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(2003年7月17日発行)



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出版報告とその内容●
『検察調書があかす警察の犯罪――
神奈川県警覚せい剤事件つぶしの記録』


弁護士  鈴木 健



1 はじめに
 2000年7月21日に立ち上げられた「警察見張番」の当面の活動のメインイベントとして、県警組織の問題点・改革の方向などを考える素材とすべく、2000年10月16日、横浜地検に対し、「神奈川県警本部長などの犯人隠避・証拠堙滅刑事事件」の確定記録閲覧請求を行って許可を得、2001年の2月〜秋まで計10回の閲覧・メモ取り作業を行った結果をまとめた報告が、ついに本年2003年6月20日、明石書店より『検察調書があかす警察の犯罪――神奈川県警覚せい剤事件つぶしの記録』(2800円+税)という題名で出版された。

これまでに会員の皆様にはご報告申し上げていたとおり、この確定記録閲覧の結果は、本年4月25日に宝島社より、別冊宝島Real33『裸の刑事』の中のPART3「隠蔽工作―神奈川県警不祥事を再検証する」という形で世に著されていた。が、これはプロのライターによりドキュメント風にリ
ライトされたものであり、事実をどう評価しどのように神奈川県警が改善されていかなければならないかについて提言すること、及び、警察の内部報告書や捏造文書などの生資料をそのまま世に明らかにすること、については、次の機会に待たなければならなかった。
 そのような折り、前記明石書店さんの方で単独出版を引き受けていただける話が出、その後かなりのスピードで構成作業が進んだ結果、比較的早い時期に日の目を見ることができる運びとなった。今回は、改めて出版された本の内容につき、かいつまんで報告させていただくこととする。

2 全体の構成
 全体の構成は、「第1部 解説編」と「第2部 記録編」からなる。
 「第2部 記録編」は、確定記録の中から、スタッフが重要と考えメモを取った検察調書・被告人質問調書・弁論・判決部分が全文掲載されている。刑事確定記録は、事件終結後は誰でも訴訟記録を閲覧できることになっているものの、閲覧することが犯人の改善更生を妨げるおそれがあるときや、関係人の名誉または生活の平穏を著しく害するおそれがあるときなどは、閲覧が許可されないことがあり、これまでにも、報道目的のジャーナリストなどによる閲覧請求が認められなかった例が多かったことからすると、本記録の資料的価値は非常に高いといえる。

 「第1部 解説編」は、3章からなる。まず第1章「ここまでやるか罪証隠滅」では、神奈川県警がどのように組織的に犯人隠秘・罪証隠滅を図ろうと工作したかの経過を追うとともに、その中で作成・捏造された書類・資料を掲載している。
 次に第2章「供述調書の記載から見えてくる県警の問題体質」では、各関係者の供述調書の記載から、無責任体質、セクト体質、過ぎた上命下腹体質など、現在の神奈川県警が抱える問題体質を浮き彫りにしている。
 最後に、「おわりに」では、第1、2章での検討結果を踏まえ、神奈川県警が公安委員会からの指示に基づいてまとめた『監察実施結果』報告書に記載された改善策の実効性について検討している。

3 第1章「ここまでやるか罪証隠滅」の内容について
 神奈川県警外事課警部補であった酒寄美久は、1996年9月頃から、飲食店で知り合った原田綾(仮名)と覚せい剤を使用するようになり、妄想も出現するようになっていた。12月12日にみずから妄想にとりつかれて県警外事課当直に電話をして赴き、覚せい剤使用を自供した。腕には注射痕があった。
 福田勝司外事課長代理は、翌13日に監察官室長角田柾照、監察官永山洋右(いずれも被告人)に通報し、角田は原芳正警務部長、渡邉泉郎県警本部長(いずれも被告人)に報告した。ここまでの情報の流れの中で、酒寄に対し捜査活動に着手したものは誰一人としていなかった。また、宮田義隆生活安全部長(被告人。覚せい剤事件を扱う部署の長)に、事後処理方法につき相談した。渡邉は、事件を公にしないよう、酒寄を懲戒免職でなく諭旨免職とするよう角田に指示した。
 宮田は角田の相談に対し、「尿から覚せい剤が検出されなければ刑事事件として立件するのは難しい」と答えた。そこで角田・永山によって行われた密談の結果、基本的には渡邉の意向に沿って酒寄を諭旨免職とするため、酒寄に依願退職とするのに必要な書類を書かせるが、それと同時に、原田の方から情報が漏れないように画策すること、そして万一漏れた場合に備えて、酒寄が覚せい剤を所持・使用した証拠となりうるものを隠滅するという、犯人隠避・証拠隠滅を図るための基本方針が確定した。具体的な役割分担としては、
 @外事課において原田の素性や所在を確認し、口封じすること
 A酒寄の家を捜索して、覚せい剤などの証拠品があったら内々で押さえておくこと
 B酒寄の身柄は外事課の方で把握した上で、観察官室が酒寄から事情を聞き、酒寄の尿を取って様子を見ること
が決められた。

 まず@については、何よりも原田を酒寄及び横浜から遠ざけること、そして酒寄と一緒に覚せい剤を使用したことを他言しないよう念を押すことが必要であると考えた。それには交際していた酒寄に直接連絡をさせることが最も有効であると考え、12月13日の夜には、井上外事課長補佐(仮名)が、酒寄にメモを渡して、原田に電話をさせている(資料『酒寄から原田への電話連絡状況』。以下『』は、そのような標題の資料が作成されていることを指す)次に外事課員に原田の自宅の張り込みや尾行を命じたり、原田の実家を調査させて写真を撮らせている(『関係女性について』『原田家の実家の調査結果』)。また、原田への口封じとは別に関係者に対する接触・調査として、酒寄が覚せい剤を使っていることを酒寄の妻が知っているかどうか探るために酒寄の妻と、また、酒寄の父親の酒寄に対する影響力を探るために酒寄の父親と、それぞれ面談している(『妻に対する面談結果について』『酒寄警部補の実父との面談結果』)。

 次に、A酒寄が覚せい剤を所持・使用していたことを裏付ける証拠物の隠匿工作については、12月14日、外事課員等が、酒寄の自宅、及び、酒寄が覚せい剤と注射器を捨てたというJR埼京線北戸田駅付近に赴き、それらのものを回収している(『注射器、薬物の発見について』)。

 さらに、B酒寄の身柄は外事課の方で把握した上で、監察官室が酒寄から事情を聞き、酒寄の尿を取って様子を見ること、については以下のようである。まず、酒寄から事情を聞いた報告書が『電話通信紙』『聴取結果』といった題名で何通か作成されている。そして、酒寄を市内ホテルに宿泊させて毎日採尿するとともに、原田の方からマスコミに発覚したときのため、『マスコミ対応について』想定問答集(別紙)を作成している。また、酒寄に依願退職の形をとらせるための嘘の内容の『上申書』(別紙)を書かせている。

 12月15日までの間に作成された資料は、マスコミ向けの想定問答集、及び、酒寄の上申書等の中に若干強制的に書かされた感のある部分があることを除けば、いずれも実際にあったことや酒寄の話していたことがほぼそのまま報告書にまとめられている。そして、各関係者もこの時点までは酒寄の処分について、渡邉のいうように諭旨免職の形を取って事件をもみ消すか、あるいは原田の方から事件が発覚する場合を考えて少し様子を見、発覚するおそれが高ければ事件を公にして捜査するという両方の可能性があることを想定して動いているといえる。

 ところが、16日の渡邉の指示を境に、情勢は一気に事件もみ消しの方向へ傾いていく。角田が16日の午前中、渡邉のところへこの間の事情を報告した。角田は、事件を公にせず諭旨免職する形で処理したとしても、原田の方から発覚し、諭旨免職にしたこと自体が問題視されることの方を恐れる気持ちがあった。しかし渡邉の目論見は「現職警察官による覚せい剤事件の発覚」を避けることが先決であり、ぐずぐずしているうちに原田の方から発覚することの方を渡邉は恐れたため、角田に対し「まだ、切っていないのか。早く切っておけ。とにかく1日でも早く辞めさせる。遡ってでもいいから、早く辞めたことにしろ。辞めさせる理由は、水商売の女と不倫の関係にあるんだから、それを理由にすればいい」と、即座に事件をもみ消すように強烈に指示を出した。

 16日午後になって、13〜15日の間に取った尿から覚せい剤が検出されたことが分かった。宮田は角田・永山に対し、覚せい剤が陰性になってから事件を生活安全部に引き継ぐこと、引き継ぎが遅れた理由については監察官室で対処することを承諾させた。酒寄には、17日付で「一身上の都合」による『退職願』を書かせた。
 尿検査の結果については毎日『電話通信紙』の形で報告がなされた。そして、関係者の意に反して尿検査の結果は陽性を示し続け、陰性になったのは20日になってからであった。永山らは、覚せい剤が陰性になってから事件を生活安全部に引き継ぐ形をとらざるを得ないために、酒寄から事情を聞いた『聴取結果』の事件認知の日を遅らせ、使用の事実が明らかとなった経緯についても嘘の内容とした報告書を作り直した。また、生活安全部に引き継がれて酒寄が捜査されても、尿が陰性であれば立件できないし、また原田との共同使用が問題とされたとしても、覚せい剤であることの認識を否認させれば立件されずに済むと考え、酒寄に嘘の報告書の内容を憶えさせるなどした。
 生活安全部の捜査が始まってからは、酒寄が取調状況を電話で外事課長代理に報告し、それをまた『電話通信紙』にまとめている。結局、生活安全部としては証拠不十分で立件できず、県警のもみ消し工作は成功裏に終わることになる。内部告発がなされるまでの3年弱の間に限ってではあるが(以上のこの項は、「たより」第6号に掲載した原稿を抜粋して再掲したものである)。

4 第2章「供述調書の記載から見えてくる県警の問題体質」
 「第2部 記録編」に掲載した関係者の供述調書は、大別すると、
   @渡邉本部長のもの
   A幹部職員のもの
   B現場警察官のもの
   C酒寄及び原田のもの
に分けられる。
 これらの調書を精査して分かったことは、まず、渡邉本部長が事件をもみ消すよう指示したのは、渡邉本人が弁解する「組織の威信を保持するため」などではなく、自己の保身のためということである。
 そして、幹部職員の弁解状況を見ても、「良心の呵責に耐えながら渡邉の指示に従った」というように読める部分はあまり出てこない。が、ノンキャリア出身の宮田の調書にだけ、そのように読める部分が出てくることは興味深い。
 これに対し、現場警察官の調書には、上司に人事権を握られている立場で、違法な命令にも従わざるを得ないという苦渋の選択をした苦悩ぶりが、生々しく描写されている。一例を挙げる。
 「私は、どうして、宮田部長までも、こんな滅茶苦茶な渡邉本部長の違法な指示を受け入れてしまったのか納得できませんでした。しかし、我々警察官には、警察官としての良心がある一方、組織人として、上司の命令には、たとえ、それが違法な命令であったとしても、これに従うという習性があるのも事実でした。警察官の人事を握っていたのは、警務部長であり、最終的には、本部長でした。その本部長による直々の指示に背けば、その後の人事において、いかなる不利益を被るかも知れませんでした。そこが、人事を握っている者の強みであり、人事を握られている者の弱みでした。警察組織の中の一員として、たとえ、それが違法な指示であっても、その上司の指示に背くことは、かなりの勇気が必要でした。結局、私は、その勇気が出せませんでした。私は、本部長自らの指示なのであり、その本部長の指示に従っただけだと考えればいいじゃないかと、自分で自分を無理矢理納得させて、この違法な指示を受け入れてしまいました。」

 これとは別に、第1章でみた罪証隠滅工作の流れを見る限り、渡邉がもみ消しについての大した具体的方策を指示しているわけではないにもかかわらず、実に各人が各人の判断や話し合いの結果、短期間のうちに見事なまでに役割分担し、罪証隠滅工作を成功させているように見える。県警全体としてもみ消しを肯定する体質があったといわざるを得ず、監察官室が実質用をなしていない事実が見て取れる。
 その他にも、仮に事件が発覚したとしても自分の部署にできるだけ被害が及ばないようにというセクト体質など、現在の神奈川県警が抱えている問題体質がいくつか指摘できる。

5 「おわりに」――『監察実施結果』報告書に記載された
  改善策の実効性について

 神奈川県警による犯人隠秘・罪証隠滅事件が行われてから5年あまり、有罪判決が確定してから約11ヶ月後の平成13年4月27日、公安委員会から県警に対して、警察法第43条の2第1項の規定に基づき、「[前略]昨年末以降、茅ヶ崎警察署刑事課員による侵入窃盗事案、広域課音楽隊員による同僚刺殺事案及び茅ヶ崎警察署地域課員による強制わいせつ事案という重大な不祥事案が相次いだことにかんがみ、不祥事案再発防止の一層の徹底を図るため、人事管理、教養、身上把握、組織の士気高揚等の諸事項について監察を行い、その結果を報告されたい」との指示がなされた。この指示に基づいて県警がまとめた監察結果の報告書が、記録編の最後に掲げている『監察実施結果』である。
 この資料は、量として相当大分なものである。しかしその内容をみると、ここに記載された改善策は、警察官が個人的に起こす犯罪を防止することには一定の効果はあるかも知れないものの、本書で取り上げた組織的な犯罪を防止することには何の役にも立たないのではないかというのが、率直な感想である。上級幹部が、自らの権限を制限するような改善策など検討できないということなのであろうか。そうだとすれば、現在の県警にはいまだ、組織的犯罪の防止に向けた自浄能力はないと結論づけざるを得ない。その意味で、我々警察見張番他のオンブズマン活動によって監視の眼を光らせることの重要性は、ますます高まるばかりである。

6 まとめ
 熱しやすく冷めやすい日本人の性格なのか、現在の日本のジャーナリズムがセンセーショナルに流されがちで継続的に社会問題を追わないからなのか、この覚せい剤もみ消し事件も、世間的にはもはや過去のものとなってしまった感があります。
 今、この本が世間の耳目を集めるかどうかとは別に、市民による地道な監視活動こそが不祥事撲滅の最後の切り札なのだということを、確定記録を精査した上で改めて実感しました。
 みなさんもこの本を必ず一家一冊常備され、警察と関わりを持つときには常に小脇に挟み、不当な扱いをされようものなら「葵の御紋」のように差し出して警察官にプレッシャーをかけましょう。そのように警察が常に市民の監視の眼にさらされ、緊張感を感じて職務に当たるようになれば、少しずつ神奈川県警も「市民のための警察」に変わって行くに違いありません。


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