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エッセイ「風色のスケッチブック」B |
photo&essay by masato souma
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大学一年の夏休み、免許取り立ての友人がドライブに誘ってくれた。
箱根の山道を疾駆し、目の前にそびえる富士山を見上げて、その雄大さと美しさに圧倒された。
景色もさることながら、自在に車を操る友人がうらやましく、早速自分もアルバイトをしながら、
自動車教習所に通い出した。
教官には「筋がいい」と何度もほめられ、すっかり気をよくした。いよいよ仮免というところで、
もう一回教習を受けてから試験を受けるようにとアドバイスされたが、有頂天になっていたぼくは
聞く耳をもたず、強引に試験に臨んだ。高校・大学受験と順調にやってきたのだから、今度も大丈夫という
おごりがあった。結果は不合格。でも一度くらいはよくあることと落ちた者同士で励まし合い、再度
挑戦したが、友人は合格し、その後自分は5回も落ちた。恥ずかしかった。もう励まし合える友もいない。
さすがに意気消沈し、運転は向いていないのかもしれないと1ヶ月ほど教習所から足が遠のいてしまった。
19歳の若さで仮免を5回も落ちるなんて、日本中どこを探してもいないだろう。穴があったら入りたい。
絶望的である。情けなくて、車を運転している人を恨めしく眺めていた。
そんな時、大相撲であの悲劇の大関「貴ノ花(故・二子山親方)」が、小さな体で悲願の優勝を果たした。
ぼくは座布団が飛び交う土俵の上に立つ勝利者の姿を観ながら、もう一度だけ挑戦してみようと
仕切り直しを決意した。6回目は無事合格し、何とか本検もパスした。
以来、お陰で大きな事故からは守られている。
結婚してからペーパードライバーの家内にその話をすると、「私は仮免も本検も一発合格よ!」と
しゃあしゃあと言う。ぼくは人生の不条理を感じながらも、あの時の恥ずかしい経験は、まさに自分の傲慢さ
が打ち砕かれるためだったのだとしみじみ思っている。・・・それにしても、悔しい思い出である。
月刊『恵みの雨』('03/6月号)より |
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