Science News Online 2007年1月20日
ホルメシス:直感的ではない毒性
科学者ら 低用量での毒性影響は予測できないことをますます認識

(概要の紹介)

情報源:Sience News Online - January 20, 2007
Counterintuitive Toxicity
Increasingly, scientists are finding that they can't predict a poison's low-dose effects
Janet Raloff
http://www.sciencenews.org/articles/20070120/bob8.asp

概要紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2007年1月21日

 Science News Online 2007年1月20日の”ホルメシス”に関する記事の概要を紹介します。
 ホルメシスはマサチューセッツ大学の研究者、エドワード・キャラブレスらが唱える−高用量で有害影響を持つ化学物質は低用量では有益な影響を持つことができる−というものです。したがって、低用量で有益なら厳格な浄化基準を実施する必要はないのだから健康基準は緩和することができることを意味すると主張しています。
 このホルメシスについては、ジョーン・ピータソン・マイヤーズやNIEHSのサイヤーらが”ホルメシスは欠陥のある理論”として批判しています(訳注1)。
 また、参考資料として、レイチェルニュースから「”毒は用量次第”というパラケルススの法則を改める」(訳注2)を末尾で紹介します。


サイエンス・ニュース・オンライン 2007年1月20日
直感的ではない毒性
科学者ら 低用量での毒性影響は予測できないことをますます認識
(概要の紹介)

  • 数十年間、研究者らは、毒性影響は用量が大きくなれば増加し、用量が小さくなれば減少するということを前提にしていた。しかし、放射線又は有害化学物質の低用量暴露における従来予測できなかった影響ーある時には反比例的に有害な影響、ある時には有益な影響−についての報告が増大している。

  • ドイツの研究者のチームは最近、DEHP(プラスチック可塑剤として使用されており環境中のいたるところで見いだされるフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)について、最も低い用量ではラット新生児に対しオスの発達に重要な酵素の活性を抑制するが、もっと高い用量ではそのようことは起きないことを見いだした。

  • この研究を Oct. 29, 2006 Toxicology に発表したベルリンの シャリテ大学(Charite University) 医学部のアンダーソン・アンドレイドは、もしほとんどの毒物学者ら行うように高用量のテストから低用量の影響を予測するという手法をとっていれば、この低用量における酵素の活性抑制を見逃したであろうと述べている。

  • 予測できなかった有益な影響を与える例として、発がん性が認められれているエックス線とガンマ線の照射がある。CTスキャン100回分に相当する1グレイの暴露は生涯のがんの発生を5%高めるが、動物においては、より低い照射はがんを誘発する生物学的変化を抑制することを示している。

  • ”高用量の暴露を受けた時にダメージを受けないよう低用量時にある種の防御メカニズムを刺激するもので概念的にはワクチンに似ている”とカリフォルニア大学の生物学者レスリー・レッドパースは述べている。

  • 毒性を示さなくなるレベルが分ると研究者らは生物学的な影響の探求を止めてしまったので、そのような影響の多くは見過ごされてきた−とマサチューセッツ大学の毒物学者エドワード・キャラブレスは述べている。毒物は高用量及び低用量において、ホルモンの放出の引き金、遺伝子発現のオンオフ、細胞成長の刺激など様々な影響を持つことがあり得る。キャラブレスは、同じ低用量の化学物質でもある場合には有益な影響を、他の場合には有害な影響を与えることを見てきたと述べた。

  • 規制当局は、有害影響が認められなくなったレベル以下で化学物質の評価を科学者が実施することを求めていない。この用量は”無毒性量”(no observed adverse effect level / NOAEL)と呼ばれている。

  • キャラブレスは”無毒性量”以下で起きる生物学的な影響に目を向けるよう過去15年間唱えてきた。それらには、U型曲線のような非線形影響を含む。非線形影響のひとつは、高用量ではある生物学的プロセスでは抑制的で一般的には有害影響を持つが、低用量では反対の影響を持つホルメシスと呼ばれるものである。キャラブレスはこのホルメシスという用語をほとんどの非線形の低用量影響を意味する言葉として使用している。

  • 放射線は、狭い定義におけるホルメシスの最もよい例を示している。レッドパースは0.1グレイを越えない放射線暴露を受けた細胞は、もっと高い照射を受けたか又は全く照射を受けなかった場合に比べて腫瘍の生成が少ないようであると報告している。

  • キャラブレスのチームは、化学的毒性の無毒性量(NOAEL)以下での生物学的影響を報告した数百の毒物学論文をレビューした。論文の約5%だけであったが彼はこれらの影響をホルメシスの例であるとした。残りの論文は不可解な現象又は非線形毒性のある種のタイプであると記述していた。

  • キャラブレスは、低用量における測定可能な生物学的影響は異常なものより正常なものの方が多いと述べている。

  • 無毒性量(NOAEL)のない汚染物質は低用量では非線形影響を持つかもしれないとロチェスター大学医科歯科校のバーナード・ワイスは指摘している。例えば、子どもの知能(IQ)は、血中の鉛濃度が10μg/dLを越えると1μg/dL当たりの知能(IQ)低下は増大する。ワイスは高用量での測定に基づく低用量での有害性の推定は間違いのもとになると結論付けている。

  • 10年前とは大きく異なって、今日、ほとんどの毒物学者らはホルメシスが起きることには同意しているが、ある人々はキャラブレスや彼の研究チームはその頻度について誇張し過ぎていると主張している。この論争の主要な点はホルメシスという言葉の使い方の相違に関係している。

  • 米国立環境健康科学研究所(NIEHS)のクリスチーナ・サイヤーは非線形低用量反応がしばしば起きることについては全くその通りであると信じているが、キャラブレスは不必要に低用量影響が有益であるとしている−と述べている。プラスチック製造に使用されるホルモン様作用を持つビスフェノールAに関する彼女の研究は、アンドレイドがフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)で見いだしたのと同じように、低用量での有害影響をを示している。

  • キャラブレスは、低用量での有益な生物学的影響を示す有毒物質の中に有効な医薬品として使用できるものがあると見ている。例えば市販されているどのような抗アルツハイマー病薬品もホルメシスの作用によるものであると述べている。

  • 医学的応用だけでなく、低用量暴露での研究から集められた情報は化学物質の規制を微調整することに役に立つかもしれない。科学者らは多くの汚染物質が低用量では仮定されているほど有害ではないことを見いだすであろうとキャラブレスは述べている。

  • ”なぜ産業界がホルメシスを好むのか想像できる”とワイスは述べている。それは規制が要求してきたほどに化学物質汚染の徹底的な浄化は必要がないかも知れないということを示唆している。

  • キャラブレスは、もし微量の汚染物質が以前に示唆されていたほど危険ではないなら、ある規制が過度に厳格でないかどうかを調査したらどうかと述べている。

  • コネティカット州のエール医学校の毒物学者ジョナサン・ボラックは、ホルメシス又はその他の非線形低用量影響が現在の規制や健康政策を変更するほどに実際的に妥当であるとするには早すぎるということに同意している。私はホルメシスが事実であると信じるが、それを実証することは基本的に難しく費用のかかることである。比較的小さな低用量影響の研究コストは通常の4倍かかるとし、”今日ほとんど誰もこれらについての研究を行わないのは実際的及び経済的な理由である”とボラックは述べている


訳注1:ホルメシス批判
訳注2:パラケルススの法則


化学物質問題市民研究会
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