レイチェル・ニュース #754
2002年10月17日
パラケルススの法則に立ち戻る
(環境ホルモンは”個体差、混合、暴露時期”が問題)

ピーター・モンターギュ
#754 - Paracelsus Revisited, October 17, 2002
By Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/5579

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2002年11月10日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_02/rehw_754.html


 レイチェルニュース#750〜#753に引き続き、ホルモンかく乱化学物質についての話を続ける。
 国立健康研究所の月刊誌である『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』の過去2年間の記事を検証して分かったことは何であろうか?

 それは、環境中に放出された産業化学物質が植物及び人間を含む動物のホルモン系をかく乱することがあるという20年前の発見によって、従来の毒物学は根底から覆されたということである。

 450年以上にわたって毒物学者たちは15世紀のパラケルスス(訳注:スイスの医学者・錬金術士)の ”毒は用量次第 (The dose makes the poison.)” [1] という言葉を信じてきた。パラケルススの言葉の意味は、 ”用量が多ければどのようなものも有毒である” ということであり、逆にいえば ”毒性が高いものでも低用量なら無害である” ということである。この2つの考えは、 ”用量が多いほど毒性が高い” という考えを導いた。
 これらの考え方は、毎年数十億トンの生物学的に活性な、すなわち、生態に影響を与える化学物質を環境中に放出することを正当化するために利用されてきたが、それはこれらの物質が環境中に放出されても大気や水により、安全と考えられるレベルまで希釈されるからというものであった。

感受性は個体によって違う
 このような主張は、ある人には”安全”な用量でも他の人には必ずしも安全な用量ではないという事実の下で、常に半信半疑なものとして議論されてきた。
 医師達は、幾世紀にわたる経験から、人間および動物は病気になるかどうか、あるいはその程度について、それぞれの個体により非常に異なるということを理解している。
 12世紀の偉大な医師であり哲学者でもあったモーゼス・マイモニデスは1190年に、「病気の原因について考える時、最も重要な要素は個々人の体質である。従って疫病が流行っても全ての人が死ぬわけではない」と述べている[2] 。ある人は他の人に比べて病原菌や毒物に対して抵抗力がある。

 誰でもが、病原菌や化学物質に対する感受性が固体によって異なるという、この単純な事実を認めている。予防接種によって病気になる人もいるが、多くの人はそうではない。店の洗剤売り場を通ると、空気中に漂う芳香性化学物質にひどく反応する人もいる。これら少数の人々は咳き込んだり、発疹が出たりするが、多くの人はそうはならない。
 有名な医師であるサー、ウィリアム・オスラーは1903年に、「多様性は生物の法則でる。同じ2つの顔も、同じ2つの身体も存在しない。また病気という異常時に、同じように反応する2つの固体も存在しない」と述べた[3] 。言い換えれば、ある人にとっては食物でも、他の人にとっては毒かもしれないということである。

 従って、パラケルススの言葉は実際には、 ”毒は用量次第。しかし、個体差がある” と言い換える必要がある。

 産業化学物質の環境への排出を正当化しようとした ”毒は用量次第” という言葉は、1950年代にDDTが食物連鎖により鳥類やその他の生物に蓄積するという事実が発見されて、さらに弱まった。間もなく、生体蓄積は一般的な現象であるということが分かってきた。すなわち、脂溶性の化学物質は食物連鎖を通じて、上位の生物、例えば大きな魚、大きな鳥、熊、そして人間の体内に高濃度で蓄積される[4]。
 食物連鎖の最上位にいる人間は、新生児が母乳でうすめられた産業化学物質溶液を飲むことから生の営みを開始する。(新生児にとって母乳が最もよいという点は変わらない。しかし、生の営みの開始に当たって、今日の全ての子ども達がしているように、塩素系溶剤や農薬でうすめられた食物をとることから始めることで、将来、問題が起きないのであろうか?)

混合効果
 従来、 ”毒は用量次第” という言葉は、単独の毒物について使われてきた。それは、毒物学者達が複数の毒物の混合効果についてほとんど研究していなかったからである。
 デービッド.O.カーペンターが今年始めに『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』に次のように書いている。
 「生態系への化学物質の影響に関するほとんどの研究では、同時に作用する化学物質は1つということをベースとしている。しかし、現実の世界では、人々が曝されているのは単独の化学物質ではなく、複数の化学物質の混合である。多くの物質は全体としてそれぞれが独立した働きをするであろうが、多くの場合、2つの物質が同じ場所で同時に、相加的にあるいは非相加的に作用する。もし、2つの物質が、それぞれ異なるが関連する目標に対して作用すると、より複雑な相互作用が起こるかもしれない。極端な場合には、相乗効果が働き、それぞれの物質単独の作用の和よりも大きな作用が働くことがある。
 実際、ほとんどの人々は、1つや2つの化学物質ではなく、もっと多くの化学物質に暴露している。従って混合化学物質の影響は非常に複雑であり、化学物質の組成によって異なってくる。この複雑さが、混合についての研究が行われなかったことの主な理由である」。〔EHP Vol. 110 Supplement 1 (February, 2002) pgs. 25-42〕

 我々は毎日、化学物質の混合に曝されているので、混合物の毒性は、人々の健康にとって重要な問題である。化学物質の個々の用量はわずかでも、それらが一緒になると問題となってくるので、 ”毒も用量次第” という言葉は現実を正しく述べておらず、我々を危険な道に陥れることになるかもしれない。

環境健康展望に発表された2つの研究
 最近刊行された『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』に掲載された2つの研究が、これらの点について検証している。

 第1の研究は、4つの有機塩素系化学物質の混合物(農薬リンデン、2種類の農薬DDT、DDTの分解物質であるDDE)に関するものである。
 これら個々の化学物質は、人間の乳房細胞でのテストで女性ホルモン、エストロゲンに似た作用をすることが知られている。研究者達は、これら4つの化学物質について、それぞれのエストロゲン作用が現れない程度に低い濃度で混合したものが、エストロゲン作用を持つかどうかを検証した。言い換えれば、低用量の4つの化学物質を混ぜ合わせるとエストロゲン作用をもつ用量になるかどうかということである。
 テストの結果、これら4つの低用量の化学物質は疑いなくエストロゲン作用をもつ用量になった。これは非常に重要な発見である。なぜなら、食物や水に存在する個々には ”無害な低レベル” の化学物質も、環境中に存在する他の ”無害な低レベル” の化学物質と一緒になると、”危険なレベル”の用量になるということを意味するからである。[EHP Vol. 109, No. 4 (April, 2001), pgs. 391-397]

 同様に、第2の研究も4つの化学物質の混合効果について検証した研究であるが、著者はこの研究を行った理由として、「エストロゲン物質の混合による影響についての評価は、世界中の多くの政府機関及び研究機関にとって緊急の課題であるから」と述べている。(このことをニューヨークタイムズ紙に知らせる必要がある。レイチェル・ニュース#750参照)
 アンドレアス・コーテンカンプ等は、女性ホルモン、エストロゲン様の作用を持つ4つの化学物質の混合物(DDT、ゲニステイン、及び2つのアルキルフェノール(4-N-オクトフェノール及び4-ノニルフェノール)について研究した。
 実際に、4つの化学物質は混合効果を示した。混合化学物質の影響は、それぞれ単独の化学物質が持つ影響より大きかった。
 研究者らは、非常に低レベルの4つの化学物質が一緒になると、一見無視できそうな低レベルの異種エストロゲン(エストロゲン様の作用をする産業化学物質)も、混合物として重大なエストロゲン効果を生成するようになるという事実を発見した。[EHP Vol. 108, No. 10 (October 2000), pgs. 983-987]

 このように、”無害”な量の化学物質の混合物は、健康にとって非常に重大なことである。従って、パラケルススの ”毒は用量次第 ” という言葉は ”毒は混合物の用量次第。しかし、個体差がある” と改めなくてはならない。

 残念ながら、混合物の潜在的影響力を評価することは、非常に複雑で難しいことである。我々がとりあえず懸念の対象としたのは100足らずの化学物質であるが、その100の化学物質の中から、4つの化学物質の組み合わせとして、可能性のある全てについて評価したいと考えている。
 これは簡単なことだと思っていたが、100の中から4つの組み合わせを取り出すと組み合わせの種類は390万あることがわかった。
 現実の世界では、約80,000種の化学物質が使用されているのだから、懸念の対象となる化学物質はもちろん100種をはるかに超える。

曝露時期が問題
 しかし、新たな発見により、古い ”毒も用量次第” の教えはさらに凌駕されていく。多くのホルモンは、生命発達のほんの短い期間だけ作用する。化学物質がホルモンをかく乱するかどうかをテストするためには、そのホルモンが作用する特定の時期にテストしなくてはならない。
 これについては最近刊行された『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』に掲載されたビスフェノールAに関する研究が解き明かしている。

 ビスフェノールAは、清涼飲料水の容器などにも使用されているポリカオボネート・プラスチックの製造に広く使用されている。ビスフェノールAは、また、歯の詰め物や缶詰容器のスズのライニングなどにも使用されている。これらを汚染源として数億人の人々が、その危険を十分知らないままに、低レベルのビスフェノールAに暴露している。
 ビスフェノールAは、”弱いエストロゲン作用”を持つ、すなわち、女性ホルモンの様に作用するが、純粋のエストロゲンに比べると10,000分の1以下の効能である。
 それは”弱いエストロゲン作用”なので、多くの毒物学者達は、ビスフェノールAに数億人の人々が暴露しても安全であり、人々が知らされずに暴露したとしても、倫理的に許容されるとみなしてきた。

 『環境健康展望 ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES (EHP)』に掲載された研究によれば、ビスフェノールAは、特に出産時期に近いマウスに影響を与えることがわかった。出産時期に近い妊娠したマウスに低レベルのビスフェノールAを暴露すると、その子孫は若いうちに過大な体重になり、その後生涯を通じて過大な体重を保ち続ける。成長後のマウスにビスフェノールAを暴露してもこのようなことは起こらない。
 またこの研究で、ビスフェノールAでは、パラケルススの言葉とは逆に、低用量の方が高用量の場合よりも影響が大きいことがわかった。(詳細については次号#755を参照のこと)
 著者らは、彼らの ビスフェノールAに関する研究結果により、現状のビスフェノールAに対する暴露許容量について見直す必要があると述べている。 〔EHP Vol. 109, No. 7 (July 2001), pgs. 675-680〕

  ビスフェノールAの研究は、化学物質は生物のある特殊な時期においては低レベルで毒性を持つかもしれないという問題を提起した。このことは、産業有毒物質から人々の健康を守るために行う必要なテストをさらに複雑なものにすることになる。

 従って、パラケルススの ”毒は用量次第 ” という言葉は ”毒は混合物の用量次第。しかし、個体差があり、発達の時期による” と改めなくてはならない。

次回に続く
ピーター・モンターギュ

(訳注:小見出しは訳者)

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[1] Paracelsus wrote, "Alle Ding sind Gift und nichts ohn Gift; alein die Dosis macht das ein Ding kein Gift ist [all things are poison and not without poison; only the dose makes a thing not a poison]. See http://www.academicpress.com/pesttox/pdf/krieger_HPT2_foreward.pdf

[2] F. Rosner and S. Munter, editors, THE MEDICAL APHORISMS OF MOSES MAIMONIDES, Vol. 1, Treatise 3 (New York: Yeshiva University Press, 1970), pg. 71.

[3] William Osler, "On the educational value of the medical society," BOSTON MEDICAL AND SURGICAL JOURNAL Vol. 148 (1903), pgs. 275-279.

[4] See, for example, http://ace.ace.orst.edu/info/extoxnet/tibs/bioaccum.htm



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