伊豆妖怪探訪


2005年、9月18日。

伊豆に棲まう妖怪を取材して参りました。


これは、浄蓮の滝近辺のお土産屋さんでゲットした書籍です。

驚いた事に内容の殆どが奇談怪談で、そればかりか数々の妖怪も登場します。

正しく、柳田国男の『遠野物語』に匹敵する内容と言えましょう。

「伊豆って、実は妖怪の名所だったのね?」

わたし自身、そんな思いで今回この取材レポートを作った次第です。

少ない期間での取材だった為、内容充分とは言えません。

まだまだ伊豆の各地には、妖怪の匂いがプンプン漂っています。

天狗、河童、狐狸の類、様々な伝説がある様です。

一部ですが、そんな伊豆の妖怪伝説をご紹介しようと思います。

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松江へ

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その1:河童(又は河鹿)伝説

     河童伝説は複数あるようですが、3つほど御紹介しましょう。

     

   

『河童の傷薬』

※中豆(なかず)の雲金(くもがね)に伝わる話だそうです

     馬に乗って川を渡ろうとする医者があった。

    すると、川の中から馬の脚を引っ張る者がある。

    医者は、その何者かの腕を叩き切った。

    馬の脚を掴んだままぶら下がった腕をよく見ると、それはどうやら河童の腕であった。

     その晩、医者の家を訪ねてきたのは、片腕を失ってションボリした河童であった。

    どうか片腕を返して欲しいと河童は言うのだ。

    しかし、医者は断った。今更返したところで、元通りくっ付く訳でもあるまい。

    すると、河童は傷の名薬を持っていて、このくらいの傷ならば簡単に治ってしまうと言う。

    ならば片腕を返す交換にと、医者はその名薬の処方を教えてもらう事にした。

     河童の教え通りに薬を調合すると、なるほど傷によく効く名薬が出来た。

    この名薬はたちまち評判となり、医者は大繁盛を遂げたそうな。

 

     

『河鹿(かじか)の屏風』

※湯ケ島に伝わるお話だそうです

    大変怠け者の菊次郎と云う若者がいた。

   菊次郎は、親の残した財を殆ど遊びに使ってしまい、とうとう借金が返せなくなった。

   最後に残ったのは山であった。

   仕方なくその山を売ろうと山見に出掛けた菊次郎だったが、

   ある沢まで来ると、疲れて眠ってしまう。

   菊次郎の夢枕に、一人の不思議な老人が立って言う事には、

   「わしはこの沢に棲む河鹿の頭領じゃ。

    あなたはこの山を売ってしまおうと考えている様じゃが、

    もしそうして、この沢の周りの木が切られてしまうような事があれば、

    日照りで谷の水は渇き、雨が降れば濁り水に押し流されて、

    わし等河鹿は、ここに棲めなくなりますじゃ。

    どうか菊次郎さん、山を売る事だけはしないで下され」

   そうして河鹿の頭領に手を握られた菊次郎は、

   その手のあまりの冷たさに目を覚ましたが、そこに河鹿の頭領の姿なぞは無かった。

   夢であったかと思いつつも、菊次郎は山を売る事はやめにして、

   土蔵の中の品々をかき集め金に換え、何とか借金を成す事ができた。

    手元に残ったものは、売り物にならない真っ白な屏風だけとなった。

   やれやれ、疲れ果てた菊次郎は眠りについた。

   明け方、沢山の河鹿の声で菊次郎が目を覚ますと、

   不思議な事に、立て掛けて置いた白屏風には、見事な河鹿の墨絵が描かれていたと。

   この屏風の絵の見事さはたちまち評判となり、大勢の資産家が買い求めに来たが、

   菊次郎は、「これは家宝じゃ」と言って、がんとして売らなかった。

    やがて年を経て、見事家の再興を遂げた菊次郎だったが、老いてとうとう亡くなった。

   すると、屏風の絵もスッカリ消え失せ、また元通りの白屏風に戻ってしまったそうな。

 

     

『河童のくれた壺』

※河津に伝わるおはなしだそうです

    田を鋤いていた牛の尻尾に、悪戯好きな河童がぶら下がった。

   牛は驚いて暴れ出し、田は滅茶苦茶になってしまった。

   怒った百姓衆は、この河童を追い回し、とうとう捕まえて殺してしまう相談を始めた。

   そこへ和尚が通りかかり、皆を説得すると、捕らえた河童を逃がしてやった。

    その晩の事、和尚を訪ねる者がある。

   「どなたじゃな?」

   「はい、わたしは今日あなたに助けていただいた河童で御座います」

   「で、何用じゃな?」

   「はい、助けて貰ったお礼に、壺を持って参りました。

    どうぞこの壺は手元に置き、大切にして下さいますように・・・」

   そう言い残して、河童は去って行った。

    さて、河童のくれた壺からは、何とも心地良い水の音が聞こえて来る。

   サラサラ・・・チロチロ・・・

   この水の音を聞きながら眠りにつくと、翌朝清清しい気分になり、

   また、頭痛も治まるし、意地悪な人間は善人になったと云う。

    ある雨降りの晩の事、壺から何時もの心地良い水の音とは違った、

   轟轟と水のうねる音が聞こえて来た。

    これは只事でないと察した和尚は、

   急いで村人達に、高台へ批難するよう鐘をついて知らせた。

   案の定、降り続く雨の所為で川は氾濫したが、

   しかし、和尚の勧告に従い批難していた村人達は、大惨事から免れた。

    さて、河童がくれたこの壺は、今でも谷津の栖足寺の寺宝として、

   大切に保管されているそうな。

 

 


その2:天狗伝説

 

『天狗の詫び状』

※伊東に伝わるお話です

    今から約350年ほど昔、伊東から修善寺に通じる柏峠で奇怪な事件が度度起こった。

   そこで仏現寺の僧、日安上人が、七日七晩の祈祷を行うと、

   なんと、山伏姿で赤ら顔、鼻の長さは90センチもあろうかと云う天狗が姿を現した。

   上人が、勇気を持ってその長い鼻をグイっと捻ると、

   恐れをなした天狗は、大きな松ノ木の上へと一目散に逃げて行った。

    数日後、上人が樵を連れて、その松ノ木を切り倒しに来ると、

   上から解読不明の文字で埋め尽くされた巻紙が降って来た。

   そして、それからと云うもの、峠の怪異はぱったり止んだそうな。

    この巻紙は、天狗の詫び状であろうとされ、今でも仏現寺で保管されている。

 

 


その3:絡新婦(じょろうぐも)伝説

 

『浄蓮滝の主』

※湯ケ島に伝わるお話です

    昔、浄蓮の滝近くで、ある樵が切り株に腰掛け一服入れていると、

   一匹の女郎蜘蛛がスルスルと糸を出し、樵の足を巻きつけた。

   樵は仕事を始める為、立ち上がろうとしたが、

   蜘蛛が折角巻いた糸だからと思い、足から糸を解き、

   腰掛けていた切り株に巻き付けてやった。

   すると突然地割れが起こり、

   糸を巻きつけた切り株は、蜘蛛ごと滝壷の中に引き込まれてしまった。

   樵は、糸を解くのが一瞬でも遅かったならと、恐ろしさに震えながら一目散に山を降り、

   もう二度と滝近くの木を伐りには行かず、

   そして誰にも蜘蛛の糸の事は話さなかった。

    暫くしたある日、他国の渡り樵が浄蓮の大木に目をつけ、伐りはじめた。

   すると樵は、手を滑らせ斧を滝壷の中に落としてしまう。

   樵は、長年使い慣れた斧なので取り戻そうと滝壷に飛び込んだ。

   水の冷たさに体が痺れ始めた時だった。

   滝壷深くから、黒髪をゆらりと靡かせた世にも美しい裸の女が現れ、言う事には

   「私は浄蓮滝の主、女郎蜘蛛です。

    そなたの斧は、この通り返して差し上げましょう。

    しかし、今日この出来事を、そなたは他人に決して話してはなりませぬ。

    もし、ほんの少しでも話そうものなら、そなたの命は貰いますぞ!」

   その言葉を喋り切るや否や、女は姿をサッと消してしまったそうな。

    それから何年も経ったある晩の事。

   樵は知り合いの家で酒を振舞われ、つい口を滑らせ浄蓮滝の主の話をしてしまった。

   「はて、この事を話すと命を貰うといわれたのだが・・・」

   そう呟き、ゴロリと横になった樵は、その時すでに生き絶えていたそうな。

 

 

 

※写真は浄蓮の滝資料館に展示される絡新婦の人形です。

入場料200円の小さな資料館ですが、内容は結構ディープ。

妖怪好きなら是非見ておきたい場所です。

 

   また、絡新婦伝説には似たお話が複数あり、こんな大人っぽい結末のモノもあります。

   

   滝壷に斧を落としてしまった樵の前に、突然その斧を持って現れた少女。

  樵は少女に一目惚れをしてしまう。

  二人は恋に落ち、樵は連日滝に通うようになる。

  しかし、樵が日に日に衰弱して行くのを見かね、

  ある日和尚は樵の後をつけ、事の次第を突き止める。

  このままでは樵の命が危ないと、危険を察知した和尚が、

  滝に向かって読経をし一喝を入れると、少女は消えてしまったのだった。

   事の真相を知って尚、どうしても諦めきれないのは樵だった。

  相手が化け物であろうと構わない、そう考えたのだ。

  樵は、山の天狗に頼み込み、少女との交際を認めて貰おうと試みるが、

  「滝の精と人間の交際なぞ許す訳には行かぬ!」そう告げられ、

  とうとう許可は得られなかった。

  その返事に納得できず、他人が止めるのも振り切った樵は、

  滝に向かい突進したのだった。

  すると、滝壷から現れた真っ白な蜘蛛の糸が樵の体を包み込み、

  そのまま滝底へと導くと、それきり樵の姿は見えなくなってしまったそうな。

  

 

 


その4:一つ目・一角伝説

 

『目一つ、角一本のせがれ』

※修善寺に伝わるお話です

    なかなか子宝に恵まれない夫婦があった。

   子宝を授かる霊湯があると聞けば、はるばる入湯に出掛けたし、

   朝な夕なと神仏に祈りも捧げていた。

   「一つ目だろうと、角が一本あろうと構いません。

    どうかわたし達に子供を授けて下さい」

   そんな事を言ってでも、夫婦は子供が欲しかったのだった。

    やがて、神仏に通じたのか、夫婦に一人の男の子が生まれた。

   しかし、その男の子の額には一本の角が生え、目は一つ目であった。

   夫婦は初め、驚き、嘆き悲しんだが、

   「自分達が、目一つ、角一本でもよいからと願った子宝じゃ。

    どんな容姿であろうと、自分達の子供に代わりはない」

   そう思い直し、大事に大事に育てた。

   夫婦には故郷があったが、この子では世にはばかると思い、

   帰郷はせず、修善寺の山奥に家を建て、ヒッソリと暮らしていた。

    子供はすくすく育って、人並み外れた力持ちで利発な若者になった。

   今まで一生懸命貯めた小金で、ほそぼそと暮らしてきた夫婦だったが、

   長い年月に、そろそろ財も尽きようとしていた。

   「この子が人並みであれば、利発ゆえに世に出て働き、

    私どもを養う事も出来るであろうになあ!」

   「目一つ、角一本では仕方ないないのう・・・」

   そう嘆き語り合う二人の会話を、子供は聞いてしまったのだった。

   その一つ目に涙を一杯溜めた子供は、そっと家を出、

   その晩から家には帰らなかった。

    翌日、夫婦の家の前に一頭の猪が置かれていた。

   それからと云うもの、

   三日に一回は、明け方になると戸口に猪や鹿や兎が置かれるようになった。

   だが、どうした訳か、目一つ、角一本の子供は、両親の前に姿を見せなかった。

   心根の優しい子だった。自分の顔の異様さに気付いていたのである。

   たまりかねた両親は、我が子を探しに山川を歩き回ったが、

   とうとう子供は姿を現さず、ただただ食料を運び続けたと云う事だそうな。

 

 


その5:仙人伝説

 

『みかん仙人』

※木負に伝わるお話です

    みかんの木が生えた沢山の山を所有する男があった。

   ある年、一山のみかんの木だけは全く実をつけず、

   しかし、山の中ほどにたった一つだけ大きなみかんの実をぶら提げた木があった。

   この大きなみかんは、一つだけ日に日に大きくなり、

   遂には地面についてしまうくらいまでになった。

   そう言うものの、この山に成るみかんは、それたった一つである。

   ガッカリした男だったが、

   そのうちその大きなみかんが育つのを見るのが楽しみになった。

    ある日、男は大きなみかんをこつこつと叩いてみた。

   すると中から、「待て、待て」と声が聴こえる。

   男がみかんに耳をつけてみると、中では、

   「今度もわしの勝ちじゃ!」

   「何の、もう一勝負じゃ!」

   そんな会話が行き来していた。

   男は興味津々、とうとうみかんに穴を開け、中を覗いてみた。

   すると、小さな老人が二人、向かい合って碁を打っているではないか。

    どうやら、勝負は一方的のようである。

   男が開けた穴に背を向けて座る老人の方が圧倒的に強いのだ。

   穴に対面して座っている老人の方は、いつも「待て、待て」と言って唸っている。

   そこで男は、負け続きの老人に合図をし、智恵を貸す事にした。

   急に勝負に強くなった相手を不審に感じた老人がクルリと振り向くと、

   のぞき穴から覗く男と目があってしまう。

   「こら、そう云う事か!

    急に強くなったのでおかしいと思ったら、ズルをしていたな!」

   怒られて碁石を投げつけられた男が次に振り返ると、

   そこには大きなみかんも、老人の姿もなかった。

   投げつけられたのは本当に碁石だったのだろうか?

   地面にはみかんの種が沢山散らばっていたのだった。

   男はその種を拾い集め、蒔き育てる事にした。

    暫くして、蒔いたみかんはめきめき育ち、

   遂には大きくて甘い実をつけるようになった。

   以来、木負みかんの名はドンドン高まって行ったんだそうな。

    

 


その6:化け猫伝説

 

『南瓜猫』

※小浦に伝わるお話です

    伊豆小浦に四月の風が吹くようになると、待ちかねた様に鰹船が集り、

   港は急に賑やかになるのだった。

   夜になると漁船の主は、網元の家によばれ、酒盛りをする。

    ある網元の家で、料理した鰹がソックリ無くなると云う事件が続いた。

   数人の下女達が濡れ衣を着せられたが、どうやらそれは誤解だったようだ。

   と云うのも、船主が昨晩遅くに、台所で鰹をガツガツと喰らう大きな化け猫を目撃したからだ。

   その化け猫の目が、あまりにも恐ろしく印象的だった為、

   船主は、今晩の酒盛りはやめ、自分の船で寝泊りする事にしたのだった。

    夜になり、寝苦しさに耐え切れなくなった船主が目を覚ますと、

   なんとそこには、昨晩網元の家で目撃した化け猫が、すっくと二本足で立っていた。

   間髪入れずに襲いかかって来た化け猫を、船主は命からがらモリで突き刺した。

   そうして化け猫の屍骸は、網元の家の裏畑に埋めてもらったのだった。

    一年が経ち、船主はまた港にやって来た。今年も同じ網元にお世話になるのだ。

   漁の前日に船主は網元の家で振る舞いを受ける。

   鰹はまだないので、食卓にはよく煮えた南瓜が乗っていた。立派な南瓜であった。

   「ほう、網元の家では、もう南瓜が収穫できましたかいな?」

   「いやあ、一本だけツルが伸びてね。

    そうじゃ、こりゃあ丁度昨年大猫を埋めた裏畑で採れた南瓜じゃよ」

   ゾッとした船主が、裏畑の大猫を埋めたあたりを掘り返してみると、

   そこには真っ赤な口をあんぐり開けた猫の屍骸が。

   そして南瓜のツルは、猫の口の中から生えていたのであった。

 

 


〜地獄極楽めぐり〜

伊豆にはこんなお話が伝わります。

伊豆では昔から、死んだ者は日金山(ひがねやま)に集ると云われていました。

春秋のお彼岸に日金山に登ると、行き交う人の中に、

再会したいと思う亡者の後生の姿を見る事ができると云われ、

だから人々は、日金山の何処かに地獄、極楽があると信じていたのです。

 

 

 昔、弥太郎と云う武士がこの山を越える際、行く手に、鉄棒を持った大男と出合った。

「お前は何者ぞ?」弥太郎が大男に問うと、

「この山に棲む者で御座います。迎える者があり、こうして見守っている次第に御座います」と云う。

そして、

「もし貴方様が山を降りる途中、麓から16、7歳の小娘に出逢ったなら、

早く登れと言伝をお願いしたいのですが?」

大男はそう弥太郎に云うのであった。

 結局、降りの道中で小娘に出会わなかった弥太郎であったが、

その時、山頂から、ピシリ!ピシリ!と鞭を打つような音と、

悲痛な叫び声が聴こえて来るのに、何とも言い難い気持ちになったと云う。

 数日後、用を終え帰路に就く弥太郎は、再び日金山を越えようとする途中、

婆が亡者を焼いているのを認め、足止めをした。

「死者は誰ぞ?」弥太郎が婆に問うと、

「箱根の関守の小娘に御座います」と云う。

弥太郎は、直感した。

「あの大男は地獄の番人で、この婆は脱依婆に違いない」

自分の身を案じた弥太郎は、ブルッと身震いをし、一目散に山を降りたと。

 

 

当時、この話はあちこちに広まったそうですが、

以後、弥太郎の様な体験をした者はいなかったと云います。

しかし、弥太郎の話はあまりにもリアリティがあったので、

この地方の人々は、日金山には地獄があると信じたのでしょう。

そんな事を考えながら帰路に就く我々の目前にも地獄が・・・

『伊豆極楽苑』

では、ご覧あれ!

子供が死ぬと、賽(さい)の河原と云う場所に集められます。ここでは、親よりも先に亡くなった親不孝な子供が選び出され、鬼に罰を与えられます。

脱衣婆と脱衣爺。三途の河辺りに棲まいます。

古くから、この両名も妖怪とされていますが、あの世の入口に存在し、死人の持ち物、衣類を全て剥ぎ取り、ありのままをさらけ出させると云われます。

人間は、死んで二週間すると『初江王』によって生前の行いを審議されます。

3週目は『宋帝王』が審議。

四週目には『五官王』が。

五週目には『閻魔大王』が。

閻魔大王様の下で、ほぼその人間の次の行き先が決定されます。

なんて慎重なんでしょう。閻魔大王様が最終決断をする訳ではありません。6週目には『変成王』が再審議。

なんと七週目に『泰山王』が審議します。

そうしていよいよ行き先が決まり、死人は旅立つのです。ここまでの間が七週間、つまり四十九日となる訳です。

閻魔大王様に許しを請う図です。

生前の行いを良と認められると『天上界』に行きます。所謂、天国又は極楽浄土とも云われますね。思想上最高の場所とでも言いましょうか。

次に良しと判決を受けた者は、再び『人間界』に生まれ替わります。今度こそは天上界に行けるような行いをしなさいよと云う事でしょうね。

『阿修羅界』には、生前争い事を好んだ者が行きます。常に争い事の絶えない、気の休まらない世界です。

『畜生界』は、所謂人間以外の動植物の世界です。昆虫か植物か魚か鳥か、はたまた犬か猫か、どんな姿に替わってしまうのかは判決次第。生前なりたいと思った生き物に姿が替われば、あるいはそれはその者にとって天国なのかも知れません。

『餓鬼界』はあらゆる欲求に耐えながら生き続けなければなりません。食べ物もない、希望も、喜びも何一つない湿った世界です。

地獄界』は最も苦しみに耐えなければならない世界です。

地獄には、八大地獄(又は八熱地獄)と云って、八種の熱気で苦しめられる拷問があると云われます。

阿鼻地獄。無間地獄ですね。

体を引き裂かれたり、焼かれたり、鞭で打たれたり。

刃モノで切り刻まれても死ねない世界なんて想像も付かない事でしょう。

大釜熱湯地獄の図ですね。

生前殺生をしたものは、その分の苦しみを与えられるのです。

直に体を焼かれ、焦げ焦げになる図です。

体を焼かれて骨になっても生き続けます。

地獄の番人(鬼ども)に、寄って集って痛めつけられます。殴られたり、蹴られたり、引っ張られたり、あらゆる痛さに耐えなければなりません。

河に突き落とされたり、煙で燻されたり。

罰を受ける者同士励ましあいますが、時既に遅し。生前の行いを悔やんでももう戻れないのです。

地獄のスタッフです。角があるモノ、三つ目のモノ、体が獣の様なモノ、様々ですが、どの鬼も恐ろしい形相で、容赦ありません。

中には、地獄に落とされた同士で争ったり、裏切りあったりする者もあります。そう云う者達だからこそ地獄に落とされたと云う事に全く気付かない、愚か者達の図です。

あちこちで悲鳴があがり、血飛沫が飛び交い、鬼どもの怒声、いやらしげな笑い声、一分一秒でも楽な瞬間など与えられません。

 

 

さて、地獄めぐりは如何でしたでしょうか?

今からでも遅くありません、地獄に落ちたくない人は、これから行いを改めて下さい。

他人に優しく、思いやりを持って接しましょう。

それから、この世に生きとし生きるものの見境無い殺生もなさらない様に・・・。

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