代表畑村の「私のエンジン哲学」

■私のエンジン哲学「エンジンはない方がええ!」

グライダーの操縦席にてグライダーの操縦席にて

「エンジンはない方がええ」と言うと、一見目指すべきは電気自動車(EV)であって、エンジン車はなくなるべきという主張のようにも思われるかもしれませんが、決してそういうことを言いたいのではありません。確かにEVの静粛性は私の理想の車像を見事に体現していると思います。さらに、EVの駆動源である電気モーターは、低速時に大きなトルクを出しつつ高速時は回転数が変わっても等出力が維持されます。一方で、ディーゼルエンジン車やガソリンエンジン車では、そのトルクカーブ(性能)を獲得するためにギアやクラッチなどを組み合わせなければなりません。それらの機構を組み込むとどうしても機械損失などが発生してしまい、効率が落ちざるを得ません。EVは静かでスムーズに走るので「乗っていて楽しい」。近年欧米で売れ行きの良い車種は、「低速トルクが大きい」という傾向があります。やはり乗り手としては、速やかに加速してくれる車は扱いやすいし、ドライバーは気持ちがいい。EVの低速トルクは、近年のディーゼルエンジン車・ガソリンエンジン車のさらにその上を行っており、自動車としてはEVのトルク特性は理想と思われます。

しかし、現時点ではEVが必ずしも環境にやさしい車とは言い切れません。と言うのも、我が国ではEVを走らせる電力を用意するために、多くの化石燃料を燃やしています。電池の製造にも大きなエネルギーを使っています。つまり、EVは現段階では二酸化炭素の排出量の削減には貢献出来ていません。将来、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーによる電力が普及すれば、真の意味でEVは環境に優しい自動車となれると考えています。

その一方で、技術を上手に使えば、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンでも、EVに期待されている以上の燃費や環境性能を獲得することができると私は信じていますし、現にそれを証明するような技術が次々と出てきています。

■環境問題への関心から目指したエンジン開発

アワビの動きの研究アワビの動きの研究

実は意外と思われるかもしれませんが、私は大学時代、そして東洋工業(現マツダ)に入社しての3年間はエンジン開発とは無縁でした。大学では内燃機関ではなく生物工学専攻でした。生物工学とは「生物の機能を取り出し、工学的に利用すること」を目的とする研究です。その当時は結構流行っていた研究で、私は「アワビのように曲面上を移動する歩行ロボット」を研究していたのです。このような研究に興味をもったのは、生物の歩行形態は、さまざまな歩行環境に適応し、そのエネルギー効率が高いからです。日本はエネルギー資源に乏しい国であり、エネルギー問題は今よりももっと大きな問題でした。私が大学院に在学中の1973年に第一次オイルショックが起きたのも重なり、エネルギー効率が高い、また環境にとっても極めて優しい移動形態の研究に興味をもちました。もっとも、私たちに飼われていたアワビ達にとっては迷惑極まりない話だったとは思いますが。


マツダで開発した電気自動車(1975年)

大学卒業後、マツダに入社して、最初の3年間は「電気自動車をベースとした新交通システムの開発」をしていました。当時マツダは1975年の段階でEVの試作車を作っており、それに試乗した私は、決して速くはないが、その快適な走りに感動しました。振動騒音がなく低速から大きなトルクが出るEVはエンジン車とは別世界でした。当時としては最先端な研究だったのですが、1978年に発生した第二次オイルショックが起こり原油価格が急騰。その結果、自動車会社間の燃費競争の幕が開き、それと同時に配置転換でエンジン開発に回されることとなりました。たまたまハイブリッドの研究をしていたので、異動先がエンジンになったわけです。


休日はグライダーの操縦教官休日はグライダーの操縦教官

そもそも私の環境問題への関心はエンジン開発にたずさわるよりも前から始まっていたのです。大学時代から現在も、趣味でグライダーの操縦をして大空の散歩を楽しんでいます。グライダーは動力源を持たずに滑空して空を飛ぶ、極めて環境にやさしい乗り物です。条件が良ければ、風の力で数時間・数百kmの飛行が可能です。それにエンジンの振動騒音がないので、聞こえるのは風切音だけ、滑るように(実際に滑っているのですが)飛んでいきます。また、マツダで働いていた時も、毎日家から会社まで走って通勤していました。そういう意味でも昔から環境に関する意識は高かったですし、それを実生活で実践していきたいと常々思っています。

■エンジンで走っていても、やっぱり「エンジンはない方がええ」

マツダ ミラーサイクルエンジンマツダ ミラーサイクルエンジン

矛盾しているように思われるかもしれませんが、やっぱり「エンジンはない方がええ」のです。「エンジンが無くなれば良い」ではなく、どちらかというと「エンジンの存在感をなくしたい」、つまりは「振動騒音がなく、燃料を消費せず、排ガスを出さず、スペースを取らず、重くもなく、それでいてアクセルに応じて素直に加速する」、そんなエンジンです(*1)。現実的には、エンジンの排気量当たりのトルク密度を向上し、ダウンサイジングさせることになります。

エンジン設計に移動になってすぐディーゼルエンジンの振動騒音の開発を担当しました。燃費はいいが音がうるさいので、そこに注力したわけです。結果、ターボ過給の必要性を痛感してその開発計画を作ったところで、新しいV型6気筒ガソリンエンジンの設計に異動になりました。そこで、3Lの代わりにするという狙いでターボ過給2Lエンジンを開発しました。コンセプトは今でいうダウンサイジングです。このエンジンは1980年代より開発に着手しており、私としては絶対イケると信じていました。ところが、1986年に市場投入したルーチェ2では、ターボラグがあったため走り感が悪く、また圧縮比が低かったため燃費向上効果が少ないなどの問題がありました。この開発を通して、ガソリンエンジンにターボは向かないし圧縮比を下げてはいけない、という結論を得て、リショルムコンプレッサとミラーサイクルを採用した新エンジンの開発をスタートしました。7年間の開発を経て1993年に市場投入したユーノス800のV6 /2.3Lミラーサイクルエンジン(*2)では、3Lを超える快適な走りと2Lクラスの燃費を実現することができました。 その当時はダウンサイジングという言葉は一般的ではありませんでしたが、今考えると、このエンジンは世界初のダウンサイジングガソリンンジンであったと考えています。その後、今世紀に入ってから、特に欧州の自動車会社から過給機付きダウンサイジングエンジンを採用する波が訪れたのはご存知のとおりです。

(*1)電気自動車は、大きく重い電池を積み、発電所で燃料を消費して排ガスを出すので、対象にはなりません。
(*2)技術的には高い評価を得ましたが、「2.3Lにしては値段が高すぎる」と言う声に押されて、商業的には成功作とは言えませんでした。

■我々が目指すエンジンの最終形とは

そして、この次に来るエンジン技術はHCCIであると考えています。ただ、単純にHCCI燃焼を実用化しても燃費が良くなるだけなので、現在の過給ダウンサイジングガソリンエンジンに勝てると思っていません。可変動弁機構やターボ過給機を組み合わせて初めて、「静かで、排ガスがきれいで燃費が良く、軽量コンパクトで、アクセルに素直に快適に走る」エンジンになると考えています。詳しくは事例をご覧ください。

そして我々が目指す「ダウンサイジングエンジン」の最終形は、1.5L程度の3気筒エンジンではないかと考えています。これにターボ過給機付きHCCIを導入し、ミッションは効率の高いAMTをかませ、少しだけハイブリッドの機能を付けたものを次のステップとして開発したいと考えています。

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