断想6 (夢)
長らく夢らしい夢を見なくなった。本当は記憶に残る夢を見なくなったと言うことだが、同じことだ。学生時代は夢と現(うつつ)を秤にかければ、きっと夢の方に傾くと思われた。濃密な夢を見た。またよく寝ていた。夢は苦しかったが甘美だった。うつつは痛く、空虚だった。
ゆうべ久しぶりに印象に残る夢を見た。金縛りに似ていたから入眠幻覚かも知れない。
太く凶暴な腕が私を暗がりの方へGUAN! と引っ張るのだ。二度あった。
ビースト、獣、の毛むくじゃらな腕が私をまるごと裂け目のような所へ引っ張る。
私は目が覚める。
だがそこは磁場が外れている。世界を虚数方向へめくっている。緊張。ぎらぎら冷たい凶暴。私は子供の頃泊まった母親の実家の座敷にいる。襖の向こうに従姉妹たちの気配がする。私は過去に居合わせているのだ。そこへまた三度目の腕が来る。
外は雨。隣で妻が微かな寝息をたてている。私は入れ子のような世界の構造。妻の手を握る。妻は頷いてこちらへ寝返り、また寝息をたてる。
闇の中。雨の音。
しばらく座標の位置取りに手間取り、狂ったかと思う恐怖があるが、実はこんな体験は嫌いではない。壊れた装置は面白い。要は人類史的な意味で、名辞以前という奴は豊饒なんだろう。世界の向こうには実に世界の向こうがあって、世界の向こうからこちら側を見れば、実にこちら側も世界の向こうなのであった。
2001/10/16
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