本社ヶ丸カヤノキビラノ頭付近から夕照の本社ヶ丸

本社ヶ丸は中央本線沿線に立ち上がる山で笹子駅から歩いて登ることができるが、山頂までの道のりは長く急だ。連れととともに初夏の山を歩こうと本社ヶ丸を選んだものの、出発点は河口湖としバスで天下茶屋に上がることにした。おかげで登りは楽だったが、楽すぎたせいか下山が長く感じられた。鉄道沿線にあるので軽視しがちだがじつは大きな山であり、周遊コースを採ろうとすると時間のかかる山なのだった。


天下茶屋でバスを降りると稜線はすぐそこだ。登ってみるとムラサキヤシオがようやく芽吹き始めた木々の中にひときわ目立つ。御坂山に背を向け右手に向かう。ヤブが出てくるがそれほど続くことはなく、周囲にはカラマツやブナやミズナラの木々が登山道に沿って並ぶ。暦の上では初夏とはいえこの高みではまだ葉が出ていないので見通しが効き明るく、細かいアップダウンがあるがたいして疲れることもなく、連れがこの山道はわたし好みだと嬉しそうに言う。振り返れば御坂山の上に黒岳、その右手に美しい三角錐の釈迦ガ岳が並んでいる。右手の三ツ峠山の姿が少しずつ変化していくのも楽しい。
清八峠から少し登ると電話の中継所があり、そのすぐ上が清八山の山頂の一角で、露岩が出ていて見晴らしがよい。頂そのものはただ山道が通っているというだけで早々に過ぎる。下って登り返すと登山道の脇に六畳弱の平らな岩が出ている。下は絶壁なのでここもまた眺めがよい。三ツ峠山を初めとする御坂の山々、滝子山を先頭に大菩薩の山々と見飽きない。この先にこれ以上の眺望があるとも思えなかったのでここで昼食とした。
目の前の岩場を登り、さらに小さなコブを一つ二つほど越えると本社ヶ丸の狭い山頂に着く。予想よりは眺めがあるが、昼食休憩したところに比べればよくない。しかし山頂は山頂なので記念写真など撮ってしばらくくつろぐ。本社ガ丸からしばらくの間は明るくなだらかな道で前方に丸く盛り上がる鶴ヶ鳥屋山の山頂部を眺めつつ気持ちよく歩けたが、途中から幅が狭まり岩も出て歩きにくくなる。山頂で小粒の雨が降りかかってきていたので多少焦りも出てくる。風も強くなってきた。
予定では地図に”ヤグラ”と書いてある地点から笹子駅に下るものとしていた。そこに行き着くまでに稜線の左右へと下るルートが次々と出てくる。連れを早く山から下ろしたいがため下りかけては思い直して先に進むを繰り返したあげく、ようやく通り朽ちかけた”櫓”の前にたどり着いた。地名だとばかり思っていたので錆び付いた滑車の残る木組みを前にかなり驚いた。何に使われていたのかはもちろんわからず、中央本線とは反対側の山麓にあった宝鉱山で採掘したものを山越えして鉄路に出すために使われていたと知ったのは後日のことだった。
ヤグラ近くから下る道は急傾斜で、かつ足元が不安定だった。崩れやすい土砂の上に道形を切られているので滑りやすい上、場所によっては本来なら電光形に道を切るはずのところをまっすぐ切っているので神経が疲れて仕方ない。連れも冷や汗が出たと言っていた。こんな道を一時間半ほど下って沢筋に出た。途中から新緑の見栄えがよくなり始め、傾斜がなだらかになり、安心して沢で何度も顔と手を洗ってさっぱりしたところで林道に出た。国道17号はすぐ近くだった。


笹一酒造に寄り、増築されたらしいお土産売場で軽食を食べ、日本酒やワインを利き酒して笹子駅から電車に乗った。疲労と酔いとで連れともどもすぐに寝込んでしまったが、終わってしまえばよい山行なのだった。
2000/5/7

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