TUZIE- 辻永クラフト工房
昭和ミシンのすすめ
古い家庭用ミシンを活用してみよう!

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昭和ミシンのすすめ


昭和ミシンと
手回しハンドル



昭和ミシンを
使いやすく



いろいろな
昭和ミシン



昭和ミシンのすすめ
あとがき








あとがき
昭和ミシンのすすめ:あとがき



 子供の頃から、家に足踏みミシンがありました。黒い鋳鉄製のミシンで、かなり重いのだけれど、優美な曲線でデザインされているせいか、どこか軽やかで優しい感じのするミシンでした。直線縫いしかできない、単純なミシンですが、丈夫に作られていて、簡単に壊れそうなところはありません。革を縫ってみたり、工業用の針を試しに付けてみたりと、以前からときどき使い勝手を試していました。

 家庭用ミシンは、足踏みでも小型モーターでも、そこそこ厚いものを縫うことができて、あまり太い糸を望まなければ、ある程度は革にも使うことができると思ってはいました。でも、自分で積極的に使おうと思ったことはありませんでした。ましてや、能率の上がらない手回しで使うことなど、ほとんど考えたこともありませんでした。

 ミシンで回転があまりにも遅いというのは、普通は欠点となるもので、私自身も手回しミシンには大して実用性を感じたことが無かったのですが、何台ものミシンに触れ観察するうちに、養護学校や福祉施設での作業には適切なミシンになるかもしれないと思い始めました。そして、実際に養護学校に3倍速で回るギア入りの市販の手回しハンドル仕様のミシンを使ってもらい、担当の先生や福祉施設で働く人の意見を伺ううちに、ミシンを超低速で1:1で駆動させることにも意味があると考えるようになりました。力強く低速で比較的安全に使うことができるほか、音でパニックになる症状のある人でも使うことができるのも大きな利点になるとのことでした。革製品工場が地元にある施設などでは、端革が無料で手に入る場合もあり、そういった環境を生かすことにもつながります。

 福祉分野だけでなく、レザークラフト教室の生徒さんに意見を伺っても、使いやすい・使いたいという意見が多く、実際に手回しで革を縫ってみると、楽しいと言う人が多かったのです。そこで、福祉分野だけでなく、広く一般に使うことができるような手回しハンドルの製品化を、真剣に考えることにしました。

 問題は、手回しに改造する方法で、アンティークと言ってもいい古いミシンに、穴を開けたりする直接的な改造は避けたかったのです。元に戻すことのできない加工は、古いミシンを台無しにするような気がして、そんな加工をされたミシンを見ると、私はとてもがっかりした気持ちになってしまうからです。もちろん、感じ方には個人差があり、古いものに再利用の道を開くという意味では、直接の加工は何ら悪いことではないのですが、古いミシンを自分の後の世代にも元の形のまま、昔のデザイナーや技術者が作り出したそのままの形に近い状態で残したいという気持ちがあります。

 そこで思いついたのが、ミシンの上軸の切り欠きを利用して、そこにハンドル金具をはめ込んで固定し駆動させる構造です。アルミ素材の試作から始まり、地元の金属加工工場に相談に乗っていただきながら、3ミリ厚のステンレスでの試作を繰り返し、最終的に3つの型を作ることにしました。レーザー加工で正確に切り出したあと、多様なプーリーに対応できるように微妙な寸法と角度の曲げ加工を行っています。

 低速駆動のミシンは、縫製の能率はよくありませんし、昭和ミシンには平ミシンの構造上の限界というのもあります。それでも、小さくまとまるので限られたスペースに置いて使うときには便利ですし、電気も必要なく静音性にも優れています。低速だけど、手縫いよりは早く、自分の思い通りの速度で縫うことができるというのは、独特の使用感と楽しさがあります。

 早く動くミシンは苦手という人には、もしかしたら使いやすいミシンの一つになるかもしれません。また、ミシンをモーター仕様や足踏み仕様で使う場合でも、限られた予算でミシンを用意するためには、手頃な価格で手に入る可能性のある昭和ミシンはおすすめできるものと思われます。もしかしたら、実家や親戚の家など、身近なところに眠っている昭和ミシンがあるかもしれませんね。





 白物家電のひとつとなってしまった感のある、現在の家庭用ミシンとは違って、1970年ころまで作られていた家庭用ミシンの多くは、鋳鉄製のたいへん丈夫な機械でした。内部の部品もほとんどが鉄製です。数十年から100年近く前のミシンでも、その多くは調整さえすれば、今でも現役で使用することが可能です。新しい家庭用ミシンと、すでにアンティークと言ってもいいような古い家庭用ミシンを、もしも今から同時に使い始めたら、古いミシンの方が長持ちするかもしれません。

 ミシンは、第二次大戦後の日本を支えた産業のひとつで、繊維産業の発展と共に隆盛期をむかえました。初期の輸出産業の一つでもあり、たいへん盛んに製造されていた時期があり、多くのメーカーがミシン産業に参入していました。ミシン自体がたいへんな高級品で、現在の一部のおもちゃのようなミシンとは比べようもない製品だったのです。昭和のミシンを見ると、まずデザインの多彩さに驚きます。中には、いま見ると首を傾げたくなるような、まとまりのないデザインのミシンもあるのですが、それも含めてデザインの面白さがあり、見ていて飽きません。

 日本のミシンメーカーが模倣したシンガーミシンは、機能もデザインも最先端で、そのデザイン性は他社とはひと味違い、現在のアップル(マック)の製品に似た独創的で良質なデザイン性を感じます。真似をして元にしたデザインの質が高かったことは、日本のミシンのデザインにもプラスに働いたのだと思います。また、海外への輸出を意識したデザインが、昭和ミシンのデザインの多様性を生んでいるような気もいたします。

 でも、そういった古いミシンたちも、徐々に活躍の場を失い、大きさや重さが敬遠されるようになり、軽く多機能な現在のようなミシンが主流になりました。昔の古いミシンが家庭に残っていても、家の中で邪魔物扱いされるようになり、物置に置きっぱなしで何十年ということも少なくないでしょう。捨てるように処分したという人も多くいらっしゃるに違いありません。

 現在、古いミシンはネット上のオークションなどでも多数出品されておりますが、その多くは海外へ輸出する業者などの手に渡り、国外に持ちだされることが多いのが現状です。昭和の時代に多数生産されたミシンは、耐久力も含めてたいへん高品質なものでした。日本で活躍の場を失ったそれらのミシンが、海外で再び必要とされるのは悪いことではありませんが、日本国内でもいま一度利用することができれば、貴重な産業遺産のひとつと言ってもいいミシンが、私達の手に残りまた次の世代に残していけることにもなります。

 残念ながら今後日本のメーカーが、昔のような造りの家庭用ミシンを製造することは二度と無いと思われます。ですから、産業遺産・家庭遺産のひとつとして、過去のミシンを使いながら国内で後世にも残すことができれば、それは意味のあることになるのではないかと思います。古き良きミシンが国内から消え去り、どこか軽い印象の白物家電のミシンしかなくなる。そんなことになって欲しくないと思いながら、古いミシンの活用を考えてみました。





 でも、一つ書き加えたいことは、現在のミシンが悪くなったということではありません。実際のところ、私が家庭用ミシンに強く興味を持つようになったのは、古いものでしたがプラスチックボディの家庭用ジグザグミシンが予想外にパワフルで、革も楽に縫えたという体験がきっかけです。針棒が不安定で使い物にならないと思っていたミシンで、けっこう安定して革が縫えたのです。ミシンを使った模様縫いなども、縫製条件が厳しくなければ、革に行うことは簡単です。

 そして、現在販売されている家庭用ミシンの高級機種は、それはもうたいへんな多機能・高性能で、昔のミシンにはできなかったことをたくさん行うことができます。それ1台で何でもできる、ポータブル小型縫製工場とでも言いたくなるような万能性があります。ミシンは素晴らしく進歩しているのです。現在では軽金属製のポータブル仕様しか作られなくなった職業用ミシンにしても、低速でも力強く縫えるように電子制御されていますので、鋳鉄製の古い職業用ミシンよりも使いやすく優れている面があるのです。

 コンピューターで制御された現在のミシンに、クランクやギアで動くだけの完全な機械式制御の昭和ミシンは、機能の上では歯が立ちません。それは紛れもない事実です。ですが、現在のミシンの機能のすべてが私達にとって必要なものかと言えば、それはおそらく違います。たくさんの便利な機能を使いこなす人がいる反面、多くの機能を使わないという人も少なくはないと思われます。

 直線を縫うということだけを考えれば、現代のミシンも昭和ミシンも、その機能に大差は無いとも思います。もしかしたら、針棒に遊びのない直線専用の昭和ミシンの方が、直線縫いでは有利なこともあるかもしれません。面板あたりのスッキリした構造も、視認性や取り回しの点で、昭和ミシンに軍配が上がりそうです。鉄の外骨格を持った昭和ミシンには、プラスチック外装のミシンとは根本的に異なる、機械としての剛性と耐久性もあります。制御用の基板の電子回路の耐久力に左右されない、単純な機械式の強さがあるのです。その単純な強さや、機能が少ないがゆえの操作の簡単さにも、私は魅力を感じます。

 多様な縫い機能などでは劣る昭和ミシンですが、現在のミシンよりも、物として何かを訴えかけてくる力は強いように思います。物を作るときに込められた人の気持ちとか、その時代の業界の勢いとか、そんなものが昭和ミシンの中にはあるような気がします。単純な機械なだけに、設計者や技術者の意図や気持ちがわかるというか、そんなところもおもしろいと思っております。そして、昭和ミシンには、デザインの基本である、用の美があるのだと思います。無駄の無い機能美だから、古びないのでしょうね。昭和ミシンには現代のミシンに負けない魅力や利点があり、実用品としてもう一度利用することを考えてみる価値があると思うのです。

 現在では家電に分類される家庭用ミシンですが、50年前・100年前の製品で、普通に修理して使うことのできる家電品が、他にいったいどれだけあるでしょうか。ミシンならば、古くても再生して実用品として使うことのできるものがたくさんあります。昭和遺産・産業遺産・家庭遺産 いくつかの言葉を考えたりするのですが、使いながら残していく価値のあるものとして、昭和ミシンをもう一度見なおしていただければと思います。

 物があふれるこの時代、逆に身の回りの物を処分して、物を持たない生き方をするという選択肢にもひかれますが、たくさんの物の中から本当に良い物を選び、物を持ち・物を使い・物を残していく、そういう生き方も大切なような気がいたします。

 便利に使いながら、過去の遺産や文化を後世に伝える役にも立つ。ぜひ、古いミシンを活用してみてください。身近などこかに、掘り出し物があるかもしれませんよ。

 さあ、あなたがそばに置いて使いたいと思うようなミシンを捜してみましょう!





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