アサヨ峰から鳳凰三山の朝 鳳凰三山(二)
昼間とはうってかわって静かな夜を過ごし、朝の4時半に目覚める。テントから首を出してやや薄暗いテント場を見回すと、いくつかのパーティーはもう出発して跡形もない。早い人は早いものだ。食事をして撤収作業が完了するころには、あたりには数えるほどのテントしか立っていなかった。


砂払岳(すなはらいだけ)へ続く小屋裏の急な山道を歩き出したのは6時少し前だった。しかしこの歩き始めの急坂は、かなり、こたえる。ぜーい、ぜーい、と息を吐いては、心肺機能を馴らすのに懸命になる。ようやくゆるやかになると右手が開け、富士山から奥秩父に連なる眺めが見渡せるようになった。富士山のうえには鉄床のような傘雲が浮かんでいる。天気は大丈夫だろうか....などと、一服していた男性としばらく歓談。この人とは終日あとになり先になりして歩くことになった。
南御室小屋の上から富士山
南御室小屋の上から富士山
ほんのひと足で砂払岳山頂。ここで初めて鳳凰三山の白砂とハイマツの稜線を目にする。いまのいままで暗い山道を歩いてきたのでとにかく明るい。薬師岳小屋まで少々下り、それから三山の一峰である薬師岳に登り返す。道ばたには黄色いスミレ科の花(キバナノコマノツメと言うのだろうか?)や珍しい7枚の花弁を持つ白い花(ツマトリソウ?)が咲いている。
薬師岳山頂から白峰三山
薬師岳山頂から白峰三山 (左奧から、双耳峰の農鳥岳と西農鳥岳、間ノ岳、北岳)  
砂礫の広場のような薬師岳山頂ではやや強い風が吹いており、7月だというのにTシャツ一枚では寒いくらいだ。改めて白峰三山を眺め渡す。夜叉神峠よりこちらの方が谷から立ち上がる巨峰群を目前にできて迫力十分である。特に正面の北岳が圧巻で、その図体の大きさに息を呑む。その姿は着物の袖を前面にまわしてどっしりと座り込む高僧のようだ。甲斐駒ヶ岳などからだと引き締まった姿を現して哲人的とも評される山だが、この重量感に満ちた姿もまた対峙する者を思索に誘うように思われる。


白峰三山から視線を引き離して周囲のこれまた豪華な山々を眺め回す。三山の右手奧には仙丈岳、その右手にはアサヨ峰や高嶺などの早川尾根の山々が小さく見え、さらに右には鳳凰三山最高峰の観音岳が白くザレた筋を山頂から何本か落としつつ、三角形の均整の取れた姿を見せている。その裏に甲斐駒ヶ岳があるのだろうが、すっかり隠されてここからは見えない。天気はよく見晴らし良好。よーしいいぞーこの調子だ。観音岳に甲斐駒を見に行こう。
オオビランジ
オオビランジ
そこからはそれほど高低差のない白砂の稜線の散歩道である。前後左右みな好展望なので足元にまで注意が行きつかない。それでも砂礫帯の岩陰に咲いていた5弁ピンクのオオビランジは見過ごせない鮮やかさだった。やや細く濃い緑の葉も白砂に映えている。鳳凰三山最高峰の観音岳は狭い岩場の山頂だが、そのため周囲の眺めは薬師岳よりよい。アカヌケ沢の頭越しに初めて甲斐駒ヶ岳を望見する。その左には仙丈岳とアサヨ峰。飽きない眺めだ。今回の縦走はすでに大成功であると言えよう。甲斐駒の右手彼方には八ヶ岳が、その右手には奥秩父の山並み。何にもまして贅沢な時間。
観音岳山頂から高嶺(中央左)とアカヌケ沢ノ頭の向こうに甲斐駒ヶ岳
観音岳山頂から高嶺(中央左)とアカヌケ沢ノ頭越しに甲斐駒ヶ岳 
観音岳から白色多弁のモミジカラマツの咲く樹林のなかを通ってアカヌケ沢ノ頭という小ピークに着く。ここからは地蔵岳のオベリスクを右手真正面に見ることができる。ついにここまで来たぞー、いままでは里から見上げるばかりだった岩塔だが、いよいよ登るときがやってきた!とばかりに荷をおいて休憩もとらずにオベリスクに向かう。赤黒い雌しべを長く突き出す5弁紫のタカネグンナイフウロがあちこちを彩る急な道をたどって小さなお地蔵様がたくさん並んでいる賽の河原に下り、すぐオベリスク基部の岩場になる。かなり上まで手を使わずに行ける。だんだん岩積みの傾斜が急になってくるが、オベリスクのてっぺん、チューリップのつぼみのような大岩の肩までは誰でも登れるし、その大岩に寄りかかるように立っている岩にもクライミングを多少したことがあればそれほど苦労せずに登ることができる。
地蔵岳のオベリスク
地蔵岳のオベリスク。
左中央に立っている人と大きさを比べてみましょう(^^)
てっぺんの大岩にあるクラックに(よく伸びる)ロープが下がっています(^^;
 
だが、最後の岩にあたる「つぼみ」の部分を登ろうとすると、これが垂直に立っていて、しかもロープが下がっているというもののこのロープが実によく伸びるのでちょっと怖くて体重を預けられない。「つぼみ」の岩はロープが下がっているところから見ると左右二枚の岩が合わさっているように見え、その合間はクラックが開いているのだが、両側の岩が外側に開いた奥にクラックがあるためレイドバックで登ろうにも手をかける岩の角度が鈍角になり、初心者にはとても登れたものではない。このクラックにハンドジャムとかをかませばロープに頼らずとも登れるかもしれないが、足まわりはクライミングシューズではなく底の固いアルパインシューズでフリクションが利かない。撤退か?ここまで来てもったいないなぁ、と長いこと逡巡したが、結局てっぺんには登らず下ることにした。しかし未練が残る....。
ふたたびアカヌケ沢の頭に戻り、行動食を食べながらオベリスクを眺める。見ていると、これに登ろうとする人は後を絶たないのだが、ほんの少しの自慢をすれば、この一時間、自分が登ったところまで行った人はいなかった。つまり誰もロープを掴むところまで行けてないのである。ちょっと鼻が高い、かもしれない。大したことではないだろうけど....。


いったん下って登り返す高嶺のピークまでは、ウスユキソウの仲間らしきや、卓上箒のような形の小さなイワオウギの白い花に見送られつつ歩く。ここは見晴らしのよい頂上で、鳳凰三山が白い花崗岩でできていたのに対し、茶色の縞模様の入った岩が散乱していた。どうも山体の組成が違うようだ。硬砂岩というものらしい。高嶺からガラガラの岩が重なった急な下りを白鳳峠へとたどり、この岩でできている山体が崩壊しやすいということを納得する。甲斐駒の北方の鋸岳も硬砂岩でできているそうだ。
イワオウギ
イワオウギ
最近は三山を縦走して白鳳峠から広河原に下るという比較的楽なコースが人気らしく、たいがいの人はここで下っていく。そこからさらに早川尾根方面に登り返すと、格段に人が減り、樹林の中の道となるので眺めもなくなる。これから小さく一山越えて広河原峠に下り、ふたたび軽く登って早川尾根小屋まで行く。そこが本日のテント場なのだった
2000/7/21-22

鳳凰三山(その一)に戻る


回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue