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劉連仁訴訟 東京高裁 判決要旨

東京高等裁判所平成13年(株)第4212号損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成8年(ワ)第5435号平成13年7月12日判決)
平成17年6月23日判決言渡し
東京高等裁判所第14民事部判決(酉田美昭,森高重久,小池喜彦)

当事者控訴人(一審被告)国
被控訴人(一審原告)超玉蘭,劉換新,劉萍(亡劉連仁訴訟承継人)

 

第1 主文

  1. 原判決を取り消す。
  2. 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
  3. 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要

本件は,被控訴人らの夫あるいは父である劉連仁が,太平洋戦争の戦時中,控訴人の施策により中国から北海道に強制連行されたうえ,過酷な労働を強制され, それに耐えかねて終戦直前に作業場から逃走し,その後13年間にわたって北海道の山中での逃走生活を余儀なくされ,これらによって耐え難い精神的苦痛を 被ったとして,劉連仁が,控訴人に対し,2000万円の損害賠償を求めた事案である。原審係属中の平成12年9月,劉連仁が死亡したので,相続人である被 控訴人らが,訴訟手続を承継した(請求額・超玉蘭1200万円,劉換新,劉萍各400万円)。
原審は,戦後の救護義務違反にっいて国家賠償法1条1項に基づいて控訴人に損害賠償義務を認め,被控訴人らの請求全額を認容した。
これを不服として,控訴人が控訴をした。

第3 控訴審における争点

  1. 国際公法違反に基づく主張(争点(1))
  2. 民法709条等の不法行為による損害賠償請求(争点(2))
    本件に国家無答責の法理は適用されるか否か。
  3. 国家賠償法施行後の救護義務違反の有無(争点(3))
  4. 除斥期間適用の排除又は制限(争点(4))
  5. 控訴人の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(争点(5))
  6. 立法不作為に基づく損害賠償請求(争点(6))
  7. 日華平和条約・日中共同声明等による請求権の放棄(争点(7))

第4 裁判所の判断

  1. 事実経過
    昭和19年9月28日ころ,中国山東省で家族と共に平穏な生活を送っていた劉連仁は,当時の中華民国臨時政府軍の兵士によって,自らの意思に反して一方的 かつ強制的に連行され,日本軍に引き渡され,青島,下関を経て,同年11月3日,北海道雨竜郡沼田村の明治鉱業株式会杜昭和鉱業所まで連れて来られたもの で,強制連行されたもめということができる。昭和鉱業所での労働の実態は,強制労働ということができる。同所での労働は,極めて劣悪な労働条件下の過酷な ものであった。その結果,劉連仁は,昭和20年7月30日ころ,昭和鉱業所から逃走し,昭和33年2月9日保護されるまで,約13年間にわたって北海道の 山野で逃走生活を送り,過酷な体験を強いられた。
  2. 国際公法違反に基づく主張(争点(1))について
    被控訴人らの国際公法違反に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。(原判決の判断を引用)
  3. 民法709条等の不法行為による損害賠償請求(争点(2))について
    大日本帝国憲法下では,国の権力作用について民法の適用を否定し,国が損害賠償責任を負わないという国家無答責の法理が確立していた。
    劉連仁を強制連行し,強制労働をさせたことは,政府が太平洋戦争の遂行に当たって採用した政策の一環であり,その実行に陸軍や関係各省が関わった行為は国 の権力作用に基づく行為にほかならない。国家賠償法施行(昭和22年10月27日)以前に生じた劉連仁に対する強制連行,強制労働及びこれに関する侵害行 為について,控訴人に不法行為による損害賠償責任はない。
  4. 国家賠償法施行後の救護義務違反の有無(争点(3))について
    1. 国家賠償法1条1項による責任の前提としての違法性及び因果関係
      国家賠償法が施行された時点では,控訴人の厚生省の職員は,劉連仁を保護する一般的な作為義務を負っていたと認められ,劉連仁が強制労働の現場から逃走を 余儀なくされた結果,その生命,身体の安全が確保されない事態に至っているであろうことを相当の蓋然性をもって予測できたものとも認められる。厚生省の職 員が,劉連仁を発見保護するために,少なくとも,自ら又は警察や地方自治体を通じて,戦争中に炭坑から逃走して行方の知れない中国人のあること,同人を保 護して送還する必要があるので,それらしい者を見た場合には連絡をするように,劉連仁の身体的特徴等と共に北海道内の地域住民に広報し,警察には犯罪予防 及び人命救助の視点からの情報収集及び保護の鶴力を求め,目撃情報が有れぱ直ちに捜索に着手する態勢を整えることすらしなかった不作為は,国家賠償法1条 1項所定の公務員の過失による違法行為と評価せざるを得ない。そのような控訴人の公務員の違法行為と劉連仁が被った損害の間には相当因果関係も認められ る。
    2. 相互保証について
      国家賠償法施行時(昭和22年10月27日)から劉連仁が発見・保護された昭和33年2月9日までの期間においては,中国には政策として国家無答責の法理 が存在し,我が国と中国の間には国家賠償につき相互の保証があったということはできない。したがって,国家賠償法1条1項に基づく本件請求は理由がない。
  5. 除斥期間の適用の排除又は制限(争点(4))について
    国家賠償法1条1項に基づく請求は,相互保証がないことにより,理由がないものであるが,除斥期間の適用の排除又は制限についても検討する。本件の場合, 認定した諸事情を総合考慮すれぱ,国家賠償法1条1項による控訴人の責任について民法724条後段の除斥期間を適用することが著しく正義,公平の理念に反 する特段の事情があるものとは認められない。国家賠償法1条1項による被控訴人らの損害賠償請求権は,除斥期間の経過によって消滅した。
  6. 控訴人の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(争点(5))について
    1. 安全配慮義務の法理は,その事案に関連する制度や杜会の観念が共通する限りの時期まで遡及して適用される。本件のように,国が施策として行った行政上の措 置との関係で安全配慮義務が間題とされる事案では,日本国憲法の施行より前へは遡及して適用されない。日本国憲法の施行前については,雇傭契約に基づく保 護義務を間題とすれぱ足りる。
    2. 控訴人と劉連仁との間に直接的な雇傭契約関係は認められず,控訴人の劉連仁に対する,雇傭契約上の保護義務違反を間題とする余地はない。
    3. 被控訴人らの主張する,強制労働関係創設による安全配慮義務,軍需被徴用者としての公法上の勤務関係に基づく安全配慮義務,捕虜・抑留者に対する安全配慮義務について検討しても,控訴人に安全配慮義務はない。
    4. 劉連仁が逃走した後について,控訴人に安全配慮義務はない。
  7. 立法不作為に基づく損害賠償請求(争点(6))について
    被控訴人らが主張するような趣旨,内容の立法がされていないことが国家賠償法上違法であるとは認められない。

   8.   争点(7)について

        判断するまでもなく,被控訴人らの請求は理由がない。

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