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エッセイ「風色のスケッチブック」A |
photo&essay by masato souma
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2年半続いた夜泣きがようやく落ち着いてきたころの息子の話。
家内が夕食の支度で天ぷらを揚げていた時だ。ちょっと目を離したすきに、
息子が何を思ったかガステーブルのグリルのレバーに手をかけ、手前に引っ張った。
ガステーブルはガタンと傾き、フライパンが息子の頭を目がけてひっくり返った。
と、それよりも一瞬早く、家内は息子の右手をぎゅっとつかんで思いっきり自分の方に引き寄せた。
フライパンの油は息子の頭の上をかすめるように、弧を描いて宙に舞い落ちた。
床はあっという間に一面油の海となった。幸い息子は左手首に少しやけどを負っただけで済んだが、
あの時もし、と思い返すと今でもぞっとする。神さまが守ってくれた。
その後、息子は幼稚園の3年間でひじの脱臼12回。扁桃腺炎で3週間ごとに高熱を出し、
1週間はお休み。薬の飲み過ぎで肝臓や腎臓への影響が心配になってきたので、
年長組の時にとうとう扁桃腺の摘出手術をした。中耳炎で耳鼻科にもよく通った。
とにかく手のかかる子だった。
閑話休題。今年の結婚記念日は多忙だったので、とりあえず家内に花をプレゼントした。
非常に喜んでくれた。翌日は「母の日」だったが、中学3年生になるその息子が、
なんと高級ブランドのピアスを母親にプレゼントした。家内の喜びようは前日を上回っていた。
恐れ入った。完敗である。しかし、うれしくもある。あの子が、こんなに母親思いだったとは、
われながら息子を誇りに思う。
翌月は「父の日」。当然父親として期待するところだが、待てど暮らせど何もない。
気が付いたら1週間が過ぎていた。完全に忘れられていた。淋しかった。
あれだけ身を粉にして(?)遊んでやったのに、母親の愛の前には全く無力だった。
それでも、やはり息子を誇りに思う。
この歳になって、ようやく天の父なる神さまの気持ちが少しわかるようになってきた。
月刊『恵みの雨』('02/9月号)より |
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