日本の歴史認識慰安婦問題第4章 活動の軌跡 / 4.4 アジア女性基金 / 4.4.5 成果のまとめ

4.4.5 成果のまとめ

図表4.6(再掲) アジア女性基金

アジア女性基金

(1) 成果

最終的にアジア女性基金に寄せられた募金の金額は5億6500万円、これらは償い金としてフィリピン、台湾、韓国の元慰安婦たち合計285名に渡された。これとは別に医療福祉支援費などとして政府からおよそ12億円註445-1が拠出されたとみられる。
アジア女性基金は慰安婦問題以外にも、「今日的な女性問題関連事業(女性尊厳事業)」として、家庭内暴力や戦時における女性の人権の問題にも取り組んだ。具体的には、日本各地でシンポジウムや研究会を開き、こうした活動に従事するNGOに助成するなどの活動を続けることにより、日本社会の関心を高め、一般市民への啓発を行った。

(2) 総理のお詫びの手紙

償い金などといっしょに被害者一人ひとりに届けられた総理の手紙は、多くの学者やNGOから公式の謝罪の手紙ではないと非難された。非難を招いた一因に、当初、日本政府が英訳で「私の気持ち」を[my personal feeling」と訳したことがあった。政府はのちに「my feeling」に修正したが、最初に誤解を招くような翻訳をしてしまった影響は大きい。

手紙には、「元従軍慰安婦の方々へのわが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。… 私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と書かれており、末尾には日本国内閣総理大臣という肩書を明記して総理自身が署名している。この手紙はあきらかに国家を代表する内閣総理大臣の正式のお詫びの手紙である。
これを受け取った慰安婦の多くに、深い満足感と尊厳の回復感を与えた。

にもかかわらず、韓国では「正式のものではない」というイメージを持たれ続け、日本でも国際社会でもその意義は十分意識されなかった。それは、政府と基金の広報活動の弱さによるものであると同時に、政府を批判した学者やNGOの「道義的責任ごまかし論」とそれに引きずられたメディアの問題性を示すものである。

自民党政府の一部に根強かった意見にしたがってお詫びの手紙を出さなかったとしたら、日本に対する被害者の怨念はもっと深まっていただろうし、「戦争責任を認めない日本」という国際的なイメージはさらに強化されていただろう。(大沼:「慰安婦問題」,P180-P192<要約>)

(3) 再発防止、歴史の教訓

責任者の処罰

多くの元慰安婦や支援団体は、慰安婦制度の創設と運営にかかわった責任者の処罰を求めたが、大沼氏はそうした処罰はできない、と述べる。

{ 責任者の処罰は事後法による処罰の禁止という近代法の根本原則に反する可能性が高い。これができなかったことを慰安婦問題の日本による償い姿勢の不十分さのあらわれと解すべきではない。…
人に刑罰を科すのは行為時の法律に定められた規定によらなければならず、行為時に犯罪とされていなかった行為を事後的に処罰することはできないという事後法の禁止は人類が長年かけて獲得した、最も重要な近代法の根本原則のひとつである。}(同上,P174-P175)

事後法の問題とともに、時効の問題や刑事責任を問う上での立証が極めて困難、という問題もあろう。刑事責任を問われる側の人権も尊重しなければならない。

歴史の教訓

{ アジア女性基金は、慰安婦問題に関する文献資料の収集と刊行など、将来の研究・教育・啓発に役立つ仕事を地道にやってきた。しかし、これらの活動は、慰安婦制度の実態を国民に伝え、将来への糧とする活動としてきわめて不十分だった。}(同上,P176<要約>)
アジア女性基金が収集した資料は、デジタル記念館の文書庫 に保管されている。

(4)その他の問題

基金の問題

大沼氏は次の2つの問題をあげている。(同上,P110-P127<要約>)

・基金の理念と被害者の実像を伝える広報活動、特に韓国やアメリカなど海外での広報活動がほとんど行われなかった。

・理事や事務局の人事は政府主導で決められ、この事業に対して強い思いを持った人たちが少なかった。原理事長 ― 五十嵐副理事長のコンビで政府に対峙していたら、もっと活発な運営ができたのではないか。

基金外部の問題

これは韓国での償い事業が頓挫した原因と重なると思われるので、その部分を原文のまま再掲する。

{ ひたすら嵐の過ぎるのを待ち、不作為を旨として、慰安婦問題で韓国世論を変える努力をまったくといっていいほど払わなかった日本政府の消極姿勢。挺対協とアジア女性基金が話し合えばよいというだけで、みずからは強硬なNGOの説得に動こうとしなかった韓国政府の無為。元慰安婦を売春婦・公娼呼ばわりして韓国側の強い反発を招いた日本の一部の政治家や論客と右派メディア。みずからが信ずる「正義」の追及を優先させて、ときに元慰安婦個々人の願いと懸け離れた行動をとった韓国NGOと日本のNGO。強固な反日ナショナリズムの下で一面的な慰安婦像と国家補償論を報じ続け、多くの元慰安婦の素朴な願いを社会的権力として抑圧した韓国のメディア。そうした過剰なナショナリズムをただそうとしなかった多くの韓国知識人。韓国側の頑なな償い拒否に、被害者を心理的に抑圧する独善的要素があることを批判しようとしなかった日本の左派やリベラルな知識人とメディア。}(同上,P65-P66)

(5) アジア女性基金は成功か失敗か?

一般に、成功か失敗かを判断するのは目的を達成したか否かによる。大沼氏は{ 慰安婦問題の解決に失敗した。}(同上,P224) という。しかし、慰安婦問題の解決がアジア女性基金の目的だったのだろうか。確かに慰安婦への償いなどの活動を通して、慰安婦問題を終息させるという使命がなかったわけではない。しかし、最も重要な問題は大沼氏自身が繰り返し述べているように、被害者である元慰安婦の尊厳を取り戻し、償い金を払って僅かかもしれないが物質的利益を提供することではなかったのか。その意味でいえば、満点とはいえないが、何とか合格点を得ることができる活動だったのではないか、筆者はそう考えたい。


4.4.5項の註釈

註445-1 日本政府からの拠出金

日本政府から元慰安婦に医療福祉支援費などとして拠出された金額(基金事務局費用などは除く) は明らかになっていないが、償い金を支給した人数などから約12億円と推定される。

・償い金と同時に支給した医療福祉支援費; 平均200万円/人として285人分で5億7000万円

・オランダへの医療福祉支援費: 2億5500万円

・インドネシアへの高齢者福祉施設整備費: 3億8000万円

なお、大沼氏によればアジア女性基金に政府が提供したお金の総額は35億円だという。