上田交通別所線の車窓から夕暮れの独鈷山

独鈷山

下りの長野新幹線が上田駅を出ると、右手北側に屏風のように立ちふさがる太郎山を見上げているうちにトンネルに入ってしまうが、在来線だと太郎山(正確にはその隣の虚空蔵山)の麓を回り込むため、左手南側の山々を余裕を持って眺められる。みな"上田地域の山"とも呼ばれる山々で、なかでも市街地から奥まった塩田平に湧く別所温泉を取り囲むものには鋸歯状の稜線を持つ独鈷山(とっこさん)や端正な夫神岳(おかみだけ、おがみだけ)、メサのようにも見える子檀嶺岳(こまゆみだけ)など山容も山名も個性的な山々が多い。どれも未訪だったので長野を拠点とした晩秋の日帰り山歩き計画を考えた際に訪れてみるものとし、まずはたいがいのガイドブックに名が載る独鈷山を挙げてみた。


独鈷山への登路はたくさんあるが、今回選んだのは唯一南面を上がるというコースだ。登山口へは上田駅から鹿教湯行きバスに乗って宮沢という停留所で下りるのだが、宮沢を「みやざわ」とばかり思っていたため「みやさわ」というガイドを聞き逃し、鹿教湯まで行ってしまった。計画外の短時間観光をしたのち、折り返しバスに乗って登山口に戻った。本日はガスが低く垂れ込めているのか、車内からほんのわずか見られた青空も下車してふたたび見上げるとどこかに行ってしまっていた。
停留所前には独鈷山登山口の大きな標識があって人家が並んでいる。山道までは案内が続くので安心だ。集落を抜けてたどる途中には桜並木があるが、秋のこの日は色づきかけた葉群以上にサルビアの鮮紅や葉鶏頭の赤紫が人目を惹く。バス停から半時で山道の入口となり、足下は落ち葉に覆われる。山中に踏み入れば屋敷沢の水音が囁くように響き、ときおり思い出したように聞こえてくるのは鳥の鳴き声だ。傾斜が強まると伏流となったのか沢音が途絶える。灌木の黄葉に明るさを感じているといつのまに天気がよくなっていた。ガス帯を抜けたらしい。
大岩がごろごろする中を通り過ぎると、「これから急になります」と告げる案内板がある。それまでは真っ直ぐ登っていられたのがジグザグを切るようになり、山腹の縁を歩くので路肩が脆そうなところもあって気が抜けない。谷間を見下ろすとまるで壁を登っているようにさえ思える。稜線に出てみると小広い広場状の場所で、山頂はすぐ脇の少し上がったところだった。バス停を出発して休憩込みで2時間強ほど経っていた。
独鈷山山頂部
独鈷山山頂部
山頂より子檀嶺岳(右中央)を遠望する
山頂より子檀嶺岳(右中央)を遠望する
山頂は狭いというわけではないが、まだ10時半だというのにおおぜいの登山客がいて座るところすらない。しかたないのでザックを下ろさず周囲の景色を眺める。展望は予想以上によい。浅間連峰が遠くに霞む。右手には美ヶ原の平坦な高原が長々と視界を遮る。彼方には青木村の子檀嶺岳が突兀とした山容で目を惹く。特筆すべきは美ヶ原方面以外は田畑や家並みを越えて遠く眺められることで、高山でもないのに広々とした空間を感じられる。こういう山頂はそう多くないだろう。
そういうせっかくの山頂だが混んでいるのは如何ともしがたい。本日は山頂から稜線を縦走して沢山湖に出る予定としていたので長居するのはさっさと諦め、宮沢から上がってきた鞍部に戻る。そのまま直進するのだが急速に山道が頼りなくなって怯みもする。すぐに小岩峰の基部を縫うようになり、最初に突き当たるのは右に下るのだが、最初はよくわからずそのまま岩場を上がってしまう。当然のように行き止まりとなるのだが、ちょうどよいやとばかりにここで昼食休憩とする。灌木で展望は限られるし一人で満員のスペースしかないが、湯を沸かして美ヶ原あたりを眺めてくつろげるので満足だ。
この岩峰を巻くと次のは左から回り込む。これは上に立てそうなので上がってみると、独鈷山山頂がすぐそこに眺められる。とはいえ周囲に似たようなコブがあるせいかどうも山頂らしく見えない。あまり近くから見ているせいだろう。


この岩を過ぎると稜線の幅が広がってやや落ち着いてくるが、踏み跡が判然としないところもある。ともあれ妙に下らなければ大筋で道を外すことはない。縦走路は山腹を行くところもあり、登り同様に崩れやすいところがある。今歩いているルートは一番長いコースのためやはりあまり人が来ないのではと思っていたが、単独や二人連れのパーティと何組かすれ違いはしたのでまったく不人気なコースではなさそうだ。昼前には宮沢の集落あたりからラジオの音が上がってきた。昼のニュースを聞かせているらしかったが、そのうちBugglesの「ラジオ・スターの悲劇」が流れ出す。こんなところでこんな曲を聴こうとは思っていなかった。
見晴らしには恵まれない稜線は2時間ほどで下りに転じ、さらに1時間で車道に出た。ここから別所温泉に向かうべく沢山湖に出ようとしたのだが、ほんとうは登り道を行くべきだったらしいところを下り道に惑わされて方向違いの独鈷温泉前に出てしまった。その先の手塚というバス停まで行ってみると別所温泉行きのバスは長いこと来ないが上田行きのバスはすぐに来る。朝方とは違って日差しは明るく暑いくらいで、山を下って疲れてもいたのでこのまま帰ろうかとも思ったが、せっかく塩田平まで来て古来より続く温泉の町並みを見ず入浴もしないのはやはりもったいないので、歩いていくことにした。里山に隠れて見えなくなる前に独鈷山を振り返ってみたが、まだ近すぎるせいかどこが山頂だかわからず、どう歩いてきたのかもよくわからないままなのだった。
2006/11/5

訂正: 子檀嶺岳に関し下記訂正。
・子檀嶺岳を含めて”上田の山”としていたが、子檀嶺岳は上田市の山ではないため”上田地域の山”に訂正。
・塩田平とは上田市街中心地から別所温泉までの産川沿いに広がる平地のことを呼ぶようであり、子檀嶺岳は塩田平の山ではないため”塩田平の山”としていた本文を訂正。
なお、子檀嶺岳がメサのように見えると冒頭に書いているが、メサは台地のため、どちらかというとビュートのように見えると書いたほうが適切だったかと思う。
2009/5/8追記

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