夫神岳田沢温泉入口から望む夫神岳

夫神岳は上田市と青木村を跨いで丸く大きい。近隣の独鈷山子檀嶺岳が険しい山容を人里の背後に誇示しているのに対し、夫神岳はどっしりと安定感のある姿を里のなかに乗り出させている。夫神岳は雨乞いの山だという。別名雨降山の相州大山もそうだが、背後の連山からひとつ抜け出した独立峰的な山が雨乞いの山とされるのかもしれない。なおこの山は「おかみだけ」とも「おがみだけ」とも呼ばれるが、ここでは青木村観光協会の「トレッキングガイド信州青木村」に従って"おかみだけ"とする。


近年は初夏の連休に連れと車で戸隠を訪れることにしている。渋滞を避けるため夕方に出て甲府に泊まり、明けて再び中央道に乗り長野道に入って麻績インターチェンジで下りる。季節が遅れているおかげで桜がまだ咲き誇っている筑北村を抜け、修那羅峠を越えて青木村に入る。田沢温泉近くまで来ると季節遅れの枝垂れ桜の上に夫神山が量感ある姿を現す。あれに登るんだよと言うと隣の連れが「え」と一声。
夫神山への登山道は北側の青木村側からのものと、南の別所温泉側からのものがある。別所温泉側のものはやや長い。本日中に戸隠高原に入る身としては所要時間が短いほうがよいので青木村側から登る。連れもちょっと安心した。
登山口にあたる"まるべりーオートキャンプ場"へ、青木村役場近くの交差点から県道12号線に入り、田沢川を渡ってすぐ左手の分岐に入る。頻繁に「農家レストラン」という案内表示が現れる。集落を過ぎて木々が両側に迫り、一本道の未舗装林道になっても案内表示が続く。「こんな先にほんとうにあるのか」という疑念を払うための設置なのだろうと話しているうち、森が開け、キャンプ場らしきやや平坦な土地が目に入る。まだ昼前だというのにそこここに車がある。連休だからか訪れる客も多いようだ。
まるべりーキャンプ場から桜越しに十観山
まるべりーキャンプ場から桜越しに十観山
林道はさらに山の上まで続いているが、路面状況がわからないのでキャンプ場の敷地内に置かせてもらうことにし、駐車料金代わりに食事をしていくことにした。ここの名物らしい"そばがきの天ぷら"は味も食感もよく、併せて食べた"そばがきのぜんざい"ともども立ち寄ってよかったと思えるものだった。窓からは桜の枝越しに谷を隔てて青木三山の子檀嶺岳や十観山が眺められる。これだけで山を下っても悪くない場所だ。
食後、指示された場所に車を移動する。キャンパーの邪魔になるのでどこでも駐めてよいわけではなく、断りなしに駐車して登りに行ってしまった車の脇に大型キャンピングカーが窮屈そうだった。


まずは林道歩きだ。カラマツの新緑が目に優しい。車止めを越えるとしばらくで「月波(つくば)の泉」という湧き水に出会う。周囲は針葉樹の植林だが水量は多い。先のキャンプ場で聞いた話では夏になると流れは細くなるとのことだった。
林道はいよいよ細くなり、左手の山側に山頂への踏み跡を分ける。ここからは急な登りとなり、下ってくる家族連れの子供たちの一人はすでに6回は転んだとか言っている。一昨日に地元の低山を歩いて予行練習をしていたとはいえ、連れも自分も息を上げながらのんびり登っていく。左手彼方の空に浮かぶ四阿山が見えてくると山頂は近い。
芝に覆われたような頂は祠が二基あり、登山者で混雑していなければ雰囲気のよい場所だ。青木村側が伐採されて眺めがよい。里を足下に立ち上がる正面の子檀嶺岳が存在感十分だ。絶壁を押し立てた頭の後ろに頂稜を延ばし、足下に広げる裾野は浅い谷に食い込まれて四本ほどの脚に分かれる。眺めているうちに巨大な蜘蛛のように見えてもくる。右手奥には大林山が山体を広げている。背後にあるはずの冠着山は背が足らないせいか見えない。はるか右手には登路途中でも見えた四阿山が根子岳とともに雪を残して霞んでいる。
山頂直下の急登
山頂直下の急登。
二基の祠が立つ山頂より子檀嶺岳(手前)、大林山(奥)を望む
二基の祠が立つ山頂より子檀嶺岳(手前)、大林山(奥)を望む
一時間と少々の登りだったが、夏日となったこの日はよく汗が出た。かすかに流れる風が心地よい。シートを広げて腰を下ろし、バーナーを点けて湯を沸かし飲み物をつくり、麻績の農産物直売所で買ったおやきを食べた。このおやきはふくらし粉を使っていないもので、野沢菜、かぼちゃ、あずき、なす、切り干し大根と五種類あってどれも美味しい。山々を眺めながら連れと分け合って食べているうちに小一時間ほど経ってしまった。


名残惜しい山頂を後に往路を戻った。下り着いたキャンプ場はオートキャンプに来た客が増えていた。のんびりした空気が漂う中、本日の宿泊地である戸隠に向けて車を出したのだった。
2010/05/02

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