内分泌学会エンドクリンニュース 2016年8月号
警告の合図: ”BPA フリー” は安全か?
デレク・バグレイ

情報源:Endocrine News, Aug 2016
Warning Signs: How Safe Is “BPA Free?”
By Derek Bagley
http://endocrinenews.endocrine.org/warning-signs-how-safe-is-bpa-free/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2016年8月19日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/Int/August_2016_END_News_How_Safe_Is_BPA_Free.html


BPA_Free.jpg(10978 byte)
BPA FREE
NO BISPHENOL A,
NON-TOXIC PLASTIC,
NO PHTHALATES
 ある製品は”BPA フリー”であるとの宣言をステッカーで表示しているが、そのことは必ずしもそれらの製品が安全であることを意味しない。ビスフェノールSは、それが代替するとされているビスフェノールAよりもっと悪いかもしれない?

 カリフォルニアでは先月から、食料雑貨店でレジに並ぶ顧客らは、”多くの食品と飲料の缶の内面ライニングは、女性の生殖系に害を引き起こすことをカリフォルニア州が知っているビスフェノールA(BPA)を含んでいる” と書かれた警告表示を目にする様になった(訳注1)。その表示は、事業者に対してがん、出生障害、又は生殖障害を引き起こすどのような化学物質への暴露についてもカリフォルニアの人々に警告を与えることを求めるプロポジション 65 (訳注2)のためのカリフォルニア州のウェブサイトの URL も含んでいた。

 人間の BPA への暴露は、ステッカーが BPA フリーであると現在宣言するほどに、いたる所で行われている。プラスチックを製造するために使用されるこの化学物質はすべての種類の生殖障害に関連しており、また肥満と心臓血管系の問題にすら、ある役割を果たしていると考えられているので、産業界は、大いに不平を言いながら、そして歯ぎしりをしながら、これらの問題を正すためにいくつかの措置を取っている。これらのステッカーには、”BPA フリー”及び”毒性のないプラスチック”と太字で書かれ、通常、葉をあしらい緑を基調としており、これらの製品は安全で健康的であるという印象を与えようとしている。

 ”我々は、我々の生活をより便利にするよう設計された製品によって我々自身を害しているということを認識するようになってきた。そして便利さは大きなビジネスとなっている ”。  ナンシー L. ウェイン博士、ロサンゼルス、カリフォルニア大学デイビッド・ゲフィン医科大学院 生理学教授

 しかし”BPA フリー”は”EDC フリー”を意味するわけではなく、多くの製品は現在、BPA の代わりにビスフェノールSを含んでいる。BPS は、同類の化学物質であり、缶入りソフトドリンからレシート紙、赤ちゃんの哺乳瓶まで多くのものの中に見いだされる。(米食品医薬品局(FDA)は哺乳瓶でのBPAの使用を禁止している。)それは室内のダスト中で検出されており、人間の尿中にも現れ始めており、それはBPAより生物分解しにくいと報告されている。動物研究は、BPS が子孫の障害に関与することを示している。そして BPS の製造は年々増加している。

  BPS をテストして BPA と比較した最近の研究は、 BPS は EDC として BPA よりもっと悪くはないにしても、やはり悪いことを示している”と、オースチンのテキサス大学薬学部教授で Vacek Chair であり、『 Endocrinology 』の編集長であるアンドレア・ゴア博士は述べている。” ’BPA フリー’ は、消費者に製品の安全について誤った認識を与える”。

 BPS 研究は比較的新しく、BPA や他の EDC 研究と同様な軌跡−すなわちこれらの化学物質は水系に放出され、それから哺乳類モデル、そして人間モデルに至るので、まず最初に水生生物から着手している。

 ボストンのマサチューセッツ一般病院で生殖内分泌学を研究している博士研究員キンバリー H. コックスによれば、 BPA と BPS の影響は、暴露が高いレベルである場合にはひどい影響をもたらす PCB 類や農薬より微妙である。 BPA と BPS の影響は、暴露のタイミング、長さ、及び用量に依存し、多くの研究が、例えば EPA により”安全な”暴露として結論付けられているよりはるかに低い BPA 暴露で生殖系に影響があることを示している。そして現在、BPS もまた、生殖をつかさどる脳領域ととともに、生殖系の発達に影響を及ぼすように見える。”BPS の影響調査を続けるにあたり、これらの全ての要素(タイミング、用量等)が考慮されなくてはならない”とコックスは言う。”幸いなことに、長年の BPA に関する研究があるので、新たな研究は過去の失敗から学び、手法を標準化し、これら二つの化学物質がいかに似ており、そして異なるかをよりよく理解するために直接的に比較することができる”。

Fish Tales

 水生生物種を使用した BPS に関する研究が、2月に『Endocrinology』に発表され、 BPA と BPS はゼブラフィッシュの生殖神経内分泌系の多くの機能を変更することを示した。その研究は、ロサンゼルスのカリフォルニア大学デイヴィッド・ゲフィン医科大学院 生理学教授ナンシー L. ウェイン博士と、ウェインの研究室で中国人特別研究員として1年間働くことになっている上海大学の大学院生ウェンフイ・クイによって実施された。ウェインと彼女の博士研究員シッダルタ・ラマクリシュナンは 2008年に、 BPA は、わずか 24時間の暴露であってもメダカの胎芽の発達に大いに影響を及ぼすことを示していた。

 ”クイは、我々の 2008年の研究に非常に興味を示し、我々のゼブラフィッシュモデルを用いて BPA の生殖系の発達に及ぼす影響に関して追跡調査することを望んだ”と、ウェインは言う。”我々は実験計画を組み立てたが、、当時 BPS が EDC であることを示唆する研究は少なかったので、彼女は BPS を含めることを望んだ”。

 ウェイン、クイ、および彼らの研究チームは、ゼブラフィッシュの胎芽は透明であるために分子遺伝学を調査するのに人気のあるゼブラフィッシュ・モデルを使用して、ゼブラフィッシュを低用量の BPA と BPS に暴露させた。”我々は遺伝子導入のゼブラフィッシュを作り出して、 GnRH3 (訳注3)プロモーターとシグナル配列が緑色蛍光タンパク質(訳注4)の明る異形の発現を促進するという特性の長所を活用した”と、ウェインは言う。”我々は、 生きた胎芽の中で GnRH3 ニューロンの発達をリアルタイムに可視化することができる”。

 研究者らは、BPA と BPS は、ゼブラフィッシュ胎芽の発達を加速し、胎芽の前脳中にある GnRH ニューロンの数を増し、生殖神経内分泌関連遺伝子の発現を増すことを発見した。この二つの化学物質はまた甲状腺ホルモンを擬態する。”内分泌学者らが BPA について話をする時に、しばしばそれがエストロゲン様であることは述べるが、甲状腺ホルモンのように変更されている他の内分泌系を指摘しない”と、ウェインは言う。”我々の論文は、BPA と BPS はエストロゲン及び甲状腺のホルモン経路の両方を活性化することを強調している。このことは、 EDCs はエストロゲンを擬態することだけでなく(それだけでも十分に悪いことであるが)、健康と疾病にもっと広い影響を及ぼすということを示唆している”。

 ”’BPA フリー’は必ずしもより安全であることを意味しない”と彼女は続ける。”そのようなうたい文句で市場に出されているが、BPA と BPS の構造をよく見れば、ほとんど相違はない。製造者らは何を考えているのか? それは単に EDC 交換(スワップ)に過ぎない”。

 コックスは、『Endocrinology』の同月号に評論を書いて、”クイらは複数の信号伝達経路を通じて低用量の発達暴露の直接的影響に関して初めて報告した”と指摘し、彼らの研究は BPS の将来の研究のための基礎を築いたと述べた。彼女は、積み重なる証拠は科学界に対して、”従来の調査項目と経路を偏りのないアプローチでもっと全体的な系に拡張すること”を求めていると書いている。

 コックスは、EDC 研究者の多くは、薬学又は内分泌学のどちらかの分野で研究を開始しているので、多くの研究が主要な研究者の分野に特有の評価項目に焦点を当てることができた。例えば、行動内分泌学者は生殖的又は社会的行動への EDC 暴露の影響に焦点を当てているかもしれない。他の系は同時には評価されないかもしれない”と彼女は言う。

 研究者らはまた、範囲の狭い疑問に焦点を当てすぎ、その焦点は彼らの研究への偏りのあるアプローチを導入することになるかもしれず、そのことは、コックスによれば、EDCs の発現への影響を検証するために候補遺伝子を選択するようなことである。

 ”これらのアプローチのどちらにも悪いところはないが、それらは断片的な情報を総合して理解し、他の研究が次の疑問に答えるよう実施されることを求める”とコックスは言う。”同じ暴露で他のどのような行動が変更されるのか? 他のどのような遺伝子が変更されるのか?”

高慢なプラスチック恐怖症

 現在までのところ、BPS より BPA に関する研究の方がずっと多い。 BPA に関する研究は数十年間行われており、多くが BPA は有害健康影響をもたらすという同じ結論に達しており、そのことがわざとらしい安心感を与えるようなステッカーにより、公衆の恐れを和らげる必要があると産業側が感じた理由である。しかし、このことは意外ではなく、プラスチック及び化学産業界は、BPS に関するその研究によって興奮させられることは全くなかった。

 ウェインとクイが彼らの論文を2月に発表した時に、 UCLA はその結果を強調するプレスリリースを発表し、メディはそれによって報道した。”それはインターネット上で派手に扱われた”と、ウェインは言う。そしてその後2月12日に、『Plastics Today』は、”プラスチック恐怖症により汚染された UCLA の BPA/BPS 研究”という見出しの記事を発表した。”その記事の著者は、我々の研究、そして一般的に EDC 研究をひどく見くびっており、私のことを’高慢なプラスチック恐怖症’と非難した”とウェイは述べている。それは個人攻撃のように感じられた。”

 昨年の10月、内分泌学会は EDCs に関するツイッター・チャットを主催した。化学産業及びプラスチック産業のツイッター・アカウントも参加したが、控えめに言っても、それは面白いことになった。そしてこれらの産業は彼らの製品を規制するどのような政策によっても影響をうけるであろうということは道理にかなっている。しかしこれらの化学物質を研究している研究者の誰も、これらの産業又は彼らが作り出す製品を徹底的にやっつけようとしたがらず、彼らはただ、これらの産業が人々ができる限り知的に日常生活で使用するものを製造していることを確認することを望んだだけであった。そしてこれらの研究者らはどの様にしてそれが起き得るのかに関してある考えを持っている。

 消費者製品中に導入される前に化学物質をテストすることは、上品で簡単な解決の様に見える。”我々は可能性あるすべての影響をテストすることは決してできないかもしれないが、化学会社が少なくとも他の EDCs によって影響を受ける既知の経路が、彼らの製品によって影響を受けるようなことはないということを確認することは、実に重要なことである”とコックスはいう。

簡単な答えはない

 しかし、それは簡単な答えのように見えるというだけでは、それは簡単な答えであることを意味しない。ゴアは、食品や飲料と接触する製品に、ローションや身体手入れ用品に、そして静脈点滴チューブ等に化学物質が導入される前にテストすることによってのみ、我々は消費者製品が EDCs を含まないということに自信を持つことができるということに同意する。”しかし、それは、この国で我々がテストしているやり方ではないので、システムは変更される必要がある”と彼女は言う。

 ”BPS をテストして BPA と比較した最近の研究は、 BPS は EDC として BPA よりもっと悪くはないにしても、やはり悪いことを示している”。  アンドレア・ゴア博士、オースチン、テキサス大学薬学部教授、Vacek Chair 、『 Endocrinology 』編集長

 ウェインは、公衆が質問してくるような、例えば人々が使用し、再使用するプラスチック容器はEDCsを漏えいするのかというような、現実的な問題に焦点を合わせた将来の EDC 研究を見たいと言う。しかし、これは難しい仕事であろうと彼女は指摘する。しかしBPA の哺乳瓶とシッピーカップでの使用は禁止したのに、FDA はまだ、BPA は安全であると主張している。その公式声明は、”食品医薬品局の評価は、現時点における科学的証拠は食品を通じてのBPAへの非常に低レベルの人間の暴露は安全ではないということは示唆していない”というものである。

 ”彼らがどの研究を読んでいるのか私は知らないが、ピアレビューされた論文の中のものは全く異なる結論を示している ”とウェイは言う。”FDA が、 NOAL(no observed adverse effect level 無毒性量)以下の BPA が生物学的機能への影響を持つということを示す多大なデータによって納得するまで、強力な化学産業は変更する意思を持たないであろう”。

 しかし、彼女は、公衆は安全な製品を主張することにより、そして連邦機関は高所から判断し、偏向しない研究に資金供給をすることにより、支援することができると彼女は言う。”我々の生活をより便利にするために設計された製品により、我々は自身を害しているという増大する現実がある”とウェインは言う。”そして便利さというものは大きなビジネスである”。

Derek Bagley(デレク・バグレイ)は、『Endocrine News』の編集委員である。彼は成長ホルモンと脳卒中のリスクとの間の可能性ある関連を7月号に書いた。

    At a Glance
  • ”BPA フリーと称する製品は必ずしもそれらが EDC フリーであることを意味しない。”
  • ”BPA に非常に類似した化合物 BPS に関する研究が実施されており、研究者らは BPS がもっと悪名高い親類と同様な影響を持つことを発見している。
  • もっと多くの BPS 研究がなされる必要があり、研究者らは有害化学物質が消費者製品に入り込むことを防ぐアイディアを持っているが、それは戦いとなるであろう。


訳注1:BPA 警告表示
ロサンゼルス KPCC 2016年4月6日 なぜ BPA 警告表示は缶詰上のラベルではなく、レジに張り出された通知を見ることになるのか?

訳注2:プロポジション 65
「プロポジション65」での表示義務など (J-Net 21 2014年7月11日)

訳注3: GnRH3
魚類の脳の性成熟機構に関する研究

訳注4: 緑色蛍光タンパク質
緑色蛍光タンパク質 - Wikipedia

訳注:当研究会で紹介したBPS関連記事



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