トップページ > ページシアター > 背中のイジン > シーン8|初演版 【公演データ】
暗闇の中会話が聞こえ(声のみ)ゆっくりと明転。ベッドで横たわる周作が薄っすらと見えて来る。
周作 「どういう事です?何故ハナと離縁せねばならんのです?!」
声 「仕方なかろう。ハナのご実家がああなっては…」
周作 「僕が日本を留守にしている間に、勝手なまねをしないで頂きたい!」
声 「さもなくば恩賜賞(おんししょう)の話は無くなってしまうんだぞ?」
周作 「ハナを失うくらいなら、どんな賞もいりません!」
声 「これは君だけの賞では無い。瀬名一族や研究所職員の未来にも関わって来るんだ。」
周作 「冗談ではない!到底納得のいく話ではない!ハナ!ハナ!」
周作目を覚まし体を起こす。照明、瀬名診療所の病室灯り。
周作 「ハナ!!…夢でしたか…ひひ孫…周人君と言いましたか…あれも夢でしょか?」
周人、道子、典子が入って来る。
周人 「だから悪かったって言ってるだろ?!」
周作 「あ、夢じゃない。」
典子 「具合はいかがですか?」
周作 「おかげさまで。」
周人 「良かったじゃん。じゃあな。」
道子 「待ちなさい!話終わってない!」
典子 「5万だよ?たった5万であんた命売ったのよ?」
周人 「死んでねぇよ。」
道子 「いつもカネカネカネカネって、そればっかだからこんな事になんのよ。」
周人 「だから大袈裟だって。」
道子 「母ちゃんね、あんたが医者になりたいって言ってくれたときゃ、ホントに嬉しかったよ。」
周人 「またその話か。」
道子 「しかもストレートで医大に入ったんだ。だからあんたのことバカとは言わないさ。」
周人 「さんざん言ってるじゃねえか!」
道子 「但し、あんたには医者の心ってもんがないんだよ。」
周作 「医者の心…」
道子 「心から病気の人たちを治してあげたいっていう魂のこった。」
周人 「その魂のせいで医者なのに貧乏生活送って来たから俺はこうなっちまったんだぜ!」
道子 「あ〜情けない!『ボロは着てても心は錦』ってチーターも言ってただろ?」
周人 「何だよそれ?」
道子 「水前寺清子だよ!」
周人 「歌手名じゃねーよ!どういう意味かって聞いてんだよ!」
道子 「どんな貧乏だって心は豊かになれるってこった!そこから感動さえ生まれんだよ!」
周人 「例えば?」
道子 「例えば…ほら、あれだ、世界の名作にも出て来るだろ?あれだよあれ…そう!『マッチ売りの少女』とか『フランダースの犬』のネロとか。貧しくたって感動を与えてくれたろ?」
周作 「どうなったんです?マッチ売りの少女?」
典子 「死んだ。」
周作 「ネロは?」
典子 「死んだ。」
周人 「みんな死んでんじゃねえか!」
道子 「あ〜うるさいよ!」
周人 「大体、病人から大金は取れねえとか言ってっから。こんなぼろ病院なんだよ!」
道子 「うちは『良心的診療』がモットーだ!」
周人 「何が良心だよ!人救ってんだからもっと稼いだって罰は当たんねえだろ!」
道子 「何だって?」
周人 「ちゃんと稼いでいい医療設備にしてりゃ親父だって…」
典子 「周人。」
周人 「でなきゃもっといい病院に移してやれりゃあ…」
典子 「それ以上言ったらキザむぞてめえ!」
道子 「典子、よしな…」
周作 「まあまあ。周人君の気持もわかりますが、僕はお母さんに賛成です。そもそも『良心的診療』は僕の代からのモットーだ。(道子に)受け継いでくれて嬉しいですよホントに。」
道子 「もう一度聞いていいですか?」
周作 「なんなりと。」
道子 「…あんた誰?」
周作 「え?…あ、そうでしたね。え〜、驚かれるとは思いますが、僕は瀬名周作です。初めまして。僕もね、まさか死んでから百年以上経って生き返るとは夢にも…」
道子 「あなた…頭打ってるわね…」
周作 「いえ、打ってませんが…」
道子 「すぐに総合病院に連れて行きましょう。」
典子 「はい。」
道子、典子、周作を連れて行こうとする。
周作 「待って下さい!あの、周人君からも言ってあげて下さい。」
周人 「あんたもいい加減本当の事言ったら?」
周作 「え〜?!それは殺生ですよ!」
森島が入って来る。
森島 「あの、すみません。」
道子 「あ、森島君。」
森島 「先生やっと意識戻られました。」
周作 「森島君?」
森島 「はい?」
周作 「森島君じゃないか!」
森島 「はい、森島ですが、どなたです?」
周作 「(森島の手を取り)そうか!君も生き返っていたか!」
森島 「(周りに聞くように)誰?誰?」
周作 「僕ですよ!瀬名周作です!」
森島 「瀬名周作って…(また周りに聞くように)どういうことこれ?どういうこと?」
周作 「森島君ですよね?森島友三郎。」
森島 「え?いや、卓哉です、森島卓哉。友三郎は僕の曽祖父です。」
周作 「曽祖父?」
おじいが入って来る。
おじい 「いやいや、ホントにすまなかった。何がどうなったのかさっぱり…」
おじい、周作を見て固まる。
おじい 「え?…爺さん…?」
典子 「いや、爺さんはあんただ。」
道子 「しっかりしてよも…え?ちょっと…まさか爺ちゃん…来ちゃった?」
典子 「来ちゃったの?」
周人 「え?来ちゃった?」
森島 「来ちゃったんですか?」
おじい 「何も来とらんぞ!(周作に)なあ、爺さん。」
周作 「僕もあなたの方が爺さんだと思います。」
おじい 「いや、そうじゃなくて!(周作をまじまじと見つめ)…私は、あなたの、孫です。」
沈黙。
典子 「…やっぱ来てるよ。」
周人 「来てるの?」
道子 「来てるのね?」
森島 「来てるんですか?」
おじい 「だから来とらんて!」
周作 「待ってください。孫って、もしかして、あなたがさっきの実験を?」
おじい 「そうです、孫の周助です!!」
周作 「周助君か!そうかそうか!」
おじい 「い、いや待てよ…こんな事あるわけがない…やっぱりワシは…死んだのか…?」
典子、ピコピコハンマーでおじいを叩く。
おじい 「痛っ!生きてます!」
道子 「爺ちゃん。」
周作 「はい?」
道子 「あんたじゃなくて老人の方。」
おじい 「老人って…老人だけど…」
道子 「今までね、さぞやまともな実験してると思ってたから黙ってたけど、これは何?わざわざ人雇って瀬名周作が生き返りましたゴッコ?」
おじい 「ゴッコって…」
道子 「あんたもあんたよ。いくら周作の顔が知られていないからって、よくもまぁぬけぬけと。」
周作 「顔が知られていない?」
道子 「ここは遊び場じゃないの。とっとと出てってくんない?」
森島 「待ってください。この人もしかしたら、ホンモノかもしれませんよ。」
道子 「(ため息をつき)森島君、いいのよ、こんな爺さん庇わなくたって。」
おじい 「こんなって…」
森島 「いえ、そうじゃなくて、いいですか?実験中あの部屋は密室でした。更にドアが壊れて中からも外からも開かない状態。それを典子さんが壊して入った時、既に中には彼がいた。」
典子 「うん。」
森島 「そんな事ありえませんよ!」
道子 「死んだ人間が生き返る方がありえないでしょ。」
森島 「そして、僕を曽祖父の友三郎と間違えたましたよね?」
周人 「うん。」
森島 「僕の曽祖父は瀬名周作の助手でした。しかも、僕とそっくりだったと祖父がよく話しています。」
道子 「そんなの昔の写真を調べりゃ…」
森島 「曽祖父の若い頃の写真は1枚も残っていません。」
典子 「え?」
道子 「どうせでまかせがたまたま当たったんでしょ。」
森島 「わかりました。それじゃこの人に色々質問してみましょう。」
おじい 「あ、いいねそれ。森島君、ウチの家族よりも周作に詳しいからな。」
森島 「あなたがホンモノなら、私の質問に全部答えられるはずです。」
おじい 「なんか森島君、輝いてきたね。まぶしいよ。」
周人 「自称『日本一の瀬名周作おたく』だもんな。」
(作:松本じんや/写真:はらでぃ)