SLATE 2021年5月14日
極右に称賛される終末の精子理論
男性の生殖能力が低下しているという考えは科学を装った古い神話である
アレキサンダー・ボルサ、マリオン・ブシコー、
メレディス・レイチェス、サラ S. リチャードソン
情報源:SLATE May 14 2021

The Doomsday Sperm Theory Embraced by the Far Right
The idea that male fertility is on the decline is an old myth dressed up as science.
BY ALEXANDER BORSA, MARION BOULICAULT,
MEREDITH REICHES, AND SARAH S. RICHARDSON
https://slate.com/technology/2021/05/sperm-counts-
decline-fertility-science-white-nationalism.html


訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2021年5月31日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/USA/210514_SLATE_
The_Doomsday_Sperm_Theory_Embraced_by_the_Far_Right.html




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Photo illustration by Slate. Images by Rost-9D/iStock/Getty Images Plus and katrink03/iStock/Getty Images Plus.
 近年の記事の見出しによると、人類は深刻な生殖の危険にさらされている。一部の科学者は、世界中の男性の精子数が急落しており、西洋人男性は 2045年までに完全な不妊に近づいていると述べている。有色人種が白人集団に”取って代わろう”としているのを恐れる極右の”大代替(Great Replacement)”の理論家らは、嬉々としてこの研究をとり上げている。

 これはすべて、北米、西ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドの男性の精子数が 1970 年代以降、約 50% 減少したと主張するヒューマン・リプロダクション・アップデート誌に 2017 年に発表された論文に端を発している(訳注1)。今年の 2 月、その論文の著者であるシャナ・スワンは、『カウント ダウン』というタイトルの本を出版した (訳注2)。この本では、この現象が私たちの将来にとって何を意味するかを詳しく説明している。長い副題「現代世界がどのように精子数を脅かし、男性と女性の生殖発達を変化させ、人類の未来を危うくするか」は、事態が本当に悪化する可能性があることを示唆している。しかし我々ハーバード大学 GenderSci Lab では、終末の予測を正当化するのに十分な証拠はないと考えている。(訳注:“The future of sperm: a biovariability framework for understanding global sperm count trends” 尚、本記事の著者らは GenderSci Lab の論文の共著者である。)その理由は、精子数が激減するという最初の発見は、疑わしい仮定に基づいているためである。

 まず、精子数の減少という想定される問題によって実際に影響を受けるのは誰かについて話そう。スワンと彼女の同僚らは、論文のために 1973 年から 2011 年の間に発表された他の研究で記録された精子数を調べた。彼らは集団の精子数に関する比較的限定的な歴史的データを二つの大きなカテゴリー「西洋(Western)」及び「その他(Other)」に分類した。すなわち米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド (白人が多い地域) を「西洋」と分類し、褐色の人、黒人、アジア人が過半数を占める他のすべての国を「その他」のカテゴリにまとめた。研究者たちは、人類学者や心理学者らが世界中の集団を比較する際に行ってきたように、白人という言葉を使わずに、我々が対象とすべき男性は白人男性であるという暗黙の前提の下に、実際、白人男性の精子数が減少しているため、”人類の未来”が危機に瀕しているとした。このように組み立てられた彼らの結論は、厄介な形で世界に漏れ出した。白人至上主義者ら(White nationalists )や、いわゆる男性の権利活動家ら(men’s rights activists)は、「西洋」の精子の減少に警鐘を鳴らしている。 4chan や Reddit などのオンライン・フォーラムで男たちは、人種差別されている他者、特に移民や黒人に追いつくほどのペースで白人が生殖を行っていないことを懸念している。あるコメントが述べているように、”人間は、「間違った男性」に生殖を許すことで「自分自身を破滅させた”のである。

 しかし、これは世間の常識を超えるものである。精子数の歴史的傾向の分析で白人が多数を占める国だけに注目すると、実際に何が減少を引き起こしているのか、そしてその減少が誰に起こっているのかを分析することが難しくなる。 「西洋」と「その他」は、精子数に影響を与える可能性が最も高い要因を捉えることができないため、効果のない科学的カテゴリーである。たとえば、汚染物質、特に日常のプラスチックに含まれる化学物質が、精子減少の原因である可能性が最も高いという仮説が立てられている。しかし、「その他」の男性は、「西洋」の男性と同じように、これらの化学物質にさらされる可能性が高い。すなわちプラスチック、有害な汚染、および農薬は、裕福な国と同様に、時にはそれ以上に、低所得国及び中所得国に集中している。 もし科学者が「西洋」か「その他」の国ではなく、「高公害」地域か「低公害」地域を分析のカテゴリーとして使用することを選択した場合、結果がどのようになっていたかはわからない。おそらく、この研究では、特定の種類またはレベルの汚染にさらされた男性の間でのみ減少が見られたであろう。

 そして、「西洋」の男性であっても、まったく問題がない可能性がある。 「西洋」諸国の精子数は確かに数十年にわたって減少している可能性があるが、研究に含まれる最新のデータである 2011 年には、不妊症の閾値をはるかに上回っていた。男性が精子で溢れている方が良いのは直感的かもしれないが、歴史的に「少ない」精子数は、人類の「西洋」の部分でさえ問題になっていない可能性がある。実際、これらの「低い」精子数は、1970 年代の「その他」の国の数とそれほど違いはなかった。また、不吉な要因によって精子数がこれまでになく減少しているということも本当かどうか明らかではない。世界中の一部の男性で平均精子数の減少が見られたとしても、それは我々が、Human Fertility 誌に掲載された新しい論文の中で十分に論拠を示したように、精子数の正常な変動の結果である可能性がある。精子減少理論は、1970 年代の「西洋」の精子数が最適値であり、それを基準に減少しており、この減少を修正する必要があると仮定している。

 しかし、これらの仮定のいずれかを支持する証拠はゼロである。実際、広い地球の特定の範囲で、男性の生殖能力を体系的に低下させるものがあるとしたら、それは驚くべきことである。精子の数は、テストステロン(男性ホルモンのひとつ)やプロゲステロン(女性ホルモンのひとつ)のレベルなどの生殖機能の他の測定値と同様に、病状なしに個人、期間、地理的位置によって大きく異なる可能性が高い。正常な変化と病的な変化のケースを区別し、世界のすべての地域の男性の健康と生殖能力を正当化するために、研究者らは、長期的な原因である可能性が高い環境的またはその他の局所的要因を特定する必要がある。人間の精子数の傾向を分析し、この目的のために特別に作成された厳密な研究デザインを通じてそれらを追跡する。世界の男性を人種化された「私たち」と「その他」に分けてこの問題にアプローチし、結果として得られたデータを使用して原因と結果について大雑把に説明することは、単純にあやふやな科学であると言わざるを得ない。

 そもそも、これらの非科学的なカテゴリーや仮定はどのようにして研究に取り入れられたのであろうか? 欧米の白人男性が去勢され消滅の危機に瀕しているという物語は、白人至上主義者の言説に深く根ざしている。これは、白人男性が誰にも負けない力を持っていたという過去のノスタルジックな文化的神話と結びついている。白人研究者が多数を占める科学機関にとって、白人を中心に据え、無意識に循環するこれらの神話をさらに推し進めることは、極めて簡単なことである。これが、科学研究においてより多様な意見を持つことが非常に重要である理由である。最近の精子数の減少に関する研究は、科学者がデータ分析に使用するカテゴリーに、人種差別的、性差別的、ヨーロッパ中心的な考えがどのように組み込まれるかを示している。さまざまな視点を持つ人々によって研究が計画され、実行され、伝達されると、特定のグループに関する問題のある仮定が捉えられ、対処される可能性が高くなる。科学に資金を提供する機関、それを出版する雑誌、そしてそれを公表するメディアは、生殖能力における集団の違いについて、終末論的で非文脈化された主張をする調査結果を精査する必要がある。これは、誰が危険にさらされているのか、なぜそれが親しみやすく便利であると感じるのかについての物語が特に重要である。西洋の精子数減少の物語は、本質的に、私たちが非常に聞き慣れている神話である。
訳注1:シャナ・スワンの論文関連
訳注2:スワンが共著者の『カウントダウン』

訳注:GenderSci Lab の論文に関する記事
訳注:当研究会が紹介した男性不妊に関する記事
化学物質問題市民研究会
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