Our Stolen Future (OSF)による解説 2005年6月15日
公衆の健康政策決定のためのホルミシスは基本的に欠陥がある
米国立環境健康科学研究所サイヤーら

Environmental Health Perspectives, in press. Online 15 June 2005 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science
Fundamental Flaws of Hormesis for Public Health Decisions
オリジナル論文:Environmental Health Perspectives, in press. Online 15 June 2005
Fundamental Flaws of Hormesis for Public Health Decisions
Kristina A. Thayer, Ronald Melnick, Kathy Burns, Devra Davis, and James Huff

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年10月1日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/05_09_osf_hormesis.html



 アメリカ国立環境健康科学研究所(US National Institute of Environmental Health Sciences)の科学ジャーナルで発表されたピア・レビューの論評で、政府、学会、及び独立系研究所の5人の科学者が、公衆健康基準を緩めることを正当化するために”ホルミシス”が使われるべきとする提案に異議を唱えている。

ホルミシスとは何か?

 ホルミシスは”J形”用量反応曲線を意味する用語である。例えば、グラフにおいて用量が0から右方向に増大すると反応(赤)は最初は抑制されて曝露がない場合のレベル(青ライン)以下に下がる。用量が最低の反応が見られる点(M)を超えると、反応は上昇する。

 数学的には、ホルメティック反応は非単調用量反応曲線と呼ばれるものの一種であり、曲線の勾配の符号が変化して方向を反転させる。M点以下では勾配は負であり、M点を越えると勾配は正となる。

 一連の論文でエドワード・キャラブレスと共著者らは、ホルミシスは広く適応できる刺激反応であると主張している。例えば、高用量ダイオキシンは腫瘍の数を増やすが、キャラブレスはダイオキシンへの低用量曝露は腫瘍を抑制することを示すデータを引用している。

 論文中で、キャラブレスは、”ホルメティック現象は、ホメオスタシス(訳注:生物体が体内環境を一定範囲に保つはたらき)の再確立と維持という脈絡において定義可能な範囲内で資源配分を注意深く規制する共通で発展的な戦略である”とまで思索的に述べている。
 ホルミシスは、低レベル曝露に対する有益な結果をもたらす適応性のある反応であるとして提案されている。例えば、生物体は低用量の汚染物質によって免疫系が刺激を受けて、その結果、より高い用量の曝露に”備える”ことができる。

 この解釈はホルミシスの主要な提唱者である二人、エドワード・キャラブレスとリンダ・ボールドウィンによって、曝露基準が厳し過ぎてかつ金がかかるだけでなく、もしその曝露基準を満たすなら低用量曝露の有益な影響を妨げることになるので、有害性をもたらすという主張のために用いられている。その主張を支えるために用いられている論理とデータの論文についてサイヤーらは評価し、その根拠の欠陥を明らかにし、ホルミシスを用いて公衆健康基準を緩和すると健康リスクが増大するということを実証している。

 サイヤーらは、ホルミシスの概念に基づき安全基準を緩和すべしとするキャラブレスの勧告について5つの主要な批判を提示している。
  1. サイヤーらは、ホルミシスの概念は多くが経験的観察−JJ形用量反応曲線の事例収集−にもとづいており、その作用の基礎をなすメカニズムを適切に考察していないとしている。”ホルメティック反応の基礎を成すメカニズムを理解せずに、ホルミシスが一様に適応できる現象であると結論付けることは適切ではない”。非単調な用量反応曲線のひとつの系統のメカニズムが徹底的に精査されたが、その詳細は有益な影響との調和がなかった。
     キャラブレスらが”ホルメティック”であるとみなしている反応のほとんどは、実際には有益であるという実証がほとんどなされていなかった。そして、実証されたものの中に、同時に起こる有害かもしれない他の反応システムを彼らはほとんど検証していなかった。
     彼らの論理はひとつの評価項目に関する有益な影響を持つわずかな事例から、他のものもまた有益であると仮定しつつ、全てのJ形反応曲線を推定することである。刺激が有害かもしれないという可能性については彼らの論文ではほとんど検討されていない。実際には刺激の有害影響の事例はたくさんあり、例えば細胞増殖などである。
     サイヤーらは、キャラブレスとボールドウィンによって発表されたひとつのホルミシスの事例:カドミウムへの低用量曝露によるラットの精巣腫瘍の抑制を詳細に分析した。彼らは2つの欠陥を見出している。第一に、減少は統計的に有意ではない。第二に、同一の用量範囲においてカドミウムは同一研究中で前立腺腫瘍の統計的に有意な増加を引き起こしている。
     サイヤーらが要約しているように、ヒトにおけるカドミウムの疫学的調査は一般集団に対し現在の曝露レベルにおいていくいつかの有害影響との関連性を示している。彼らは次のように結論付けている。”これら全ての結果を検討すると、環境中のカドミウムのより高いレベルが一般集団に対し全体的な健康利益をもたらすことはありそうにない”。このように、ひとつのホルメティック反応をカドミウム規制の緩和正当化のために使用することは明らかに問題がある。

  2. キャラブレスらは低用量刺激が有益又は有害のどちらでもありえるということを認めているが、彼らの論文の中で有益な影響のみを強調し、規制緩和を正当化するために利用されるべきと主張している。例えば、”したがってホルミシスの容認は難しいであろう。なぜなら、当局機関は有毒物質、最も有毒なもの(例えばカドミウム、鉛、水銀、ダイオキシン、PCB類など)でさえ低用量で有益な影響をもたらすことができるという可能性(実際には見込み)を容認する必要があるからである”。

  3. 一般的には汚染物質はひとつより多くの影響を持っている。もし低用量でひとつの有益な刺激が得られたとしても、政策提言は有益ではない他の影響も考慮しなくてはならない。

  4. たとえひとつの影響だけがある場合でも、そしてそれが有益であったとしても、個人の曝露に対する反応は異なり、したがってある人に有益な曝露範囲でも他の人には有害かもしれない。

  5. ひとつの汚染物質への暴露がそれだけで独立して起こることはない。ホルメティック曝露の有益影響を導入しようとするどのような政策提言も、同様なメカニズムを通じて作用する関連化合物への低用量曝露がしばしば同時に起きているという現実に目を向ける必要がある。ラジャバスケらによって示されたように、これらの混合物はシステム反応を劇的に変えることがありえる。
 サイヤーらは、もっと詳細な一連の批判を行っている。例えば、共通のホルメティック反応がどのようなものかを確立する努力の中で、キャラブレスとボールドウィンは、ホルメティック・パターンであると判断した用量反応曲線を有する毒物学論文を調査している。彼らは多くを見出しているが、彼らのホルメティック反応を特定する基準は、低用量刺激反応がコントロール曝露と有意に異なるべきということを求めていない。したがって、彼らのホルミシスの発生頻度の見積りは事実上水増しされている。

サイヤーらの結論は何か?

 ホルメテック効果はいくつかの例で起きるかもしれないが、有毒性、変異原性、催奇性、そして発がん性のある化学物質への曝露がたとえ低くても一般大衆にリスクがなく健康利益を与えるということは全くまれである。多くの有害影響をもつ化学物質をその危険性を無視して”有益”であるように描くことは無責任であり、完全で客観的な事実を示していない。

編集者注
 サイヤーらによって提起されていないひとつの問題点は研究資金のことである。キャラブレスはホルミシスについての研究に、かなりの資金を通じて国防省から支援されている。たとえば2003年の記録によれば、空軍がキャラブレスの研究支援のために170,000ドル(訳1,900万円)を提供している。空軍は現在、空軍基地での過塩素系エステルトリクロロエチレンの汚染に関し二つの非常に大きな論争に巻き込まれているが、それは国防省に大きな経済的影響を及ぼす可能性がある。

 キャラブレスらがこの資金提供の結果、研究を歪めたという証拠はないが、彼らの文献の主な調査が統計的な有意さに基づく基準を用いていないことは不適切である。一方、彼らの研究を政策提言にまとめるやり方には明らかに偏向がある。まず簡単に低用量刺激の有害影響を認めるが、それからホルメティック概念を規制に適用することを主張するというやり方で基準をより緩和する方向に導く。

 毒物学的論文に関する最近のふたつの調査は資金供与源が研究結果に非常に強く影響を与えるということを示している。カエルの発達に与えるアトラジンンの影響に関する研究、及び、ビスフェノールAの低用量影響に関する研究においては、研究結果に強い経済的利害を持つところからの資金供与はその研究結果が都合が良い方向に強くバイアスをかけている。同様なことがホルミシス研究において起きているかどうか調査中である。


化学物質問題市民研究会
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