来さらに増大することを避けるために、社会はPBDEを含む製品の処分の仕方を変える必要があると彼は言う。NOAA 報告書が述べているように、”最良の廃棄物処理方法を決定し実施することが、アメリカの海岸線の将来のPBDE汚染レベルに重要で積極的な影響を持つことになるであろう”。

 アーノルドとマックネイルは、これらの政策への勧告がアメリカの水系における OH-PBDEs と臭化ダイオキシンの濃度を削減するであろうことに同意した。


訳注1:トリクロ酸
訳注2:臭素化難燃剤関連情報
訳注3:酸化的リン酸化
訳注:海洋汚染関連情報


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