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エッセイ「風色のスケッチブック」@ |
photo&essay by masato souma |
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中学時代、野球部に入っていた。サウスポーなので、一塁手とリリーフピッチャーをやった。
長島という選手が、文字通り三塁を守り、四番を打っていた。ただ「長嶋さん」と違うのは、
肝心なところでいつも三振をすることだった。いい奴だった。わがチームは、いつも和気あいあいと
実に楽しい仲間がそろっていたが、勝利の喜びを味わったことがほとんどなかった。
3年最後の、夏の大会のこと。監督から先発投手を言い渡された。初めての市営球場はだだっ広く
すり鉢状になっているので、マウンドはやけに暑い。この日は体調も良く、絶好のコンディションだった。
試合は1対1の均衡が破れないまま、八回を迎えた。二塁に走者を置いて、次の打者にライトオーバーの
タイムリーヒットを打たれた。いや、実は機敏に打球を追っていれば捕球できたはずだが、
監督がこの回から、普段ベンチを温めている全く試合に出る機会のなかった補欠選手を起用したのだった。
監督の優しい配慮だった。わかってはいるが、思わず天を仰いだ。
試合はまだ終わっていない。もう一点も許すまいと打者をにらみつけていると、
バックネット裏から、じっとぼくを見つめている人影が目に飛び込んできた。父だった。
「見に来てくれたんだ」。いつから見ていたんだろう。全く気が付かなかった。
そのあと何球投げたか忘れたが、ぼくは自分と父を結ぶ一本の線を描きながら、渾身の力を込めて
投げ抜いた。試合は2対1で負けた。しかし全力を出し切ったので、とても爽やかな気分だった。
その日の夕食の時、父は「ええピッチングやったなあ」とぽつりと言った。寡黙な父の一言だった。
見に来てくれてありがとう、と素直に言えばよかったのだが、「うん」とうなずくだけだった。
あの時のネット越しの父の姿が、今でも瞼(まぶた)に焼き付いている。
何も言わずにじっとぼくを見つめてくれた、父の静かな姿だった。
月刊『恵みの雨』('03/9月号)より |
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