USA TODAY 2021年2月27日
精子数の減少を人間の生存の脅威の
リストに加えるよう疫学者が警告

グレース・ハック
情報源: USA TODAY, February 27, 2021
Add falling sperm counts to the list of threats
to human survival, epidemiologist warns

By Grace Hauck

https://www.usatoday.com/story/news/2021/02/27/falling-sperm-counts-
threaten-humanity-chemicals-blame-book-says/6842950002/


訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2021年3月7日

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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/USA/210227_USA_TODAY_Add_falling_
sperm_counts_to_the_list_of_threats_to_human_survival_epidemiologist_warns.html

 人類はコロナウイルスのパンデミック気候危機に直面しているだけでなく、化学物質への暴露による精子数の減少によってその存在も脅かされていると、著名な疫学者は新しい本で警告している。

 ”我々の環境の化学物質や現代の他のライフスタイルの要因は、将来、ほとんどの人々が昔ながらの方法で繁殖することが不可能になる可能性があるほど、私たちの生殖健康に悪影響を及ぼしている”とニューヨークのマウントサイナイ医科大学の環境および生殖疫学者で、この分野で40年以上の経験があるシャナ・スワンは述べた。

 スワンが 2017年に共同執筆したメタアナリシスによると、北米、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドの男性の精子数は1973年から2011年にかけて59%以上減少した。現在の割合では、これらの国の男性の半数が 2045年までに精子がなくなり、他の多くの男性の精子数は非常に少なくなるであろう、とスワンは USA TODAY に語った。

 ”『ハンドメイドの物語』(訳注1)や 『人類の子供たち』(訳注2)などの物語から、我々がフィクションとして考えていたもののいくつかは、急速に現実のものになりつつある”と、スワンは今週、サイエンスライターのステーシー・コリーノと共著の新しい本 『カウントダウン:現代の世界がどのように精子数を脅かし、男性と女性の生殖発達を変え、人類の未来を危うくしているか』に書いている。

 この本の中で、スワンは、私たちの世界に蔓延している化学物質が私たちの体のホルモンを妨害し、男性と女性の健康に有害な影響を及ぼしていると主張している。これらの「内分泌かく乱化学物質」には、フタル酸エステル類やビスフェノールA(BPA)などの水溶性で体から洗い流される化学物質や、パーフルオロアルキル物質(PFAS)などの分解しない「永遠の化学物質」が含まれる。

 スワンよれば、化学物質は食べ物や飲み物、私たちが吸入する微細な空気中の粒子、そして私たちが皮膚から吸収する製品を通して私たちの体に入る。それらは、プラスチックやビニール、床材や壁材、医療用チューブや医療機器、子どものおもちゃ、マニキュア、香水、ヘアスプレー、石けん、シャンプーなどに含まれている。

 たとえば、フタル酸エステル類は一般的に食品を通じて摂取されると彼女は述べた。

 ”それらは柔らかくて、フワフワしたものにするためにプラスチックに加えられる。シャワーカーテン、ゴム製のアヒル、柔らかいチューブなどを想像するとよい。我々が食べる加工食品は柔らかいチューブを通過して容器に入る。プラスチック中のこれらの化学物質が食品と接触すると、フタル酸エステル類はプラスチックを離れて食品に浸出する。我々ちが食品を食べると、それらの化学物が我々の体に入る”と彼女は述べた。

 内分泌かく乱化学物質は、いくつかの異なる方法でホルモンに干渉する可能性がある。フタル酸エステル類は、実際よりもテストステロンが多いと”体をだまし”、体にテストステロンの生成を停止させ、男性が不妊になる可能性や精子数が少なくなる可能性を高める可能性があるとスワンは述べた。

 ワシントン州立大学分子生物科学部門の遺伝学者であるパット・ハント博士は、1998年の実験室での事故が彼女に家庭用品の有害な影響を警告して以来、男性と女性の生殖能力に対する化学物質暴露の影響を研究してきた。

 ”何年にもわたって、証拠がますます説得力を持つようになるにつれて、私の科学者の同僚の意見が変わるのを見てきた”とハントは述べた。 ”精子数が減少したことは間違いない。これらの化学物質への暴露により精子数が減少したという仮説もますます信ぴょう性を増した。”

 しかし、一部の業界団体は、内分泌かく乱化学物質と健康への悪影響との関係に疑問を呈しており、一部の科学者は、2つの間の直接的な原因を示す証拠がないことを理由に研究を批判している

 ビニールに対する世間の認識を促進するために活動している組織 Vinyl Verified は、ウェブサイトに次のように書いている。”競合する利益と議題に振り回されて本質的な部分に耳を傾けない一部の活動家らは、消費者を誤解させ、消費者がビニールについて自身で決定をする権利を否定するために不正なキャンペーンを進めた。”

 そして、一部の科学者らは、精子数が本当に減少しているかどうかを疑問視している。英国シェフィールド大学の男性学(アンドロロジー)の教授であるアラン・ペイシーは、内分泌かく乱化学物質への出生前暴露が男性の胎児の発育に影響を与える可能性があると考えているが、”これが原因で精子数が世界中で減少していることを示唆するデータには確信が持てない”と述べた。

 ”科学と医学はこの仮説を無批判に受け入れたと思う”とペイシーは語った。”異常な主張は一般的に異常な証拠を必要とするが、この場合は明らかにそうではない。”

 ペイシーは、科学者が過去に実施された精液分析データの遡及的分析(retrospective analyses)を実施することにより結論に到達した方法に異議を唱えている。ペイシーは、トレーニングなどの実験室の男性学の方法は時間とともに変化したため、この分析方法は”弱い”と述べた。

 スワンが共同執筆した2017年の研究は、より多くの管理手段を使用したため”ひとつの改善”であったが、それでも”異常な証拠”を示していないとペイシーは述べた。”私はこれを証明することはできないが、彼らもまた証明できない。”

 国立環境健康科学研究所および国家毒性計画の元所長であるリンダ・バーンバウムは、2017年の研究は”素晴らしく”、スワンの研究は動物、少年、若い男性の研究にも基づいていると述べた。

 ”さまざまな場所でさまざまな研究者により精子数が減少していることを裏付ける研究が繰り返されている”とバーンバウムは述べた。 ”何がそれを引き起こしているのかは複雑である。何かひとつが引き起こしているとは思わない。しかし内分泌かく乱化学物質はパズルの一部だと思う。”

’人々は精子数を減らすことを選択していない’

 スワンは、世界の出生率は1960年から2015年にかけて50%低下したと書いている。彼女は、人々がもっと後に子どもを産んだり、もっと少ない家族を持つことを選択するなど、多くの社会経済的要因が衰退の一因となっていることを認めている。

 しかし驚くべきことは、出生率が年齢層を超えて低下していることであるとスワンは書いている。男性の精子数が徐々に減少しているだけでなく、男の子の性器の異常の発生率が高くなっている。女性の間では、流産のリスクはすべての年齢で上昇している。

 ”この全体像の一部には選択の要素があり、他の一部には選択の要素はないとスワンは述べた。 ”人々は精子数を減らすことを選択しているわけではない。”

 スワンは、食事、身体的活動、喫煙、アルコールや薬物の使用などのライフスタイルの要因が、ホルモンレベルを変化させる可能性があり、衰退の一因となっていると述べた。しかしスワンは、特に妊婦と子どもたちの化学物質への暴露について最も懸念していると述べた。

 ”他のライフスタイル要因は一時的に重要である”とスワンは述べた。”内分泌かく乱物質へのこれらの早期暴露に私が集中している理由は、それが決して変わらず、後の世代に受け継がれるからである。[早期暴露を]制御するのは簡単ではありませんが、ストーリーにとってはるかに重要である。”

 ”内分泌かく乱化学物質は、リ生殖健康に影響を与えるだけではない。それらはまた、免疫学的、神経学的、代謝的および心臓血管系を含む”ほとんどすべての生物学的システムにおける多くの健康への悪影響”に関連している、とスワンは書いている。

 ”成人では、がんの発生率を高める可能性がある、発達中の小さな変化を見ることができる”とハントは述べた。 ”私たちは子どもたちが大人として代謝の問題を抱えるように設定しているが、それはハッとするようなことであり心配である。”

 そして、我々は自分自身を傷つけているだけではない。我々動物にも危害を加えている。

 ”これらのいたるところに存在する環境化学物質は、多くの異なる方法で動物界に打撃を与えた”とスワンは書いている。”種として、我々は自分自身を繁殖させ、再増殖させることができず、他の種がそうする能力を妨げている。”

除去(Remove)、置換(Replace)、規制(Regulate)

 彼女の本の中で、スワンは人々が彼らの毎日の習慣を変えて、暴露を減らすのを助けるために行動計画を設計している。スワンは、プラスチックやその他の環境化学物質への暴露を減らすことを促進するために通常宣伝されている従来の”3つのR”の代わりに、内分泌かく乱化学物質の”除去、置換、規制”という 3つの新しい R を促進することを提案した。

 ”化学物質自体を改造する必要がある。人間のホルモン系に干渉できない化学物質に代替する。これは絶対に重要である”とスワンは述べた。 「”それらはどのようにに低用量でも有害であってはならない。そしてそれらは環境中で残留性があってはならない。”

 ハントは、内分泌かく乱化学物質の影響に関する彼女の研究により、彼女は人生について”まったく異なる”考えを持つようになったと述べた。

 ”プラスチックを生活から排除することはできないかもしれないが、さまざまな製品を購入することはできる”とハントは語った。 ”私のキッチンのプラスチックはシリコーン(シリコン化合物)で、私はたくさんのガラスを使用している。私の家には、どんな種類のプラスチックも食洗機に入れず、電子レンジにも入れないという規則がありる。そして私はラベルを執拗に読んでいる。”

 スワンはまた、化学物質の政府規制の強化を含む、はるかに大きな社会的変化を求めている。

 ”我々は、化学物質の安全性に対するアプローチ全体を再考する必要がある”とハントは述べている。  ”我々は現在、これらの化学物質が有害であることを証明する責任を連邦規制機関に負わせている。責任は、使用後に危険であることを示すのではなく、使用する前に安全であることを示すことにあるべきである。”

 スワンは、米国は何十年もの間、BPA などの特定の化学物質について国民の一連の抗議を経験してきたが、その化学物質を同様に有害な化学物質に置き換えるだけであったと述べた。

 ”これは我々が残念な代替、または俗にモグラたたきと呼ぶやり方である。あなたはひとつの悪い化学物質を叩きのめし、新しい名前をもった別のものに代替するが、それもまた同じことをすると彼女は述べた。

 スワンは、内分泌かく乱化学物質の危険性について、医学界とともに一般大衆を教育するために、この本に関連したキャンペーンを開始していると述べた。スワンは、多くの人々が化学物質の影響を不均衡に受けているので、特に有色人種のコミュニティに手を差し伸べたいたいと考えていると述べた。

 ”有色人種のコミュニティは、たとえば、新鮮な未加工食品を入手しにくいことや、空気や水質の低下などによって、暴露が異なっている”とスワン氏は述べた。”これらのコミュニティは、これらの化学物質への暴露が高く、影響も大きい。ここには公平性の問題がある。”

’これらは別物ではない'

 スワンは、2021年の生殖健康危機に関する議論は、40年前の気候変動に関する議論に匹敵すると述べた。 ”当初は否定があり、次第に人々はこれが問題であると認め始めた”とスワンは語った。

 1992年、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルの論文が過去50年間で精子数が徐々に減少したことを示唆したとき、その論文は”真剣に受け止められなかった。批判され、ほとんど無視された”とスワンは述べた。しかし、2017年にスワンがメタアナリシスを共同執筆して同じ結論に達したとき、この論文はその年に世界中で最も参照された科学論文のひとつになった。

 ”彼らが1992年に問題を否定した時に、彼らはそれは問題だと言っていた”と彼女は言った。”今、我々は社会として、地球として責任を負う次の段階に進む必要がある。”

 スワンは、生殖健康の議論は気候変動と COVID-19 を取り巻く議論に含まれるべきだと述べた。たとえば、多くの内分泌かく乱化学物質は、石油を生産する副産物から作られている。さらに、最近の論文では、化学物質への暴露が COVID-19 による重篤な疾患のリスクを高めることも示されている。

 ”これらは別々ではなく、一緒に検討すべきであると考える”とスワンは語った。 ”我々は、我々に降りかかる三つの重大リスクがあることを認識しなければならない。”


訳注1
侍女の物語(The Handmaid's Tale)/ウイキペディア
1985年に発表されたカナダの作家マーガレット・アトウッドのディストピア(否定的で反ユートピアの要素を持つ社会)小説

訳注2
トゥモロー・ワールド/原題:人類の子供たち(Children of Men)/ウイキペディア
2006年のイギリス・アメリカ合衆国合作の SF アクション映画

訳注:関連情報


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