EHN 2017年7月26日
科学:我々は男性不妊の
負の連鎖の中にいるのか?

ピート・マイヤーズ(EHN)

男性の生殖能力低下はますます大きな問題となっている。
懸念すべき理由をここに示す。あなたの子どもにとってもきっと恐るべきことであろう。


情報源:Environmental Health News, July 26, 2017
Science: Are we in a male fertility death spiral?
By Pete Myers (EHN)
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/news
/2017/july/sperm-decline-fertility


訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2017年7月31日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/Int/170726_EHN_
Are_we_in_a_male_fertility_death_spiral.html

 マーガレット・アトウッドの 1985年の本『The Handmaid's Tale(侍女の物語)』(訳注1)は、汚染と性感染症が不妊を引き起こしたために、人間の出生率が低下しているひとつの世界を描いた。

 物語が現実を先取りしていたのであろうか? 二つの新たな研究論文が、汚染、特に内分泌かく乱化学物質(EDCs)が男性の生殖能力を損なっているという可能性に科学的重みを置いている。

 一番目のものは、火曜日(2017年7月25日)に発表された論文であり、人間の精子の濃度と数は、長期的に、すなわち 1973年から 2013までの間に、50%以上減少していること、及びその減少速度が遅くなっているという兆候はないということを明白に確認している。

 ”その研究は、我々が男性の不妊の負の連鎖(a death spiral of infertility)の中にいるということを目覚めさせるものである”と、ミズーリ大学の生物科学名誉特別教授で、内分泌かく乱に関する専門家で、どちらの研究にも関わっていないフレデリック・ボンサールは述べた。

 二番目のものは、先週(2017年7月20日)、一番目とは異なる著者らによって発表された論文であり、不妊について可能性ある説明を提示している。その研究は、オスのマウスの仔に環境エストロゲンの代表、エチニルエストラジオールを暴露させると、生殖系の発達に障害を引き起こし、精子数の減少をもたらすことを発見した。ボンサールによれば、”二番目の研究は世代をわたる精子数の段階的減少について機械論的(訳注1)な説明をしている”。

 しかし、ワシントン州立大学(WSU)博士課程学生テガン・ホランにより主導され、ジャーナル PLoS Genet に発表されたこの研究には、大きな意義がある。論文の上席著者でワシントン州立大学の分子生物科学特別教授パトリシア・ハントは、内分泌かく乱化学物質が精子と卵子の発達をどのように阻害するかに関する世界的な権威の一人である。

 この研究の比類のない点は、第一世代だけでなく、オスの連続する三世代が暴露させられた時に何が起きるのかを検証したことである。ハントはeメールの中で、”かつて目を向けられることがなかった現実世界にある単純な疑問を問うただけである”と述べた。

継続的な一定の暴露

 第二次世界大戦以来、現実の世界では、連続する世代の人々が増大する種類と量の環境エストロゲン−人間のホルモン、エストロゲンの様にふるまう化学物質−に暴露してきた。科学的文献として発表された数千の論文(ここでレビューされている)がこれらの化学物質を不妊や精子数の減少を含む多くの有害影響に関連付けている。

 少なくとも過去 70年間、人間はこのようにして EDC 暴露を経験してきたにもかかわらず、哺乳類の複数世代の内分泌かく乱化合物への暴露という現象は、実験的に研究されてこなかった。70年という期間は、ほとんど人間の男性の三世代にあたる。父親になる年齢になろうとしている男性がこの深刻な暴露の起点である。

 そこでワシントン州立大学(WSU)のホラン、ハント、及び彼らの同僚らは初めて、この現実世界を模擬することを計画した。そして彼らは、その影響は連続する世代の中で増幅されることを発見した。

 彼らは、第一世代から始まるマウスの系統の各世代を出生後すぐに短い期間、暴露させて、有害影響を観察した。第一世代に比べて第二世代の影響は悪化しており、第三世代では精子を全く生成することができないラットを科学者らは発見した。この第三世代に見られたことは第一世代と第二世代には見られなかった。実験結果の詳細は、複数世代の暴露はその化学物質に対するオスの感受性を増大させているかもしれないことを実際に示唆していた。

 マサチューセッツ大学アマースト校の内分泌かく乱影響に関する専門家であり、どちらの研究にも関与していないローラ・バンデンバーグは、ホランとハントの研究を”環境健康において、いくつかの本当に重要な問題に目を向けた、優雅に設計された研究”と呼んだ。

   バンデンバーグはeメール中で、”著者らが正に指摘しているように、過去数十年の間に環境化学物質、特にエストロゲンへの暴露は上昇し続けている”と付け加えた。

 今日、暴露は生涯にわたるものであり、時折起きるというようなものではないと、彼女は付け加えた。
 ”注目すべきことには、どの一世代に見られるダメージも、後続世代が暴露するとますます悪くなる”と、バンデンバーグは述べた。”私はこれらの異なる世代をその様に美しく検証した研究は見たことがない。これは驚くべき研究である!”。 長期的な減少

 ジャーナル『Human Reproduction』に火曜日(2017年7月25日)に発表された一番目の論文は、1981年から12013年の間に発表された科学的文献の中から研究者らが見つけることができた全ての当該テーマに関する研究からのデータを分析している。エルサレムにあるヘブライ大学のハガイ・レヴィーン及びニューヨークにあるマウント・サイナイ・アイカーン医科大学のシャナ・スワンを含む研究者らは、1973年以来 40年間に合計 42,000人の男性を調べた 185の研究を見つけた。

 精子の濃度と数の減少は、北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、及びニュージランドからのサンプルで”大いに有意(highly significant)”であった。南アメリカ、アジア(訳注3:中国でも男性の生殖能力低下の報道がある)、及びアフリカからのサンプルでの減少は有意ではなく、それはサンプルのサイズがかなり小さいことによる結果かもしれない。

 ハントは二つの研究の間に少なからぬ関連があると見ている。”我々のデータは、次の世代が暴露するにつれて状況はだんだん悪くなることを示している”と彼女は述べた。”人間の精子数と濃度のこのような大きな変化は、我々がすでにこの方向に進んでいることを明らかにしている”。

 デンマークの小児科医であり、研究者であるニルス・スキャケべクが、エリザベス・カールソンと共に1992年に著した人間の精子数の大幅な長期的減少を報告する 1992年の論文は 20年にわたる論争を引き起こしたが、彼は、”これらの二つの論文は、男性の生殖健康の有害な傾向に関する既存の文献に意義深く加わるものであると述べた。重要なことにそのデータは、世界中で増加している精巣がんに関するデータと一致している”と付け加えた。スキャケべクはどちらの研究にも参加していなかった。

 ”ここデンマークでは、不妊がまん延している”とスキャケべクは述べた。”デンマークの平均的男性の20%以上は子どもを持っていない”。

 ”デンマークで最も懸念されることは、一般的に精液の質が非常に低下しているので、平均的なデンマークの若者は、数世代前の男性より精液がはるかに少なく、彼らの精液の 90%以上は異常であるということである”。

 若者についてのスキャケべクの懸念は、その新たな精子の研究の詳細のあるものによって裏付けられている。それは、全対象者のなかで、パートナーがまだ妊娠していないか、子どもがいない(すなわち生殖能力があることが確認されていない)男性は、40年近くの間にほとんど50%の平均精子数の低下、すなわち 4,700 万精子/ミリリットルへの減少を経験していることを示しているからである。

 それは、卵子を受精させる能力の限界であると世界保健機関(WHO)が考える 4,000 万精子/ミリリットルに近い数である(訳注4)。

男性の健康指標

 それは平均的な減少である。どの様な平均にも分布がある。あるものはより大きな減少があり、あるものはより小さい減少となる。そしてある人々は WHO が生殖はありそうにないと考えるレベル、1,500 万精子/ミリリットル以下になるかもしれない。その新たな研究は、欧米諸国の男性のある高い割合が 4,000 万精子/ミリリットル以下の濃度である。

 精子数研究は卵子を受精させる能力の減少を超えて、もっと大きな問題を提起している。

 ”精子数の減少は、全体的な疾病率と死亡率に関係する”と著者らは書いている。”精子数の減少は、男性の生涯にわたる健康のための ’炭鉱のカナリア’ であると見なすことができるかもしれない。明らかに継続して減少していることを示す我々の報告は、予防を目的とする原因調査のきっかけとすべきであろう”。

 我々は、ボンサール博士が示唆するように、男性不妊の”負の連鎖(death spiral)”にいるのであろうか? もしそうなら、もっと大きな影響は何であろうか? おそらくもっと広範な影響は、もしこれが本当なら、この連鎖を被った国の人口における年齢構成の変化であろう。

   世界中の経済政策を動かす中心的な前提は、成長が本質的に重要であるということである。経済活動は退職した人々に比べて人数が多い働く人々に依存しているのだから、不妊のために減少している人口は大きな問題に直面することになる。経済成長の縮小が予想される。

 男性の生殖力の更なる下降は、年齢分布がより多くの退職者とより少ない働き手の方向にシフトするのだから、経済成長の確信が基づく前提条件を損なうのであろうか?

 これらは、従来の人口統計学者が無視することを大いに選んでいる極めて重大な疑問である。

情報源:
Levine, H, Jorgensen, N, Martino-Andrade, A, Mendiola, J, Weksler-Derri, D, Mindlis, I, Pinotti, R, Swan, SH. (2017)
Temporal trends in sperm count: a systematic review and meta-regression analysis.
Human Reproduction Update 1-14.

Horan, TS, Marre, A, Hassold T, Lawson C, Hunt PA (2017)
Germline and reproductive tract effects intensify in male mice with successive generations of estrogenic exposure.
PLoS Genet 13(7): e1006885

Pete Myers (ピート・マイヤーズ)は、Environmental Health News (環境健康ニュース)の創設者であり、主席科学担当であり、また EHN.org と DailyClimate.org の発行者である。


訳注1
訳注2
  • 機械論/ウィキペディア
    ・・・自然現象に代表される現象一般を、心や精神や意志、霊魂などの概念を用いずに、その部分の決定論的な因果関係のみ、特に古典力学的な因果連鎖のみで、解釈が可能であり、全体の振る舞の予測も可能、とする立場。・・・
訳注3:中国でも男性の生殖能力低下の報道がある
訳注4



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