△ 「背中のイジン」シーン8


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暗い中、様々な声が聞こえてくる。
ゆっくりと明転していくと中央に周作が寝ている。

周作 「ちょっとどういうことです?なぜハナと私が別れなければ?」舞台写真
「仕方がない。ハナの実家が問題なんだ。」
周作 「ハナは関係無い!私が日本を留守にしている間に勝手なことをしないで貰いたい。」
「でなければ恩賜賞の話は無くなってしまうんだぞ。」
周作 「ハナを失うくらいなら、どんな賞もいりません!」
「これは君だけの賞では無い。瀬名一族や研究所職員の未来にも関わってくるんだ。」
周作 「冗談ではない!到底納得のいく話ではない!ハナ!ハナ!!」

周作、目を覚ます。

周作 「…夢でしたか…ひひ孫…周人君と言いましたか…あれも夢でしょうか…」

周人達、飛び込んで来る。

周人 「だから悪かったって言ってんだろ!」
周作 「あ、夢じゃない。」
道子 「あんたのバカさ加減にはかあちゃん情けなくて涙出てくらぁ!」
周人 「(周作が起きたのに気付き)あ、目覚ましたんだ。」
典子 「具合はどうです?」
周作 「おかげさまで。」
周人 「良かったじゃん。じゃあな。」
道子 「待ちなさい。話終わってない。」
周人 「ったく!」
典子 「五万よ?たった五万であんた命売ったのよ?」
周人 「死んでねえよ。」
道子 「とにかくね、あんたいつもカネカネカネカネってそればっかだからこんな事になんのよ。」
周人 「だから大袈裟だって」
道子 「母ちゃんね、あんたが医者になりたいって言ってくれたときゃ、ほんとに嬉しかったよ。」
周人 「またその話か」
道子 「しかも、ストレートで医大に入ったんだ。だからあんたのことバカとは言わないさ。」
周人 「さんざん言ってるじゃねぇか!」
道子 「但し、あんたには医者の心ってもんが足んないんだよ。」
周作 「医者の心…」
道子 「心から病気の人達を治してあげたいという魂のこった。」
周人 「そうは言うけどな、母ちゃん。」
道子 「なんだ」
周人 「その魂のせいで医者のくせに貧乏生活送ってきたから、オレはこうなっちまったんだぜ!」
道子 「あ〜情けない!『ボロは着てても心は錦』って水前寺清子も言ってただろ?」
周人 「なんだよそれ?」
道子 「チーターだよ!」
周人 「どういう意味かって聞いてんだよ!」
道子 「どんな貧乏だって心は豊かになれるってこった!そこから感動さえ生まれんだよ!」
周人 「例えば?」
道子 「例えば…ほら、あれだ世界の名作にも出てくるだろ。あれだよ、あれ…そう!『マッチ売りの少女』とか、『フランダースの犬』のネロとか。貧しくたって感動を与えてくれたろ?」
周作 「どうなったんです?マッチ売りの少女?」
典子 「死んだ。」
周作 「ネロは?」
典子 「死んだ。」
周人 「駄目じゃん。」
道子 「あ〜うるさいよ!」
周人 「オレには心より金だ。」
典子 「まだ言うか。」
周人 「大体、病気の人から大金は取れねえとか言ってっから貧乏なんだよ。」
道子 「ウチは『良心的診療』がモットーだ!」
周人 「何が良心だよ!安くなきゃこんな病院誰も来やしねーよ!」
道子 「なんだって?」
周人 「ちゃんと金稼いで、いい医療設備にしていりゃ親父だって…」
典子 「周人。」
周人 「でなきゃ、もっといい病院に移してやれりゃあ…」
典子 「それ以上言ったらキザむぞてめえ!」
道子 「典子、よしな…」舞台写真
周作 「まあまあ。周人君、君の気持ちもわかりますが、私はお母さんに賛成です。そもそも『良心的診療』というのは私の代からのモットーだ。(道子の手を握り)受け継いでくれて嬉しいですよほんとに。」
道子 「もう一度聞いていい?」
周作 「なんなりと。」
道子 「あんた誰?」
周作 「えっ?あっそうでしたね。実は私、瀬名周作です。こんにちは。私もね、まさか死んでから八十年以上も経って生き返るとは夢にも…」
道子 「あなた…」
周作 「はい?」
道子 「大変!頭打ってるわ!」
周作 「いや、打ってませんが…」
道子 「典子!シーティースキャン!」
典子 「無いでしょ。」
道子 「無いわよね。じゃすぐに総合病院に連れていきましょう。」
典子 「はい。」

道子、典子、周作を連れていこうとする。

周作 「待って下さい!私は本当に…あの、周人君?」
周人 「あんたもいい加減本当のこと言ったら?」
周作 「え〜!それは殺生ですよ!」

森島入って来る。

森島 「あの、すみません。」
道子 「あ、森島君。」
森島 「先生やっと意識戻られました。」
周作 「森島君?」
森島 「はい?」舞台写真

周作、森島に近付き両腕を掴み

周作 「森島君じゃないか!」
森島 「森島ですけど、どなたです?」
周作 「君も生き返っていたか!」
森島 「(周りに聞くように)誰?誰?」
周作 「忘れたのか?私だよ。瀬名周作だ!」
森島 「瀬名周作って…(また、周りに聞くように)どういうことこれ?どういうこと?」
周作 「森島君だよな?森島友三郎君だよな?」
森島 「え?いや、卓哉です。森島卓哉。」
周作 「卓哉?」
森島 「友三郎は僕の祖祖父です。」
周作 「祖祖父?」
道子 「ごめん、森島君。この人ちょっと頭打ったみたいで…」
周作 「だから打ってませんって。」

おじい入って来る。

おじい 「いやいや本当にすまなかった。ワシにも何がどうなったのかさっぱり…」

おじい、周作を見て固まる。

おじい 「じいさん…?」
典子 「いや、じいさんはあんただ。」
道子 「しっかりしてよも…ちょっとまさかじいちゃん…」
典子 「来ちゃった?」
周人 「え、来ちゃった?」
道子 「来ちゃったの?」
森島・ 「来ちゃったんですか?」
おじい 「なんも来とらんぞ!なあじいさん。」
周作 「私もあなたのほうがじいさんだと思います。」
おじい 「いや、そうじゃなくて!(まじまじと周作を見つめ)…私は、あなたの、孫です。」

沈黙。

典子 「…やっぱ来てるよ。」
周人 「え、来てるの?」
道子 「来てるのね。」
森島 「来てるんですか?」
おじい 「だから、来とらんて!」
周作 「孫って…じゃ、君が私の研究を継いでくれている…」
おじい 「そうです、孫の周助です!!」
周作 「周助君か!そうか、それでじいさんか!」
道子 「ちょっとじいさん。」
周作 「はい?」
道子 「あんたじゃなくて、老人の方。」
おじい 「老人って…老人だけど…」
道子 「今までね、さぞやまともな実験してると思ってたから黙ってたけど、これは何?わざわざ人雇って瀬名周作が生き返りましたゴッコ?」
おじい 「ゴッコって…」
道子 「あんたも、あんたよ。いくら周作の顔が知られてないからって、よくもまぁぬけぬけと。」舞台写真
典子 「あれじゃない?どうせ売れない劇団かなんかの売れない役者なんじゃないの?」

一瞬ライトがかわり、グサッ!という音。
全員、一瞬だけ刺されたリアクション。

周作 「違うけど、何か刺さりましたね。」
道子 「ここは遊び場じゃないの。とっとと出てってくんない?!」
森島 「ちょっと待って下さい。」
典子 「何?」
森島 「この人もしかして本物かもしれませんよ。」
道子 「本物って?」
森島 「本物の瀬名周作です。」
道子 「(ため息をつき)森島君、いいのよ、こんなじいさん庇わなくたって。」
おじい 「こんなとは、どんなだ!」
森島 「いえ、そうじゃなくて。いいですか?実験中、あの部屋は密室でした。更にドアが壊れて、中からも外からも開かない状態。それを典子さんが蹴り壊して入った時、既に中には彼がいた。」
典子 「うん。」
森島 「そんな事ありえませんよ!」
道子 「死んだ人間が生き返る方が、ありえないと思うけど。」
森島 「もう一つ。彼が僕を、祖々父の友三郎と間違えたでしょ?」
典子 「うん。」
森島 「祖々父は、御存じの通り瀬名周作の助手をしていました。」
周作 「優秀な助手でしたよ。」
森島 「しかも、僕とそっくりだったと祖父がよく話してくれます。」
道子 「そんなの昔の写真調べりゃ…」
森島 「祖々父の若い頃の写真は一枚も残っていないんです。」
典子 「え?」
道子 「たまたま口からでまかせが当たったんじゃない?」
森島 「わかりました。それじゃこの人にいろいろ質問してみましょう。」
おじい 「あぁ、いいねそれ。お前、ウチの家族よりも周作に詳しいからな。」
周人 「自称日本一の周作おたく、だもんな。」
周作 「何だか照れくさいですね。」
森島 「あなたが本物なら、私の質問に全て答えられるはずです。」
おじい 「何か森島君、輝いてきたね。まぶしいよ。」
森島 「では行きます。まずは初級、誕生編。あなたの生まれた年は?」
周作 「明治二十八年。」
森島 「西暦は?」
周作 「1895年。」
森島 「干支は?」舞台写真
周作 「羊。」
森島 「あなたの作り出したワクチンは?」
周作 「『イタリア熱』と、『エイベキスト病』」
森島 「あなたが開発した、医療器具は?」
周作 「瀬名式腹内鏡。」
森島 「全て正解だ。」
全員 「おぉ〜〜〜!」
道子 「こんなの詳しい人なら知ってて当然でしょ。」
森島 「では中級、歴史編。明治44年、あなたが十七才の時に沈没したイギリスの客船は?」
周作 「タイタニック。」
森島 「好きだった力士は?」
周作 「横綱大錦。」
森島 「好きだった活動写真は?」
周作 「『ジゴマ』は良かったなぁ。」
森島 「大正三年、上野で開催された催し物は?」
周作 「東京大正博覧会。」
森島 「そこであなたが気に入って十回以上乗った乗り物は?」
周作 「エスカレーター。」
森島 「全問正解。」
全員 「凄え〜!」
典子 「全然わかんねぇ…」
森島 「では上級編。」
周作 「何か楽しいですね、これ。」
森島 「いきますよ。あなたがアメリカで研究をしていた施設の名前は?」
周作 「ロックフェラー医学研究所。」
森島 「そこの所長の名前は?」
周作 「ドクター・フレクスナー。」
森島 「下宿屋のおばちゃんの名前は?」
周作 「ミス・ウィットマイヤー。」
森島 「そのおばちゃんが飼っていた猫の名前は?」
周作 「え〜と…イン…イン…イントレランス!」
森島 「今何問目?」
周作 「十五問目。」
森島 「全問正解。」
全員 「すっげえ〜〜〜!」
おじい 「やはりあなたは本物だ!」
森島 「スペシャルクイズ!!」
周人 「え?まだあんの?」
典子 「あんた意地になってない?」
森島 「いよいよ最後の問題です。良く考えてお答え下さい。大正十一年六月、死の直前にあなたは突然アメリカから帰国しますが、その理由は?」
周作 「えっ…それは…」
森島 「それは?」
周作 「それはハナに…」
森島 「ハナに?」
周作 「ハナに…(周作、次第に暗くなっていく)」
森島 「どうしました?」
周作 「ハナ…ハナに会いたい…」
森島 「周作さん?」
道子 「認めるわ。」
典子 「お母さん?」
道子 「あなたが森島君以上の周作おたくって事はね。」
森島 「いえ、彼は本物です。」
道子 「だってスペシャルクイズ答えらんなかったじゃない。」
森島 「当然です。最後の質問は謎だったんですから。」
おじい 「そう。じいさんが何故急に帰国したのかは、誰にも分からんのだ。」
森島 「でも、今彼はハナに会いたいって。」
典子 「ハナって?」
森島 「周作さんの奥さんの名前です。」
周人 「俺、信じる。」
道子 「え?」
周人 「何か分かんないけど、この人本物って気がしてきた。」
典子 「馬鹿かお前は?!」舞台写真
道子 「ちょっとしっかりしてよ!周人も森島君も!これから医者になろうって人間が!」
おじい 「あぁ、こんな時じいさんの顔写真でも残っていたら…」
周作 「残ってないのかい?」
おじい 「残さなかったのは、あなたでしょ?」
周作 「確かに写真はあまり撮りませんでしたが、何枚か撮ったんですけどね、顔も。」

後藤が顔を出す。

後藤 「あの、すみません。」
典子 「てめ、いいかげん帰れよ!」
後藤 「はい。でもあの、また患者さんが…」

満が花音を抱えて入って来る。

「すいません、おばちゃん。」
道子 「なんだ、みっちゃんじゃない。」
「この子診てあげて下さい。」
花音 「あ、大丈夫です、もう。」
周人 「花音。」
典子 「ちょっと、みっちゃん何したのよ?」
「酷い目に遭わせてしまった。」
典子 「酷い目って…嫌!嫌よそんなの!」
「ずっと断っていたんだけど、彼女がどうしてもっていうんで…」
典子 「だからって、そんな、酷い!みっちゃんのケダモノ!」
「典ちゃん?」
花音 「もう、大丈夫です。ホントに。お騒がせしてすみませんでした。」
周作 「…ハナ?」
周人 「え?」
周作 「(花音の肩を掴み)ハナじゃないか!」
周人 「ちょっと何すんの。この子はハナじゃなくて、花音だよ。美波花音。」
周作 「花音…これは失礼。」
花音 「この人は?」
周人 「オレのひいひいじいちゃん。」
花音 「は?」

突然、満が絶叫。

「うわあぁぁぁっ!!」
典子 「何?どうしたの、みっちゃん?」
「だってこの人…この人…みなさんこの人が見えるんですか?」
周人 「見えるもなにも、触れるけど。(周作に触る)」
「何で…(周作に触る)えぇ〜〜〜?!」
典子 「何なのよ、もう。」
「この人…強い霊気を発してるんです。死んだ人の。」
周人 「だってこの人死んでるもん。」
「え?」
周作 「瀬名周作です。」
「瀬名周作って…」
周人 「この人、隣に住んでる満さん。霊媒能力があるんだ。」
周作 「霊媒師の方ですか。」
道子 「ちょっとやめてちょうだいよ、みっちゃんまで。」
「いや、しかしどうゆうわけか分かりませんが…彼は本物です。」
典子 「お母さん、私もこの人本物だと思う。」
道子 「ちょっと典子。」
典子 「みっちゃんが言うんだから、間違いない。」
道子 「あんたまで何言ってんの!」
花音 「あの、今…私のことハナって…」舞台写真
周作 「すみません。あまりにも似ていたもので。」
花音 「ハナは私の祖々母の名前です。」
周作 「え?」
「今日彼女はその人の霊を呼び出す為に私の所に来たんです。」
周人 「え?じゃあ、ウチと花音ンちは親戚だったの?」
道子 「待ってよ。ハナなんて名前、当時はいくらでも…」
おじい 「花音ちゃん、お母さんの旧姓は?」
花音 「上杉です。」
おじい 「御実家は神田かな?」
花音 「はい。」
おじい 「間違いない。同一人物だ。」
道子 「どうゆう事?」
おじい 「ハナさん、つまりワシのばあさんは、周作と離婚したんですよね?」
周作 「はい…」
周人 「そうなの?」
おじい 「当時七才の息子、つまりワシの父を瀬名家に残し、すぐに再婚してるんです。」
周作 「再婚?」
おじい 「その嫁ぎ先が神田の上杉家。」
花音 「すみません、いいですか?私、今いち話についていけないんですが…」

携帯が鳴る。

周作 「あれ?何か虫が鳴いてません?」
周人 「虫?」

後藤の携帯だった。

周人 「あぁ、携帯ね。」
後藤 「あ、警部からだ。」
森島 「電話ですよ。」
周作 「電話?あれが?」
後藤 「はい…はいそうです…」舞台写真

みんなポケットからそれぞれ携帯を出して、周作に見せる。

周作 「おぉ!これみんな電話器ですか?!これは凄い。」

周作、携帯電話をいじり出す。

後藤 「え?今からですか?…いや、でも今スゴイ面白そうなとこなんで…(携帯から怒鳴り声)わかりましたよ!すぐ行きますって!(携帯をしまう)というわけで、ほんと申し訳ありませんが、僕はこの辺で失礼します。」
典子 「って言うか何でいたんだあんた。」
後藤 「じゃ。」

後藤ハケる。

「誰ですか、あの人。」
典子 「後藤さん。近所に住んでる刑事さん。」
周人 「刑事?」

後藤、また顔を出す。

後藤 「あの。」
典子 「しつこいな!」
後藤 「また患者さんが…」
道子 「はいはい、ありがと。(部屋の全員に)あんた達何でもいいから、その人連れてとっととここから出てってちょうだい!ウチには精神科はないんだからね。典子、行くよ。」
典子 「はい。」

道子ハケる。

典子 「私はみっちゃんを信じるからね。」

典子ハケる。

森島 「どうしましょう…」
おじい 「ワシのラボはあんな状態だし。」
「とりあえず、ウチにでも来ませんか?」
周作 「よろしいんですか?」
「えぇ、狭いですけど。」

全員ハケる。突然、鎧を着た武者が現れる。
辺りを見回し、みんながハケた方向へハケる。

(作:松本仁也/写真:広安正敬)

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