ウッズホール海洋学研究所
ニュースリリース 2009年5月18日
このカクテルパーティには出るな
海洋動物の脳に汚染物質


情報源 Woods Hole Oceanographic Institution - News Release May 18, 2009
Skip This Cocktail Party: Contaminants in Marine Mammals' Brains
http://www.whoi.edu/page.do?pid=7545&tid=282&cid=57347&ct=162

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2009年6月2日



Eric Montie in the lab at WHOI
(Tom Kleindinst, Woods Hole Oceanographic Institution)
大西洋の母イルカと子ども (Eric Montie)
 海洋哺乳類の脳の汚染についての最も広範な研究が、これらの動物がDDTのような農薬やPCB類はもとより、臭化難燃剤のような新たに出現している汚染物質の有害なカクテルに暴露していることを明らかにした。

 現在エンバイロンメンタル・ポリューション(Environmental Pollution)の出版と4月17日のオンライン版で発表された研究の主著者であるエリック・モンティは、ウッズ・ホール海洋学研究所(Woods Hole Oceanographic Institution)のポストドクター研究員として、同研究所(WHOI)とマサチューセッツ工科大学(MIT)の共同の海洋学及び海洋工学に関する大学院生プログラムでこの研究を実施した。

 共著者であり、WHOI 海洋化学及び地球化学部門の準科学者クリス・レディは、”この研究は今まで調べられていなかった動物にどのように影響を及ぼすかについてエリックが我々に大きな識見を与える”と述べた。

 この研究はWHOI生物学部門のレディとマーク・ハーンの研究室との共同の取り組みであり、モンティは同研究所及びカナダ環境省ロバート・レッチャーのポストドクター研究員ある。モンティはオタワのカナダ環境省に行き、170種以上の異なる汚染物質とそれらの代謝物を抽出し、定量化する骨の折れる技術を習得した。彼はその手法を WHOI に持ち帰り、レディの研究室で分析を実施した。レディは、その手法は極めて過酷であると述べ、”これはツールハウス・クッキー(訳注:アメリカのチョコレート・チップ・クッキー)を作っているのではない。エリックがそのようにスムーズに抽出したという事実は、彼がこれをオタワから遠く離れた場所で自分でやっということを考えると驚くべきことである”と説明した。

 モンティは、マサセセッチュ州ケープコッド近くの浜に打ち上げられた11頭のイルカ(cetaceans )と1頭のアザラシ(gray seal)の脳脊髄液と小脳の灰白質(gray matter)の両方を分析した。彼の分析は環境監視団体がダーティ・ダーズン呼ぶ化学物質の多く、特に、人の健康に有害であるために1970年代に禁止されたにもかかわらず、現在もいたるところに存在する(ubiquitous)農薬などを含んでいる。しかし、モンティの研究は分析された汚染物質の範囲の中でさらに先を行った。そして汚染物質の多くは害の少ないものであった。

 調査された化学物質は、発がん性や生殖毒性を持つことが示されるDDTのような農薬や、甲状腺ホルモン系をかく乱することが知られている神経毒素であるPCB類を含んでいる。この調査はまた、運動能力と認識力の発達を阻害する神経毒素であるポリ臭化ジフェニールエーテル類(PBDEs)(難燃剤)の濃度を定量化した。この研究は、海洋動物の脳内の PBDEs の濃度を初めて定量化したものである。

 その結果は、ひとつの汚染物質の濃度が驚くほど高かいことを明らかにした。モンンティによれば、”最大の警鐘は我々が、アザラシの脳脊髄液中に ppm オーダーの濃度の水酸化PCB類を発見したことである。それは私にとって非常に気にかかることである。ふつうは脳内に ppm レベルのものなど見ることはほとんどない”。

 これらの高レベルの濃度で見つかる特別の水酸化 PCB である 4-OH-CB107 は、深刻な副作用をもたらす。ラットではトランスサイレチンと呼ばれるキャリアタンパク質に選択的に結合するが、それは動物の脳脊髄液中に豊富に見出される。このたんぱく質は、その正確な役割は不明であるが、脳内いたるところに甲状腺ホルモンを運ぶ役割を果たす。甲状腺ホルモンは脳の発達とともに、知覚機能、特に聴覚について重要な役割を果たす。聴力を損なわれることはイルカにとって大変な影響を与えるが、それはモンティーが指摘するように、”これらの動物は、情報交換をするために、また食物を見つけて捕食するためにの重要な感覚として、その聴力に依存する”。

 モンティは、これらの化学物質が海洋動物の健康にどのように影響を及ぼすかということをさらに調べることを計画している。今年の夏、モンティ、マン、及びマンディ・クック博士(ポートランド大学)は米海洋大気局(NOAA)からの科学者らと提携してジョージア州のスーパーファンド・サイト(訳注:土壌汚染サイト)近くに住むイルカの聴力をテストし、周囲の汚染物質の濃度が著しく低い場所のイルカと比較する予定である。モンティはまた、カリフォルニア州サウサリートの海洋動物センターのディレクター、フランシス・グラントと協力して、クロアシカ(California sea lion)のPCB類への暴露が、”赤潮”に関連して自然に生成される神経毒性であるドウモイ酸(訳注:記憶喪失性貝毒)への感受性をいかに増大させるかを検証した。

 モンティと彼の同僚の仕事は、環境汚染物質が海洋動物の中枢神経系にいかに影響を及ぼすかの理解のための基礎を築くものである。モンティはこの仕事を神経生態毒性(neuro-ecotoxicology)とでも呼ぶような新たな研究領域の前線とみている。長年、この領域の研究の大部分は、海洋汚染物質がいかに動物の免疫系又はホルモン系に影響を与えるかに焦点を当ててきた。モンディ、レディ、ハーン、及び彼等の共著者らは、海洋で常に増え続ける汚染物質が海洋生物の神経学的発達にいかに影響を与えるかについてのより深い疑問を提起するツールを提供するものである。

 そして、モンティはこの新たな神経生態毒性の領域がどのような結果を生み出すことを期待しているのか? ”我々が野生生物を見ているその先に何があるのか実際にはわからないと私は思う”。

 この研究は、WHOI海洋生物研究所、WHOI海洋政策センター、ウォルター A. 及びホープ・ノエス・スミス、及び EPA STAR フェローシップとともに実施された。補足資金は、下記から提供された。the Natural Science and Engineering Research Council (NSERC) of Canada (to Robert Letcher), David Mann at the College of Marine Science, University of South Florida, and a NOAA Oceans and Human Health postdoctoral traineeship provided by Jonna Mazet (UC Davis Wildlife Health Center), Kathi Lefebvre (Northwest Fisheries Science Center), and Frances Gulland (The Marine Mammal Center).


訳注:関連情報




化学物質問題市民研究会
トップページに戻る