石老山虎伏岩[擁護岩(左)+吉野岩]

石老山とは中央本線相模湖駅から相模湖越しに眺められる幅広の山で、低いわりには奥山の風情が漂っている。中央線快速の終点が高尾で、そのひとつ先が最寄り駅だという便利さに加え、山中を東海自然歩道が通っているせいで道もよい。何よりこの山にはいろいろと見立てのある巨石がいくつもあって楽しい。このたび登って四回目となった。


とはいえ最初の三回はこの巨石の続く道を往復してばかりだったので、四度目は趣向を変え、眺めのよいという大明神展望台を下りに寄る周回コースとして歩くことにした。山に向かった日は盛夏で、700メートルに満たない山には適当ではないが、台風が九州に接近しているせいで関東地方は風が強く、これが樹林の下の山道になるとほどよく弱められて涼しくちょうどよい。日差しは強いがこれも木々の梢に遮られているのでそれほど暑いわけではない。
 「石老山入り口」のバス停から山に向かう車道を上がり、集落のなかほどから寺の参道になる。この山のように岩がごろごろしている里近い山を仏教徒が見逃すことはないらしく、ここにも顕鏡寺というのがあり、平安時代創建と伝えられるそうだ。
先日の雨の残りか、細い水の流れる山道を辿っていくと暗めの山の中に大岩がぬっと現れる。家くらいの大きさのもあり、何度来てみても威圧感十分だ。「阿吽岩」、「屏風岩」、「駒立岩」、「文殊岩」、「力試し岩」など、かたわらには見立ての由来や謂われの説明版があって、休みかたがた読みながら進むうちに山腹に立つ顕鏡寺の境内に着く。本殿は日の光を存分に浴びているものの、白木白壁の外見と障子窓が開け放たれた様子が涼感を呼ぶ。
顕鏡寺
顕鏡寺
巨石展覧会は続く。寺のすぐ上には、正面から見ると仏様の座る蓮華に似ているので「蓮華岩」というのがある。しかし横から見ると同じレンゲでも中華料理店でみかけるものに似てなくもない(やや寸詰まりだが)。「大天狗岩」「小天狗岩」「鏡岩」などと続く岩巡りは、「虎伏岩」と呼ばれる岩塊でハイライトを迎える(冒頭写真)。見上げると確かに虎が伏せっているようだが、人間のようでもある。後肢にあたる岩は近寄ってみると「吉野岩」である旨の説明があり、岩の中程に巨大な穴が二つあることから別名「弁慶の力試し岩」とも呼ばれるという。拳固でなぐった跡だそうだ。もっとも、説明書きにも「いくら弁慶でもそんなに力があったわけではないでしょう...」とのただし書きがあった。
「虎伏岩」の頭と前肢にあたる岩は「擁護岩」と呼ばれる。頭の部分の下に飯綱権現神社があり、この岩がこの社を護るかのように立っているところからこの名があるらしい。説明版によると山中最大の岩で、高さ22メートル、幅19メートルあるとのことだった。真下に立って見上げると朱塗りの古びた神社などなくとも神々しい気分に浸れる。


巨石の見本市はここで終わり、「八方岩」「融合見晴台」を経て急な登りも一段落し、プロムナードのような幅広の道をのんびり緩やかにたどっていく。西から吹き寄せる強風が稜線の木々を騒がせ揺らせているので山頂が近いとわかる。その風上側の展望が開けると、目前には気味の悪い雲に覆われた丹沢の山々が広がり、そこから強烈な風が吹き寄せてくるのだった。火照った体を冷やすのにはちょうどよいとばかり木陰に退避しお茶を入れて半時ばかり休憩していたが、晴れ間の多かった空がみるみるうちに雲に覆われていき、日焼けのおそれがなくなって好都合とはいえ不安にもなる。
下山の前に南東にある高塚山を往復しようと行きかけたが、天気も天気であることだし、なによりそちらの道が夏草に覆われていて快適とはいえなかったので今回は見送ることとした。石老山山頂に戻ると、丹沢を覆う雲はさらに低くなってきている。早めに下りたほうがよさそうだ。
大明神展望台へのコースは石老山の稜線をトレースするもので、三回か四回ほど小さなコブを上下する。下っている気がしないでいると、鉄柵とコンクリートの床でできた展望台に着く。風情はないが、見晴らしはすばらしい。八王子方面から高尾、奥高尾、北都留三山に大菩薩連嶺と見渡すことができる。足下には相模湖が広がるが、先の台風で濁流が流れ込んでいてひどい色をしている。しかしこれが自然というものだろう。
大明神展望台から相模湖と城山(右)、景信山
大明神展望台から相模湖、奥高尾の山並み
下りはここから稜線を離れ、風のうなり声にも別れを告げる。岩の出たところもある細い山道では、セミの鳴き声がBGMに代わるのだった。
2002/7/15

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