ハイジは歌う (1) だれもが触れているけど知らない歌 ―― ハイジのお日様の歌について
多くの人が接しているのに、だれもそれがどこから来たのか知らないもの・・というものがあります。 でも知らなくても別に問題はありませんよね。 身近にあるものとして出会い、使い、口ずさみ、何かを感じる。 そして気がつかないままに、はるか昔の人たちと同じことをしている。心をかよわせあっている。それがそうと知らないままに、です。 人から人へと伝えられ、手渡され、変形され、それでもなお、その時々の人の心を揺り動かして「なにか」を与え続ける、長い長い旅をしてきた「情報」たち。 どんなことでもいいのですが、何かをわずかでも調べはじめますと、背後にある深さが少しづつわかってきて、やがて立ちつくす瞬間が訪れます。
児童文学の古典として読みつがれている「アルプスの少女ハイジ」には、5つの歌が収録されています。 ハイジは日本には1920年(大正9年)に初めて翻訳されています。 私がハイジに関心をもったのは2000年頃からですが、作者スピリの作品をハイジ以外にもいろいろ読んでいきますと作中に頻繁に「詩・歌」が登場しており、短編でさえ「詩」が挿入されていない作品は珍しいので、「詩」が作者にとって極めて重要なのだと気づかされました。 そこでハイジの「詩」の原典を探し始めたのですが、これがさっぱりわからない。 ドイツ文学者高橋健二のスピリの伝記に「小説の中には、パウル・ゲルハルトなどの古い賛美歌や母の詩とならんで、自作の詩が随所に織り込まれている。」とあるくらいで、日本の研究ではまったくかえりみられなかった分野だったのです。
昨年2005年10月21日に九州東海大学の純丘曜彰助教授より、「ハイジに関する本」についてのメールをいただき、ハイジの詩の原典は何であるか教えていただきました。 そして、どうやって探すことができたかも後で教えていただいたところ、インターネットでの検索なのでした。
ドイツでは充実したサイトが次々と誕生し、どんどん情報が蓄積されていて頻繁にチェックする必要があったのです。時代の進歩に遅れていました。
さて、こうやってやっと原典がわかった4つの歌は、どれもプロテスタントの讃美歌として歌われているものです。
何かお気づきの点がありましたらどんなことでも結構です。
原作ハイジは前後編に分かれていて、家庭の主婦であった作者が匿名で書いた前編が好評だったので、後編が翌年に書かれて実名で発表されました。 ハイジ前編はヨハンナ・スピリを後世に残る作家として誕生させた作品だったのです。 この前編は、題名の付け方や内容を見てみますとこれだけで完結の予定であったようです。 そして前編で引用されている詩は一つだけ。通称「お日様の詩」であり、おそらくこの詩が作者にとってハイジという物語の中でもっとも重要な詩のはずです。
ハイジ前編14章「日曜日の鐘」を簡単に紹介します。 フランクフルトでホームシックになってやせ衰えたハイジがスイスの山に帰ってきます。 翌日の土曜日、ハイジはおじいさんと一緒に、やはりさびしい思いをしていたペーターのおばあさんを訪ね、目のみえないおばあさんが以前から聞きたがっていた古い詩集を朗読してあげます。 二人の老人にこのうえない心の癒しと救いをもたらして、この物語は目的地に到達します。 次の日曜日におじいさんは、初めてハイジをつれて数年ぶりに村の教会に姿を見せて、すべての人と和解します。ここはすでにハッピーエンドの決定したお祝いシーンです。 ですから物語のクライマックスは、やはりハイジの成長とおじいさん・おばあさんの救いを決定付ける「ハイジの朗読する詩」になります。
この詩は 原題「Die güldne Sonne, voll Freud und Wonne」 作詞 パウル・ゲルハルト Paul Gerhardt 1607-1676 1666発表 でした。 ハイジの読者の間では、題名不明のままずっと「お日様の歌」と呼ばれてきました。 パウル・ゲルハルトはドイツ・ルター派の牧師で、歴史上の讃美歌作者の中で最高峰と一部で評価されるほどの詩人です。 その詩は近代の主観的・人道的傾向をも含んでいるといわれ、バッハも多くの曲をつけています。 ゲルハルトの詩は、ナチスや冷戦への抵抗にも登場し、シュヴァイツー博士も大きな共感をよせていました。 日本に紹介されたゲルハルトの詩はいくつかあり、教会讃美歌集からは絶対にはずせない曲もあるのですが、この詩は従来ほとんど知られていませんでした。 そしてテレビアニメ高畑ハイジ第37話「山羊の赤ちゃん」でも大意を損なわないよう短縮して使用されています。この場面はとても美しく、心にしみわたる場面であり、見た人ならきっと覚えていることでしょう。 テレビアニメのハイジは1974年に放映されてから、再放送用にマスターフィルムから100回以上コピーされているそうで、おそらく最も多く再放送された番組の一つといわれています。 だれもが触れている。と冒頭で書いたのは、このアニメを通してほとんどの日本人が接しているという意味です。
これまで原曲がわからなかったので、テレビ番組では朗読で表現するしかありませんでしたが、原典が判ったことでメロディーもわかりました。 作中に引用されていない部分では、多くの苦難も表現され、それらが乗り越えられたあとの、平安と救いを歌い上げています。 |